科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後五の手

 

 

 

 

 まず手始めに欲しい建物としての条件は「徒歩で行ける距離」「倉庫みたいな広い空間」「人目に付きにくい」となる。最悪広い空間は空間拡張装置を作成すれば解決できるので徒歩の距離と人目に付きにくい場所を優先したいところである。

 

 てことで近場にそんな都合のいい場所があるのかーということだが……普通にあった。空間は広くは無いが人目につかない山奥に近く、徒歩でギリギリ行ける場所にあった。

 

 てことで早速不動産にオンライン内見の予約を入れる。場所さえ確保できればあとはナノマシンのマザーマシンを作れば自由度が格段に上がるんだ……それまでの辛抱だ。

 

 

 

 数日後。俺は自室のパソコンデスクに座り、スマートフォンとPCを連動させた即席の偽装(カモフラージュ)環境を構築していた。

 

 アプリゲームのユーザーたちから間借りしている莫大な演算領域をフル活用し、リアルタイムの映像・音声修正ソフトを起動する。画面の中には、ネットから拾い集めた平均的な顔のパーツを合成して作り上げた、三十代前半の小綺麗なスーツ姿の男性の3Dモデルが映し出されていた。

 

 俺が首を動かせば、画面の中の男も寸分違わぬタイミングで首を動かす。俺が瞬きをすれば、男も瞬きをする。俺の幼稚園児特有の高い声は、ソフトを通すことで落ち着いた深みのある大人のバリトンボイスへと完全に変換されていた。

 

「マイクテスト。あー、本日はよろしくお願いいたします。黒川です」

 

 完璧だ。声の波形にも不自然なノイズは一切ない。映像の解像度をあえて少しだけ落とし、一般的なウェブカメラの画質に偽装することで、CG特有の不自然さも完全に消し去っている。

 俺が作り上げた架空のITコンサルタント、『黒川』という人物が、確かにこの画面の向こう側に存在しているようにしか見えなかった。

 

 約束の時間になり、不動産屋から送られてきたオンライン通話のURLをクリックする。

 数秒のロード画面を挟み、画面が切り替わると、人の良さそうな中年の不動産業者の顔が映し出された。

 

「あ、繋がりましたね。初めまして、今回担当させていただきます、スマイル不動産の佐々木と申します。黒川様でいらっしゃいますね?」

「初めまして、黒川です。本日はオンラインでのご対応、ありがとうございます。どうしても仕事の都合で現地に足を運ぶ時間が取れず、助かりました」

 

 俺は画面越しの佐々木に対し、淀みない大人の愛想笑いを浮かべてみせた。佐々木は全く疑う様子もなく、手元の資料に目を落としながら頷いている。

 

「いえいえ、最近はこういったオンライン内見も増えておりますのでご安心ください。それでは早速ですが、ご希望されていた山奥手前の古い倉庫物件について、現地で撮影してきた360度カメラの映像を共有させていただきますね」

 

 画面が切り替わり、目的の物件の映像が映し出された。

 市街地から外れ、山へ向かう細い一本道の途中にポツンと建っている、トタン屋根の古びた作業場だ。周囲に民家はなく、鬱蒼とした木々に囲まれており、人目(ひとめ)につく心配は皆無だった。

 

「こちら、以前は地元の工務店さんが資材置き場として使われていた場所でして。広さは十分なんですが、なにぶん古いのと、立地が立地なもので……本当にこちらでよろしいのでしょうか? セキュリティ面も少し不安かと」

「ええ、全く問題ありません。むしろ、誰にも邪魔されない静かな環境を求めていたんです。趣味の……そうですね、少し特殊な機械工作の工房(アトリエ)として使いたいと考えていまして」

「なるほど、工房ですか。それでしたら音が出ても近所迷惑になりませんし、うってつけかもしれませんね。一応、建物の基礎自体はしっかりしておりまして……」

 

 佐々木が建物の構造について説明している間、俺は裏でソフトを走らせ、映像から建物の寸法や梁の強度、電源の容量などを瞬時に計算・スキャンしていた。

 空間はそれほど広くないが、後で空間拡張装置を作って設置すれば、中はドーム球場レベルの広さに改造できる。今はとにかく、物理的な『箱』と『住所』さえ手に入ればそれでいい。

 

「気に入りました。購入の手続きを進めていただけますか?」

「えっ、あ、もうよろしいんですか? ありがとうございます! それでは、法律で定められております『IT重説(重要事項説明)』に移らせていただきます。その前に、大変お手数ですが、ご本人様確認のため、運転免許証などの身分証明書をお顔の横に掲げていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 来た。オンライン契約における最大の関門である。

 どんなに言葉で誤魔化しても、ここで物理的な証明書を提示できなければ契約は結べない。

 

 だが、俺は焦るどころか、内心でほくそ笑んでいた。

 俺はカメラの死角で、あらかじめ用意しておいた緑色のプラスチックの板、グリーンバックのシステムを応用した偽造システムを顔の横に掲げた。

 すると、リアルタイム映像修正ソフトがその板を瞬時に認識し、画面上では『黒川の顔写真と偽造された個人情報が完璧に印字された運転免許証』へと変換して表示させた。ホログラムの反射光から、ラミネートの微細な傷に至るまで、完全に再現された()()の免許証だ。

 

