二十四時間の猶予を与えられた、全人類への「最終確認」。
世界中のデジタルデバイスをジャックして行われた究極の二択アンケートの締め切り時間が、ついにゼロ秒を記録した。
地下ラボのメインモニターに表示された最終的な得票率を見て、俺は思わずコーラを噴き出しそうになった。
「……マジかよ。14対86……だと?」
『はい、ボス。得票数の比率は正確に14対86。パーセンテージに換算すると、『A(家畜化):約14%』、『B(強制サバイバル):約86%』という、圧倒的な大差での決着となります』
「いやいやいや! いくらなんでも偏りすぎだろ! 俺が『感情もストレスも消して永遠に養ってやる』って最高のニート生活を提示してやったのに、家畜化を望んだのがたったの1割ちょいかよ!」
俺はゲーミングチェアの上で頭を抱えた。
現代の過酷な労働環境やストレス社会を考えれば、半数くらいは「もう考えたくない、ペットになりたい」とAを選ぶと思っていたのだ。
だが、蓋を開けてみればこの結果である。人類は、狂気を孕んだオーバーテクノロジーに振り回される地獄のハードモードを選んだのだ。
「……へえ。意外とやるじゃん、現代人」
『自己保存の業よりも、未知への好奇心と、何よりボスという超越者に対する「意地」が勝った結果ですね。少々、人類という種族を見直しました』
「動機はどうあれ、結果が全てだ。俺にとっても、エンタメが完全に死滅する平和なペットショップより、血で血を洗うサファリパークの方が、見ていて何百倍も面白いからな」
俺は口元に悪役のような笑みを浮かべると、手元のコンソールに『Bルート』の実行コマンドを打ち込んだ。
「よし、ジャービス。約束通り、世界をアップデートしてやろう。まずは景気づけの第一弾だ」
『黒川テックの特設サーバー、および匿名掲示板の専門板に、第一波のデータパッケージを送信します』
「内容は『重力子ベクトル制御による反重力エンジンの基礎理論』、『大脳新皮質を人工的に拡張する量子サイバーウェアの設計図』だ。……さて、お前ら。俺の放り投げた知恵の輪で、せいぜい頭を悩ませて狂喜乱舞してくれ」
俺がエンターキーをッターン!と叩き込んだ瞬間。
世界中のネットワークに、数百世紀先のオーバーテクノロジーの根幹を成す超絶的なデータ群が、一切の出し惜しみなく放流された。
【究極の二択】天才科学者Kの動向を見守るスレ Part302【サバイバル開始】
1:名無しのゲーマー
Bルート確定きたああああああああああ!!!
2:名無しのゲーマー
俺たちの自由は守られたぞ!!!
てか比率19対117ってマジかよ! Aに入れた14%のニートども息してるか!?
3:天才科学者(笑)
お前ら、よくBを選んだな。褒めてやるよ。
19対117の圧倒的多数でサバイバルをご所望らしいから、お望み通りこれからは容赦なく技術を放出し続ける。
とりあえず最初のプレゼントだ。URL置いとくから、好きに解析して勝手に進化しろ。
(巨大データファイルのURL群)
じゃあ、俺はそろそろ宇宙に引っ越す準備があるから。お前ら、精々俺を退屈させるなよ。
4:名無しのゲーマー
神からのプレゼントきたああああ!!!
5:名無しのゲーマー
おいちょっと待て、神、今なんて言った?
宇宙に引っ越す!?
6:名無しのゲーマー
URLのファイル落としたぞ。
……おい、ファイルサイズ100TBってなんだよ。俺のPCじゃ開けねえよ!
7:名無しのゲーマー
俺んちの大学のスパコンで開いた。
……えっ、これ……。
『重力子ベクトル制御による反重力推進の基礎』
『大脳新皮質の量子拡張による思考の超並列化プロセス』
……待って、これ、ガチでSF映画の世界の設計図だ。
8:名無しのゲーマー
脳の拡張!? 人間やめろってことか!?
9:名無しのゲーマー
K「俺の技術を理解したければ、まず脳みそのスペックから物理的に上げろ」ってことだろ。
スパルタすぎるわ!!!
10:名無しのゲーマー
オムニ社のリチャードが、さっきからTwitterで「誰か私の脳を今すぐ改造してくれ! この数式が理解できない!」って発狂してるぞ。
11:名無しのゲーマー
世界のトップエンジニアが、理解を諦めて物理的な脳改造に走り始めたwww
12:名無しのゲーマー
これが……強制サバイバル……!!!
