科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後闇堕ちの十一手

 

 

 

 極上の商品『ブルー・ドロップ』の完成から数時間後。

 

 俺は夜のスラムを、るんるん気分で散歩していた。いやー、素晴らしい。今日のスラムの夜風も、工場地帯から流れてくる有毒ガスと酸性雨のフレーバーがバッチリ効いていて、実に世紀末的な肺の痛みをプレゼントしてくれる。

 道端には得体の知れない汚水が溜まり、ネオン管の切れかけた安娼館の看板が、ジージーと虫の鳴き声のようなノイズを立てていた。まさに『命の値段が最も安い』最高のロケーションだ。

 

 さて、本日のミッションは最適な()()()()()()()()()()()のスカウトである。

 

 条件は三つだ。

 一つ、重度の薬物依存症(ジャンキー)であり、クスリのためなら親兄弟の臓器でも平気で売り飛ばすほど切羽詰まっていること。

 二つ、それなりに顔が広く、他の依存症患者たちとのネットワーク、つまり『顧客リスト』を持っていること。

 三つ、俺の指示を曲がりなりにも理解できる、最低限の知能と理性が残っていること。

 

 簡単な条件に思えるが、これが意外と難しい。

 スラムの路地裏にはクスリでトんだ連中がそこら中に転がっているが、自分の排泄物にまみれて虚空と会話しているような手遅れだったり、逆に孤独すぎてネットワークを持っていなかったりと、なかなか「これだ!」という逸材に出会えないのだ。

 

「うーん、あのオッサンは脳髄まで溶けきってるから駄目。そっちの兄ちゃんは……ああ、残念。もう息をしてないな」

 

 俺は道端に転がる人間たちを、スーパーの青果コーナーで傷んだキャベツでも選別するような気楽さで物色していった。

 そして一時間ほど歩き回った頃、ゴミ捨て場の陰でガタガタと派手に震えている三十代ほどの男を見つけた。

 

 目は血走り、しきりに自分の腕や首を掻きむしっている。典型的な禁断症状だ。服はボロボロだが、首元には安物の銀のネックレスが光っており、他のジャンキーたちと比べれば『まだ身なりに気を遣う程度の理性』が残っているのが窺えた。

 

「おっ、彼なんか良さそうだな。第一印象は大事だ」

 

 俺は口角を上げ、ゴミ捨て場の陰で震える男の前にポンと立ち塞がった。

 

「おい、そこのあんた。景気はどうだい?」

「あァ……? なんだ、クソガキ……シッシッ、あっちへ行け。俺は今、それどころじゃねえんだ……。クスリだ、クスリが足りねえ……っ」

 

 男は焦点の定まらない目で俺を一瞥すると、ひどく鬱陶しそうに手を振った。

 素晴らしい。俺が五歳の子供だということを正しく認識し、危害を加えようとするのではなく追い払おうとする程度の理性がある。合格だ。

 

 俺はその男の目の前に、チャリン、とポケットから取り出した数十ペソの硬貨を落としてみせた。

 

「なんだ、クスリを買う金すらないのか? 大の大人がそんなゴミ溜めでガタガタ震えて、哀れだなあ」

「あ……? おい、お前、なんでそんな金……いや、寄越せ! その金、俺によこせえっ!!」

 

 男の目の色が一瞬で変わった。

 飢えた獣のような唸り声を上げ、男は俺めがけてなりふり構わず飛びかかってきた。大人の体重と狂気を乗せた、文字通りの決死のタックルだ。

 

 だが、俺の特製ステロイドによる肉体改造を甘く見てもらっては困る。

 

「はい、残念。そこは通れません」

「がぼァッ!?」

 

 俺は半歩だけ横にズレてタックルを躱すと、すれ違いざまに男の足を軽く引っ掛けた。

 盛大にバランスを崩した男が、泥水の中に顔面からド派手に突っ込む。俺はすかさずその背中の上に飛び乗り、小さな足で男の背骨の急所をグッと踏み抜いた。

 

「ぎぃぃぃ……っ!? い、いてええっ!!」

「暴れるなよ。せっかく素晴らしいビジネスの提案をしに来てやったんだから」

 

 男がカエルのように手足をバタつかせるが、俺の足はびくともしない。

 見た目こそ五歳児のままだが、俺の服の下の筋繊維は鋼線のように圧縮されている。大の大人が本気でもがいても、片足で地面に縫い留めておけるほどのパワーだ。我ながら、なんて愉快で理不尽なフィジカルだろうか。

 

「ひっ、あ、ぐ……なんだ、お前……ガキの力じゃねえ……っ。背骨が、折れるゥ……!」

「俺はサイエン。あんたの名前は?」

「マ、マルコだ……っ! 頼む、金なら諦めるから、踏むな、離してくれえ……っ」

 

 涙と鼻水で顔をグシャグシャにして命乞いをするマルコ。

 よしよし、これで『どちらが絶対的に上の立場か』はしっかり理解してもらえただろう。交渉の基本はマウント取りからである。

 

 俺は足をどけてマルコを解放してやると、彼は這いつくばったまま俺をひどく怯えた目で見上げた。

 俺はポケットから、先ほど精製したばかりの青い小瓶を一つ取り出し、マルコの目の前でちゃぷりと揺らしてみせる。

 

