科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後闇堕ちの十二手 別から

 

 

 

 

 大規模ギャングの取立て管理部門トップ、狂犬のゴンザレスは、今日も愛用の金属(きんぞく)バットを肩に担ぎながらスラムの路地を練り歩いていた。

 

 彼の仕事は、組織の縄張り(シマ)を見回り、末端の売人どもからしっかりと売上を回収し、みかじめ料を渋る愚か者の膝の皿を物理的に割ることだ。

 いつもなら、彼が歩けばスラムの住人はゴキブリのように道を空け、薬物依存症の連中が「頼む、ツケで売ってくれ」と泣きついてくる愉快な光景が広がるはずだった。

 

 だが、ここ数日、縄張りの様子がどうにもおかしかった。

 

「……おい。どういうことだ、これは」

「す、すんませんゴンザレスの兄貴! 俺たちも必死に声かけてるんスけど、客が全然見向きもしてくれなくて……っ」

 

 縄張りの西区画を担当している下っ端の売人が、冷や汗をダラダラと流しながらゴンザレスの前に頭を下げている。

 彼が持っているアタッシュケースの中には、組織が製造した粗悪な粉薬が手付かずのまま山のように残されていた。売上金などスズメの涙ほどしかない。

 

「客が見向きもしない? あの脳みそが溶けきったジャンキーどもが、クスリを我慢して健康的な生活でも始めたって言うのか? スラムでジョギングでも流行ってんのかよ」

「ち、違うんです! なんでも、数日前から別のクスリが出回ってるみたいで……みんなそっちに金を持っていっちまうんです!」

 

 売人の言い訳を聞き、ゴンザレスはピクリと眉をひそめた。

 

 自分たちの組織は、このスラム一帯の裏経済を完全に牛耳っている。

 他所から勝手にクスリを持ち込んで商売をするなど、組織の、ひいては絶対的なカリスマであるボス・ガルシアの顔に泥を塗る自殺行為だ。

 

「どこの馬鹿だ、俺たちのシマで勝手に店を広げてる命知らずは」

「マ、マルコっていう底辺のジャンキーです! あいつが急に羽振りが良くなって、青い小瓶に入った変な液体を売り歩いてるんです。最初はタダ同然で配ってたらしいんですが、今は値段が十倍になっても客が群がってて……あ、兄貴! ちょうどあそこの路地裏でっ!」

 

 売人が指差した先。

 薄暗い路地裏の奥に、異様な人だかりができていた。普段は地べたを這いずり回っているだけのジャンキーたちが、目を血走らせながらお札を握りしめ、一列に並んで順番を待っているのだ。

 

 その中心で、マルコと呼ばれた小汚い男が、王様のように踏ん反り返りながら青い小瓶を配っていた。

 

「ほらほら、順番を守れよお前ら! 俺の『ブルー・ドロップ』は逃げないからな! 金が足りない奴は親の歯でも抜いて持ってきな!」

「マルコさん! 頼む、もう一滴だけ! 今日の稼ぎは全部持ってきたからっ!!」

 

 その異様な熱狂ぶりに、ゴンザレスは呆れを通り越して感心すら覚えた。

 スラムの底辺のさらに底辺が、たった数日で一つの区画の経済を支配している。あの青い小瓶に入った液体の効力は、推して知るべしだ。

 

 ゴンザレスは苛立ち任せに近くのトタン壁を金属バットでフルスイングした。

 凄まじい轟音が響き、集まっていたジャンキーたちがヒッと短い悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 

「……上等だ。俺たちのシマの金を掠め取る泥棒猫がどんなツラしてるか、後でじっくり拝みに行ってやるよ。まずはボスに報告だ」

 

 マルコの首根っこを今すぐ掴みたい衝動を抑え、ゴンザレスは逃げ遅れたジャンキーから青い小瓶を一つ奪い取ると、本拠地へと踵を返した。

 

 大規模ギャングの本拠地である、スラム中央の巨大なクラブハウス。

 その最奥にあるVIPルームは、現在、最悪の空気に包まれていた。

 

「西区画の売上が、前週比で九割減だと……?」

「はい。あのマルコとかいうゴミが売り歩いている『ブルー・ドロップ』なる液体のせいです。客は完全にそっちに流れてますね」

 