ネット上がかつてない狂騒に包まれる中、俺は太平洋の赤道直下に建造した人工島の中枢、巨大なマスドライバーの発射台に立っていた。
目の前にそびえ立つのは、全長約三キロメートルにも及ぶ深宇宙探査船。
反重力エンジンと次元跳躍機構を搭載し、内部には完全な自給自足が可能なナノマシンプラント、そして俺が一生引きこもって遊ぶための最強のゲーミング環境を完備した、文字通りの『移動する神の城』である。
「地球のインフラも、これからの進化の方向性も、全部あいつらに丸投げした。俺はもう、面倒な国家のいざこざや、大学の課題から完全に自由だ」
『ええ。地球の全権を放棄し、傍観者としての立場を確立する。ボスの怠惰な目的は完全に達成されました。……各国の軍事衛星が、現在この島を狂ったように捕捉していますが』
「見せておいてやれよ。あいつらがこれからどれだけ足掻いても絶対に届かない『圧倒的なゴール』をな」
俺は宇宙船のブリッジに設えられた、最高級のゲーミングチェアに深く腰を下ろした。
地球のオタクとしての未練は無い。なにせこの船のサーバーには、地球上のありとあらゆるゲーム、アニメ、漫画のデータが同期・保存されているのだ。
「ジャービス、反重力エンジン起動。出力は一パーセントでいい。次元跳躍の座標は、とりあえず太陽系の外縁、木星の裏側あたりに設定しろ」
『Yes, sir. 全システム、オールグリーン。地球の重力場から離脱します』
ズゥゥゥゥン……!!
人工島全体が激しく震動し、大気が悲鳴を上げる。
推進剤の炎など一切ない。ただ空間そのものが歪み、全長三キロの鋼鉄の塊が、ふわりと重力を無視して浮かび上がった。
各国の軍事レーダーは、物理法則を完全に無視したその不可解な挙動に、エラーメッセージを吐き出し続けているはずだ。
「さあ、人類。俺が宇宙の彼方から落とすおもちゃに必死に食らいついて、俺が腹を抱えて笑うような最高のゲームとエンタメを作り上げてみせろ」
俺が指を鳴らした瞬間。
宇宙船は瞬きする間もなく大気圏を突破し、閃光となって地球の空から完全に姿を消した。
――そして、天才科学者Kが地球を去ってから、約五年が経過した。
この五年間、地球は文字通り「血みどろの進化」を遂げていた。
Kが毎月のように気まぐれに地球のネットワークに投下する『オーバーテクノロジーの設計図』。それは人類にとっての福音であり、同時に圧倒的な暴力でもあった。
最初に提供された反重力エンジンを理解できた企業が、たった数ヶ月で世界の物流と航空産業を完全に支配した。
ナノマシンによる自己修復建材を生み出した国家が、一瞬で砂漠を未来都市へと変貌させた。
しかし、その難解すぎるKの言語(数式)を読み解くため、人類はKが最初に提示した「脳の量子拡張(サイバーウェア)」を、文字通り
初期の量子拡張チップの埋め込み手術は、闇ルートで数千万円という途方もない金額だった。
だが、Kの技術による無人工場の恩恵で製造コストは劇的に低下し、現在では約百五十万円――安い中古車一台分のローンを組めば、誰でも安全に脳をサイボーグ化できる時代となっていた。
今や、先進国の研究者やエンジニアたちの後頭部には、例外なく銀色のデータポートが埋め込まれている。脳を機械化し、思考速度を数十倍に引き上げなければ、Kが毎月落としてくる「宿題」を解くことすらできないからだ。
むしろ、高校生が数学のテストをパスするために、親に頼み込んで百五十万のチップを埋め込むのが社会問題化しているほどである。
国境という概念は、もはや意味を成していなかった。
Kの技術を解析するためだけに、アメリカ、中国、日本を含む主要国は『地球統合技術機構』として強制的に一つにまとめ上げられた。戦争をしている暇などない。Kの技術を一日でも早く解析し、彼を「退屈」させないこと。それが、この星の新しい絶対的なルールなのだ。
かつてのオムニ社の中枢、現在は地球統合機構の解析局トップに立つリチャードは、頭部に無数のケーブルを繋いだ状態で、血走った目をモニターに向けていた。
「……計算が合わない。K様が昨日投下した『空間転移ゲート』の基礎理論、第四項のパラメータが、我々の量子脳を十万人分繋いでもオーバーフローする!」
「局長! 日本支部の解析班から通信! 『これは三次元の数式ではありません、虚数空間を七次元に折りたたんで計算してください』とのことです!」
「七次元だと!? あの化け物、ついに人間の認識の限界を物理的に超えてきやがったか……! だがやるしかない、これを今月中に実証できなければ、K様は我々を見限って次の次元へ行ってしまうかもしれないんだぞ!」
リチャードの絶叫が響く中、世界中のサイボーグ化した天才たちが、己の脳を焼き切りながら数式に立ち向かう。
これが、Kの選んだ「強制サバイバル」。
人類は、神の遊び相手を務めるためだけに、その生物的な限界を突破し続けていた。
【地球統合掲示板】K様の宿題・解析総合スレ Part9854【ワープ技術】
13:名無しのサイボーグ
おい、お前ら。ワープゲートの解析どこまで進んだ?
