科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

50 / 107


 なんかもう短編じゃなくなったな、連載に切り替えマース


転生後闇堕ちの七手

 

 

 

 先客たちが残してくれた強烈な毒ガスの臭いが抜けるのを待つ間、俺は夜のスラムを軽快な足取りで散歩していた。

 

 向かう先は、俺の(ねぐら)に親切な訪問者たちを派遣してくれた小規模ギャングの本拠地だ。数日間の観察で、彼らがスラムのさらに底辺にある地下酒場を根城にしていることは既に特定済みである。

 

 腰に差した本物の九ミリ拳銃が、歩くたびにずしりと重い。五歳の子供には少々オーバースペックな重量だが、この重みこそが文明の利器というやつだ。

 

 やがて、目的の寂れた地下酒場が見えてきた。

 入り口の階段付近には見張りが一人立っているが、あくびを噛み殺していて全くやる気がない。

 

 俺は裏路地の暗がりから、先日作成した即席の吹き矢を構えた。

 五歳児の肺活量を振り絞って、一滴で象すら眠らせる特製麻酔液を塗った針を吹き飛ばす。

 

 プシュッ、という微かな音と共に、針は見張りの首筋に正確に吸い込まれた。

 

「あ、あれ……急に、眠気が……」

 

 見張りは自分の首に刺さった針を抜く間もなく、数秒で地面に崩れ落ちた。

 俺は足音を殺して近づき、その首筋をナイフで深く掻き切って完全に沈黙(ちんもく)させる。

 

 外の障害を排除したところで、次は本命の店内だ。

 俺は酒場の裏手に回り、埃まみれでガラガラと異音を立てて回る巨大な換気扇を見つけ出した。その隙間から、調合しておいた『もう一つの傑作』――ペットボトルに入った即効性の催眠ガス(さいみんガス)の栓を抜き、中身を静かに流し込む。

 

 シューッという微かな音と共に、無色透明な気体が換気扇に吸い込まれ、地下空間へと散布されていく。

 

 待つことおよそ三分。

 換気口から聞こえていた下劣な笑い声やグラスのぶつかる音が、ピタリと止んだ。

 

「さて、ルームサービスのお時間だ」

 

 俺は堂々と酒場の正面ドアを開けた。

 

 店内は、まさに()()の完了した害虫の巣だった。

 カウンターに突っ伏す者、床に転がって泡を吹いている者、ソファーで寄り添うように眠る者。十数人の荒くれ者たちが、俺の手製催眠ガスによって深い昏睡状態に陥っている。

 

「素晴らしい効き目だ。これならわざわざ銃の弾を無駄にする必要もないな」

 

 俺は鼻歌交じりに店内を歩き回り、眠りこけているギャングたちの首を、端から順番にナイフで切り裂いていく。

 抵抗は一切ない。ただ物理的に血を抜き、生体活動を停止させるだけの簡単な単発作業だ。

 

 最後の一人を処理し終えると、俺は店の奥にあるリーダーの部屋へと足を踏み入れた。

 

 部屋の隅には、いかにもな旧式の金庫が鎮座している。

 ダイヤル式と鍵の二重ロックだが、前世の知識と構造の理解があれば、こんなものはただの鉄箱に等しい。俺は拳銃を取り出し、金庫のダイヤルと蝶番の隙間に銃口を押し当てて正確な角度で二発撃ち込んだ。

 

 火花が散り、内部のロック機構が物理的に破壊される。強引に扉をこじ開けると、中にはスラムには不釣り合いなほどの札束がぎっしりと詰まっていた。

 

「ざっと見積もって八万ペソってところか。上納金まで丁寧に貯め込んでくれて、本当に涙が出るほど優しい連中だ」

 

 日本円にして二十万円弱。スラムの小規模ギャングの全財産としては妥当な数字だろう。

 俺は札束と奪い取った数丁の拳銃をズタ袋に詰め込んだが、ふと周囲を見渡して考えを改めた。

 

「……よく考えたら、あのカビ臭い廃ビルにわざわざこれを持って帰る必要、なくないか?」

 

 この地下酒場は、スラムの底辺とはいえギャングの根城だ。

 一応は電気が通り、綺麗な水も出る。何より入り口の扉が分厚い鉄製で、廃ビルとはセキュリティが段違いだ。

 

「よし、今日からここを俺の新しい城にしよう。前居住者たちの遺品整理が少し手間だが」

 

 というわけで、俺は血まみれのギャングたちの死体を、酒場の裏口から近くのゴミ捨て場へと一人ずつ引きずって捨てる作業を開始した。

 

 だが、これが五歳の肉体にはとんでもない重労働だった。

 

「……重い。大人の死体ってなんでこんなに重いんだ」

 

 息を上げながら十数人分の死体を処理し終えた頃には、俺の貧弱な腕は完全に筋肉痛で悲鳴を上げていた。

 如何に脳内に完璧な未来技術の設計図があろうとも、それを実行するハードウェア(俺の体)がこれほどまでに脆弱(ぜいじゃく)では、いずれ致命的な隙を生む。

 

「……早急に、このポンコツな肉体をアップデートする必要があるな」

 

 俺は酒場のカウンターに座り込み、キッチンにあったミキサーと、持ち込んでいたモーターの部品を組み合わせて即席の遠心分離機(えんしんぶんりき)を組み上げた。

 

 そこへ、薬局で買ってきたプロテインの粉末や、ギャングの金庫に入っていた違法な興奮剤、鎮痛剤などを放り込み、未来の化学式に則って徹底的に成分を抽出・再構成していく。

 目指すのは、五歳の肉体の成長限界を強制的に突破させ、筋繊維と骨格を異常発達させるための『特製ステロイドペースト』だ。

 

 ビーカーの中で、緑色と赤色が混ざったような、泥水より酷い見た目の粘性液体が完成する。

 

 これを普通の人間が飲めば、心臓が急激な負荷に耐えきれずに破裂するか、激痛でショック死するだろう劇薬。だが、俺の計算によれば生存確率は百パーセントだ。

 

「良薬は口に苦し、と言うからな。……いただきます」

 

 俺はスプーンでそのペーストをすくい、躊躇いなく喉の奥へと流し込んだ。

 

 直後、胃袋からドロドロのマグマを飲んだかのような灼熱感(しゃくねつかん)が全身を駆け巡った。

 全身の血管が浮き上がり、ミシミシと骨が軋む音が静かな地下室に響く。筋繊維が強制的に破壊され、通常の何十倍もの速度で再生していく凄まじい激痛。

 

 並の大人なら泡を吹いて気絶するほどの苦痛だ。だが、俺の意識が途切れることはない。

 ただ冷たい床に寝転がり、天井のシミを見つめながら、自身の肉体が作り替えられていくプロセスを極めて客観的に観察し続けていた。

 

「……うん、いい調子だ。これなら数週間後には、大人の首くらいは素手でへし折れるようになるだろう」

 

 スラムの生態系を狂わせる悪魔の胎動は、いよいよ俺自身の肉体という()()()にまで及び始めていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。