 豪奢な革張りのソファに深く腰掛けているのは、筋骨隆々で全身に凄まじいタトゥーを刻んだ男、ボス・ガルシアだ。

 ゴンザレスの報告を聞いた彼のこめかみには、ビキビキと分かりやすい青筋が浮かび上がっていた。

 

「ふざけるなッ! 俺のシマだぞ!? 俺が血と暴力でまとめ上げた、俺の庭だ! そこで勝手に商売をして、俺から金を奪うだと……!? 舐めるなよ、どこの組織の回し者だ!!」

 

 ガルシアが怒りのあまり、手元にあった高級なグラスを壁に叩きつけて粉砕する。

 

「まあまあ、ボス、落ち着いてください。胃が痛くなりますよ……。まずは相手の素性を探るのが先決では。もし背後に別の巨大組織がいたら、全面抗争になりかねません」

 

 アンダーボスのリカルドが、常備している胃薬をボリボリと齧りながら宥めようとするが、ガルシアの怒りの炎に油を注ぐだけだった。

 

「うるさいリカルド! 相手が誰だろうが関係ない! 俺の庭に手を出した時点で、そいつはミンチにして豚の餌だ!!」

「まったくだ! 大体、その『ブルー・ドロップ』とやら、ただの色付きの水じゃないか! こんなオモチャで俺の完璧なレシピで作ったクスリが負けるわけがない!」

 

 怒り狂うボスに同調したのは、麻薬部門トップのベンジャミンだった。

 彼はゴンザレスが持ち帰った青い小瓶を光に透かしながら、酷くプライドを傷つけられたような顔で鼻息を荒くしている。

 

「客は錯覚してるだけだ! 俺のクスリこそがスラムの至高! こんな水商売を始めたクソ野郎、俺が直々に解剖してやる!」

「……ベンジャミン、お前がアホなのは知ってるが、現実を見ろ。その『水』のせいで、お前が作ったクスリはもう誰も見向きもしないゴミになり下がってんだよ。ただの錯覚でジャンキーどもが全財産を投げ出すわけねえだろ」

 

 ゴンザレスが鼻で笑いながら指摘すると、ベンジャミンの顔が怒りで真っ赤に染まった。

 

「なんだとゴンザレス!? てめえ、俺の芸術をゴミ呼ばわり――」

「やかましいッ!! 内輪揉めしてる場合か!!」

 

 ガルシアの怒号が部屋をビリビリと震わせ、二人はピタリと口を閉ざした。

 この組織において、ボスの命令は絶対だ。逆らえば即座にドラム缶に詰められて海に沈められる。

 

「……ゴンザレス。お前に全権を預ける。戦闘部門から人員を引き抜いても構わん。重武装の制圧部隊を編成しろ」

「へいへい。そのマルコとかいう代理人を引っ張ってくればいいんですね?」

「それだけじゃない。出回ってる小瓶と売上金を全額回収し、その後ろで糸を引いてる『製造元』の居場所を吐かせろ。俺のメンツを潰した落とし前は、そいつらの命と、その『ブルー・ドロップ』の利権の全譲渡で払わせる」

 

 ガルシアは血走った目で立ち上がり、ゴンザレスに向けて親指で首を掻き切るジェスチャーをした。

 

「抵抗するなら、手足の二、三本は切り落としても構わん。ボス・ガルシアのシマを荒らした代償がどれほど高くつくか、スラムの底辺どもにたっぷりと教えてやれ!!」

「了解です、ボス。……久々に、バットの振りがいのある大仕事だ」

 

 ゴンザレスは肩に乗せた金属バットを嬉しそうに撫で回し、残忍な笑みを浮かべた。

 

 数時間後。

 ゴンザレス率いる十数名の重武装の制圧部隊が、アサルトライフルやショットガンを手に、スラムの暗がりへと放たれた。

 彼らは、自分たちがこれから探し出そうとしている『製造元』が、たかだか五歳の子供の皮を被った()()()()()()()であることなど知る由もない。

 

 縄張りの主の激怒は、スラムの生態系を根本から書き換えるための、サイエンにとって都合の良い引き金に過ぎなかったのだ。

 

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