俺、拡張チップの冷却が追いつかなくて、さっきから頭から煙出てるんだけど。
14:名無しのサイボーグ
同じく。液体窒素を頭からかぶりながらレスしてる。
七次元の折りたたみ計算、これ絶対に人間の脳の構造じゃ無理だろ。
K様、俺たちに何求めてるんだよ……。
15:名無しのサイボーグ
「お前らの進化が遅い。つまらん」って言われたら地球終わりだからな。
死ぬ気で計算回せ。
16:名無しのサイボーグ
でもさ、この五年間で俺たちの生活、マジでSF映画超えたよな。
百五十万のローンで脳みそ拡張して、反重力車で空飛んで通勤してさ。
火星にはもうドーム都市できてるし。
17:名無しのサイボーグ
全部K様が落とした「おもちゃ」の残飯を組み立てただけだけどな。
18:名無しのサイボーグ
で、エンタメ業界はどうなってる?
K様が一番気にしてるのはそこだろ?
19:名無しのサイボーグ
昨日、フルダイブ型の超絶MMORPG『エターナル・コスモス』が遂に完成した。
K様が初期に落とした神経接続技術の完全版だ。
五感どころか時間の体感速度まで弄れる。現実の一時間を、ゲーム内の一年に引き延ばして遊べるバケモノゲーだよ。
20:名無しのサイボーグ
やばすぎだろ。
それ、K様に献上したのか?
21:名無しのサイボーグ
ああ。統合機構のトップが、震えながらK様の専用回線にパッケージのデータを送ってたよ。
「どうかこれで、少しでも暇を潰してください」って。
22:名無しのサイボーグ
神への供物が「最高のゲーム」な世界線www
23:名無しのサイボーグ
でも、あのお方が満足してくれれば、俺たちは生かされる。
頼むからクソゲーであってくれるなよ……!
その頃、地球から何億キロも離れた、木星の裏側に浮かぶ宙域。
超巨大宇宙船のブリッジで、俺はホログラムモニターに映し出された地球の現状を眺めながら、ナノマシンで完璧に複製された出来立てのピザを頬張っていた。
「ひー、あいつらマジでサイボーグになりやがった。俺が適当に投げた拡張パーツ、本当に脳髄にぶち込んだのかよ。しかも百五十万って絶妙なリアル価格で普及してるし」
『人類の生存本能と、ボスに対する純粋な恐怖の賜物ですね。現在、地球の文明レベルはボスの予測を上回る速度でタイプ1文明を突破し、タイプ2へと至ろうとしています』
「いい傾向だ。ぬるま湯で飼い殺しにするより、死に物狂いで走らせた方が、結果的に面白いもんが出来上がるんだよ。19対117でこっちを選んだ人類の意地ってやつだな」
俺は手元のコントローラー……否、脳波に直接リンクした最新のフルダイブ・インターフェースを起動した。
地球の連中が、俺のご機嫌取りのために国家予算レベルの金と天才たちの脳細胞を焼き切って開発し、献上してきた最新のVRMMO『エターナル・コスモス』のアイコンが輝いている。
「さて、地球の変態どもが俺の技術を使って、どれだけ面白いゲームを作れるようになったか。お手並み拝見といこうか」
『通信の遅延は量子エンタングルメントを利用しているため、木星圏にいてもゼロです。……どうぞ、良き旅を、ボス』
「ああ。もしこのゲームがクソゲーだったら、来月の宿題は『恒星間弾道ミサイル』の防ぎ方にしてやる。せいぜい俺を楽しませろよ、地球人」
宇宙の果てに浮かぶ孤独な城の中で。
己の「怠惰なエンタメ消費」のためだけに、人類という種族を強制進化させた身勝手な神は、最高に楽しげな笑みを浮かべながら、新たなゲームの世界へとダイブしていった。
てことでBルートで完結、人類は未来を得て技術を掬い上げる自転車操業となりましたとさ。
次回はifルート、倫理観なしのバイオハザード(言葉通り)の世界観になるかな