「いい子だ、マルコ。あんた、いつもあの不純物だらけの粗悪な粉を買ってるんだろ? 今日は特別に、俺の作った『新作』を試食させてやるよ」

「……は? なんだそれ。水か? ふざけんな、俺が欲しいのは……」

 

 文句を垂れるマルコの口を強引にこじ開け、俺は小瓶の先を突っ込み、無色透明な液体を一滴だけ垂らした。

 

 たった一滴(ワン・ドロップ)。

 それが舌の粘膜に触れた瞬間、マルコの体がビクンッと魚のように大きく跳ねた。

 

「あ……? え……?」

 

 マルコの焦点がピタリと合い、次に眼球がこぼれ落ちそうなほどに見開かれた。

 全身の震えが嘘のように止まり、その顔に、この世のすべての幸福と快楽を極限まで煮詰めたような、とろけるような()()が広がる。

 

「あ、あああ……あああああっ!! なんだこれ、なんだこれぇぇっ!? すげえ、頭の中が、光って……うおおおおおあっ!!」

 

 マルコは泥水の中に仰向けになり、自分の顔を両手で掻きむしりながら狂ったように呵々大笑し始めた。

 スラムの粗悪品とは次元が違う、純度九十九・九パーセントの恩恵。限界まで薄めてあるとはいえ、その圧倒的な快楽は、彼が今まで摂取してきたゴミのような麻薬の記憶を瞬時に上書きし、脳の報酬系を完全に支配したのだ。

 

 十分後。

 ようやく落ち着きを取り戻し、快楽の余韻でだらしなくヨダレを垂らしているマルコの胸ぐらを掴み、俺はにっこりと、最高に爽やかな笑顔を作ってみせた。

 

「どうだ? 気に入ったか?」

「サイエン様……!! あ、あんた神か!? 頼む、もう一滴……もう一滴だけ舐めさせてくれっ!! 何でもする、靴でも舐めるからぁっ!!」

 

 マルコは俺の足元にすがりつき、本当にスニーカーのつま先を舐め回さんばかりの勢いで懇願してきた。

 よしよし、見事なまでの依存っぷりだ。これだからクスリの商売はやめられない。

 

「いいよ。何なら、毎日タダでしゃぶらせてやる」

「ほ、本当か……!?」

 

 歓喜に顔を歪めるマルコに、俺は青い小瓶を十本手渡した。

 

「その代わり、俺のビジネスパートナーとして働いてもらう。これを、あんたの知り合いのジャンキーどもに配ってこい。最初は一滴百ペソの激安価格でいい。最初はタダで味見させても構わないぞ」

「こ、こんなすげえクスリを、そんな安値で……!?」

「いいからやれ。あっという間に在庫が切れるはずだ。買えなくて狂いそうになっている奴らにはこう伝えろ。『明日の夜、倍の金を用意してまたここに来い』とな」

 

 俺はマルコの顔を覗き込み、極めて事務的な、だが絶対に逆らえない冷たい声色で取引の条件を提示した。

 

「売上の【十パーセント】。それをあんたの取り分として渡す。それに加えて、この『ブルー・ドロップ』のあんたの消費分も毎日現物支給してやる。……どうだ、マルコ。スラムの底辺で泥水を啜る生活から抜け出せる、悪くない取引だろう?」

「やる! やらせてくだせえ! 俺はサイエン様の一番の犬になりますっ!!」

 

 十パーセントという数字がどれほどの利益を生むか、今のマルコは計算できていないだろうが、クスリが現物支給されるという点だけで彼の忠誠心はマックスに振り切れていた。

 マルコは大事そうに小瓶を抱え、夜の闇の中へ狂喜の声を上げながら駆け出していった。

 

 俺は暗がりに身を潜めたまま、マルコが最初の客に接触するのを静かに観察することにした。

 

「お、おい! そこのお前、クスリ欲しくないか!? すげえのがあるんだよ!」

 

 マルコが近くの路地裏でうずくまっていた別の男に声をかけ、口元に一滴を垂らす。

 数秒後、その男も先ほどのマルコと全く同じように白目を剥き、歓喜の咆哮を上げて狂い始めた。そして「もっとくれ!」と、自分のポケットからなけなしの小銭を全てマルコに差し出している。

 

「……フフッ、素晴らしい。まるでパンデミックのように拡散していくな」

 

 限界まで薄利多売でばら撒き、市場を()()()()()()()()()()にする。

 一度この異常な快楽を知れば、もう元の粗悪品には絶対に戻れない。明日には、価格を倍にしても、十倍にしても、彼らは全財産を握りしめてマルコの下へ殺到するだろう。

 

 これで種蒔きは完了だ。

 たった一人のモルモットから始まったこの感染は、数日のうちにこのスラムの狭い区画の経済を完全に破壊し、俺が構築したブルー・ドロップの経済圏へと塗り替えてしまうはずだ。

 

「さあ、楽しくなってきたぞ。次の獲物が待ち遠しいな」

 

 俺はスラムの淀んだ空気を胸いっぱいに吸い込み、愉快な気分で自分のラボへの帰路についた。

 

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