地下酒場を新たな拠点として乗っ取ってから、一週間が経過した。
俺はギャングの金庫から接収した八万ペソの資金をフル活用し、この薄暗くて血生臭かった空間を、立派な
バーカウンターの上には酒瓶の代わりに、無数のビーカーやフラスコ、アルコールランプ、そして自作の冷却器などが所狭しと並べられている。
「うん、悪くない。これだけ機材が揃えば、大抵のものは作れるな」
白衣の代わりに、少しサイズの大きいブカブカのシャツを羽織った俺は、フラスコの中でコポコポと沸騰する透明な液体を見つめながら満足げに頷いた。
現在進行形で精製しているのは、数日前に考案した『究極の搾取ビジネス』の中核を担う商品だ。
市販の風邪薬から抽出したエフェドリンをベースに、いくつかの工業用溶剤と触媒を加え、ミリ単位の温度管理で化学反応を連続発生させていく。前世の未来知識に基づく完璧な数式は、不純物の混入を一切許さない。
やがて、フラスコの底に無色透明な液体が抽出され始めた。
「よし、第一段階クリア。純度九十九・九パーセントの最強の原液だ」
たったこれっぽっちの量でも、直接舐めれば脳の報酬系が瞬時に焼き切れ、快楽の中で心臓が破裂して死ぬだろう。まさに劇薬中の劇薬である。
だが、このままでは商品にはならない。
先日、粉ミルクや重曹で薄めるという
ある客は薄すぎて満足できず、別の客は濃い部分を引いてオーバードーズで死ぬ。それでは安定したリピーター(依存者)は獲得できない。
「だから、今回は形状を『液体』に変更することにした。これなら蒸留水で正確に何十倍にも希釈できるし、品質のムラも出ないからな」
俺はフラスコ内の原液を、ドラッグストアで大量買いしてきた精製水と特殊な薬品で、計算通りきっちり二十倍に薄めていく。
限界まで薄められたそれは、もはやただの水と見分けがつかない完全な無色透明の液体だ。しかし、これ一滴(ワン・ドロップ)で、スラムに出回っている粗悪な粉末の数百倍の快楽と、決して逃れられない強烈な
「フフッ……素晴らしい。我ながら、なんて悪魔的な商品だろうか」
俺はスラムのゴミ山から拾い集め、煮沸消毒しておいた青いガラスの小瓶(元は安物の目薬か何かの容器だろう)に、その無色透明な液体をスポイトで慎重に小分けしていく。
青い小瓶に入った、一滴の破滅。
のちにこのスラムを飲み込み、巨大マフィアの勢力図すらも一変させることになる超高品質麻薬のプロトタイプ(第一世代)。
「名前はそうだな……『ブルー・ドロップ』とでもしておこう。安直だが、スラムの連中にはこれくらい分かりやすい方がいい」
カチリ、と最後の小瓶のキャップを締め終える。
カウンターの上にずらりと並んだ三十本の『ブルー・ドロップ』。これらを製造するのにかかった原価は、市販薬と精製水代を合わせても、たったの五百ペソ(千数百円)ぽっちだ。
だが、これがスラムの裏市に流通すれば、あっという間に何万、何十万ペソという莫大な富を俺の元へ運んでくる
「さて、商品は完成した。あとはこれを市場に流通させる手段だが……」
俺は青い小瓶を一つ指先でつまみ上げ、薄暗い電球の光に透かして見つめた。
いくら中身が最高品質でも、五歳のガキが「良いクスリあるよ」と路地裏で売り歩いていれば、すぐに他のギャングや元締めに見つかって面倒なことになるのは目に見えている。
安全かつ迅速に、この薬の『異常な価値』をスラムの連中に分からせるための、優秀な宣伝マン兼テストマーケティングの被検体が必要だ。
「どこかに、頭のネジが飛んでて、薬のためなら何でもする都合のいいモルモットはいないもんかね」
俺は冷たい笑みを浮かべながら、新たな獲物を探しに夜のスラムへと出かける準備を始めた。