科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後闇堕ちの八手

 

 

 

 あの地獄のような特製ステロイドの投与を開始してから、およそ二週間が経過した。

 

 俺の肉体は、目論見通りに劇的な変化を遂げていた。

 身長や見た目こそ五歳児のままだが、服の下の筋肉は異常な密度に圧縮され、骨格は鉄のように硬く変質している。試しに酒場のカウンターにあった分厚い木製のまな板を殴ってみたところ、嫌な痛みを伴うことなく真っ二つに割れた。

 

「よしよし。これなら、大人の頭蓋骨くらいは石でも投げる感覚で叩き割れそうだ」

 

 相変わらずの筋肉痛と関節の軋みは続いているが、俺の意識がそれに振り回されることはない。痛覚など単なるエラー信号の一つに過ぎないからだ。

 

 当面の安全と、雨風を凌げる強固な拠点を手に入れた。ギャングの金庫から奪った八万ペソの資金と、数丁の本物の銃火器もある。

 スラムの孤児としては、これ以上ないほどのサクセスストーリーだろう。

 

 だが、俺にとってはここがようやく()()()()()()に過ぎない。

 

「……やっぱり、ジャンク品じゃ限界があるな」

 

 俺はため息をつきながら、酒場のテーブルに並べたガラクタの山を見つめた。

 

 現在、俺の脳内には数百世紀(せいき)先のナノマシン技術や、空想の産物である完全自律型の生体兵器の設計図が完璧な状態で眠っている。

 だが、それを現実に出力するための「設備」が圧倒的に足りないのだ。

 

 精密な遺伝子操作を行うための電子顕微鏡、金属を高精度で削り出す産業用の旋盤(せんばん)、あるいは高度な演算処理が可能なサーバー群。

 八万ペソ――日本円にして二十万円弱という金はスラムでは大金だが、表の世界の最先端機材を揃えるには、文字通りゼロの数が三つか四つ足りない。

 

 俺が求めているのは、小銭ではなく「莫大な資金」だ。

 それも、一過性の強盗ではなく、息をするように大金が転がり込んでくる持続可能で強固な()()()()が必要だった。

 

「さて。この腐ったスラムの経済は、一体何で回っているのかね」

 

 答えを探すため、俺は銃を隠し持ち、昼間のスラムの外縁部へと視察に出かけた。

 

 悪臭の漂う路地裏や、崩れかけたトタン屋根の並ぶ市場。行き交う人々は誰もが痩せこけ、絶望に満ちた目をしている。

 だが、そんな場所でも確実に「富」が集中している場所があった。

 

「へへっ、頼むよ。昨日拾った銅線、これ全部でいいからさ……一回分だけ売ってくれよ」

「チッ、足んねえよ。まあいい、今日は特別にオマケしてやる。ほらよ」

 

 路地裏の暗がり。骨と皮だけになった男が、なけなしの換金アイテムと引き換えに、売人の男から小さなビニール袋を受け取っていた。

 中に入っているのは、濁った白色の結晶だ。

 

 男はそれを受け取ると、狂喜の表情を浮かべて路地の奥へと消えていった。

 

「なるほど。法定通貨よりも、ああいう粗悪な麻薬の方がよっぽど絶対的な『価値』を持っているわけだ」

 

 依存症という病は、人間の理性と経済観念を容易く破壊する。

 彼らは食料を買う金すら惜しみ、あるいは家族を売り飛ばしてでも、その白い粉を求めて全財産を差し出すのだ。

 

 これほど手っ取り早く、かつ搾取しやすいビジネスモデルが他にあるだろうか。

 

 俺は足音を殺して先ほどのジャンキーの男を尾行し、彼が廃屋の陰で薬を炙ろうとした瞬間、背後から首を絞め落としてその小袋を拝借した。

 

 拠点の酒場に戻った俺は、早速その白い結晶をビーカーに入れ、薬品を使って成分の抽出(ちゅうしゅつ)と分析を開始した。

 

 数分後。薬品の反応を見た俺は、思わず鼻で笑ってしまった。

 

「……なんだこのゴミは。呆れて言葉も出ないな」

 

 一言で言えば、粗悪品という言葉すら生ぬるい()()()()()()()だった。

 有効成分であるアンフェタミン系の物質は全体のわずか十パーセント未満。残りの九十パーセントは、かさ増しのために混ぜられた小麦粉、殺鼠剤、砕いた蛍光灯のガラス、そしてバッテリー液の残滓だ。

 

 こんなものを体に入れれば、数年で脳が溶ける前に内臓が腐り落ちて死ぬだろう。製造者の知能の低さと、コスト削減への見え透いた浅ましさが透けて見える。

 

「こんな不純物だらけのゴミに、あいつらは金を払っているのか」

 

 俺はビーカーの中の濁った液体を、排水溝へと無造作に投げ捨てた。

 

 もし俺が、前世の未来知識と化学式を用いたならどうなるか。

 市販の風邪薬から抽出したエフェドリンと、いくつかの一般的な工業用溶剤。それらをミリ単位の温度管理と正確な化学反応で結びつければいい。

 不純物を極限まで削ぎ落とした、純度ほぼ百パーセントの完璧な結晶が完成する。

 

「だが……これをそのまま売るのは下策だな。いきなり高品質な純度百パーセントを出せば違和感が出すぎるし、何より一度の量で満足されたら商売上がったりだ」

 

 俺は顎に手を当て、最高に()()()()()()()()()の計算を始める。

 

 完成した純度百パーセントの原液を、人体に無害な粉ミルクや重曹を使って、十倍、いや二十倍に薄めるのだ。

 限界まで薄めたとしても、元が完璧な純度であるため、市場に出回っている『有効成分十パーセントのゴミ』とは比べ物にならないほどの快楽と依存性をもたらす。

 

 さらに、薄めて量を増やすことで一回あたりの単価を下げつつ、強烈な依存性によって()()()()を跳ね上げさせることができる。薄利多売の皮を被った、究極の搾取システムだ。

 その上、製造コストはスラムの裏市で買える市販薬の代金――数百ペソにすら満たないのだから笑いが止まらない。

 

「決まりだな。俺の最初の『商品』はこれだ」

 

 俺は酒場の奥に転がっている大量の市販薬とフラスコを見つめながら、愉悦に満ちた笑みを深めた。

 

 莫大な資金源を確保するための、最も合理的で最悪な錬金術のレシピは既に完成しているのだ。

 

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