「こちらで確認できますか?」

「はい、バッチリ確認とれました。黒川様ですね、ありがとうございます。……それにしても、黒川様はお若いのに立派ですね。この物件、現金一括と伺っておりますが……」

「ええ。仮想……いえ、少し投資でまとまった利益が出たもので。手早く済ませたいので、電子契約書が届き次第、すぐに振り込ませていただきます」

 

 その後はトントン拍子だった。

 画面越しに退屈な重要事項説明を聞き流し、送られてきた電子契約サービスのURLを開いて、画面上で電子署名を完了させる。

 同時に、例のバグバウンティで稼いだ五億円のうち、数百万を洗浄して入れてあるダミー口座から、不動産屋の指定口座へと即座に現金を送金した。

 

「……ひ、入金確認いたしました! まさか即日で全額お支払いいただけるとは……! 鍵は本日中に、ご指定の住所(トランクルーム)へ速達で手配いたします!」

「迅速なご対応、感謝します。それでは、これで」

 

 通話を切ると同時に、俺は大きく息を吐き出して椅子の背もたれに身体を預けた。

 

「……ふぅ。これで第一段階クリアだ。面倒なやり取りだったが、物理的な『城』が手に入った意味はデカい」

 

 これで晴れて、俺は人目につかない秘密基地のオーナーとなったわけだ。

 だが、休んでいる暇はない。場所が確保できたなら、次はナノマシンを生み出すための母機(マザーマシン)の建造だ。

 ここからが俺の未来知識の真骨頂である。

 

 マザーマシンは、原子レベルで物質を削り出し、組み上げる超高精度の3Dプリンターのようなものだ。しかし、そんなオーバーテクノロジーな機械が現代のネット通販で売っているわけがない。

 ならばどうするか。答えは簡単だ。『用途不明の単なる金属部品』として、バラバラの業者に発注してしまえばいいのだ。

 

 俺は再びPCに向かい、町工場や金属加工業者を束ねるBtoBのオンライン発注プラットフォームを開いた。

 

「まずは……マザーマシンの筐体(フレーム)だな。数ミクロンの振動すら許されないから、尋常じゃない剛性が必要だ」

 

 俺の頭の中にある未来の設計図から、筐体の基礎となる部分の3D・CADデータを作成する。

 ただの巨大な金属の塊に、意味不明なスリットやネジ穴が無数に空いている奇妙な設計図だ。これを見た現代の職人は「なんだこの現代アートみたいな分厚い鉄の塊は?」と首を傾げるだろうが、作ってくれさえすれば何の問題もない。

 

「材質は超々ジュラルミン。精度指定は……現代の工作機械の限界ギリギリを要求しておくか。よし、発注っと」

 

 数百万の費用を惜しげもなく投入し、日本中の腕のいい加工業者にパーツを分割して発注する。

 一つの業者に頼むと用途を怪しまれる可能性があるが、A社にはただの四角いブロックを、B社にはチタン合金のシャフトを、C社には特殊な形状の歯車を……といった具合に細分化すれば、誰一人として完成図を予想することはできない。

 

「大掛かりなフレームの次は、中身の精密部品だ。こっちは既製品を組み合わせて改造した方が早いな」

 

 プラットフォームを閉じ、今度は一般的な大手ネット通販サイト(Amazonのようなサイト)を開く。

 検索窓に、工業用の超高精度リニアモーター、医療用の微細なシリンダー、レーザー発振器のパーツ、さらには触媒として使うための数種類の特殊な化学薬品などを次々と打ち込み、カートに放り込んでいく。

 

 カートの合計金額はあっという間に数百万円に達したが、口座の残高からすれば微々たるものだ。購入ボタンを躊躇なく押し、配送先の設定画面へと進む。

 

 ここで最も重要な設定がある。

 配送先は、今日購入したばかりの『山奥の作業場』に指定する。そして、配送オプションの欄にチェックを入れるのだ。

 

「配送方法は……っと。当然、()()()()()だ」

 

 備考欄にも念押しでテキストを打ち込む。

 

『不在にしていることが多いため、商品はすべて入り口のシャッター前、もしくは設置してある大型の収納ボックスの中に置いておいてください。対面での受け渡しは不要です。インターホンも鳴らさなくて結構です』

 

 これだ。この一文が極めて重要だった。

 何せ、これらの超専門的な工業用パーツを受け取るのは、外見年齢五歳の幼稚園児なのだ。もし宅配業者の兄ちゃんと玄関先で鉢合わせになれば、「ぼく、パパかママはいるかな?」という地獄のようなやり取りが発生し、最悪の場合は警察や児童相談所に通報されかねない。

 

 だが、置き配指定にしておけば、業者は荷物を置いて勝手に帰ってくれる。

 俺は夜中や早朝、親が寝静まっている隙に家を抜け出し、徒歩で作業場へ向かって荷物を回収・組み立てるだけでいい。

 

「よし、これで発注はすべて完了した。あとはパーツが届くのを待つだけだ」

 

 画面に表示された『ご注文ありがとうございます』の文字を見つめながら、俺はニヤリと口角を上げた。

 

 資金はある。場所も確保した。素材の調達ルートも確立した。

 いよいよ、この現代の地球に、神の御業にも等しいナノマシンの技術が産声を上げようとしている。

 退屈だった日常が、俺の思い通りに書き換えられていく快感に、俺は子供の身体の奥底で、密かに熱い興奮を滾らせていた。

 

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