科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後闇堕ちの十四手 別から

 

 

 狂気というものは、この巨大スラムにおいて、道端に転がっている犬の糞と同じくらいありふれた代物だ。

 クスリ欲しさに実の親を解体するジャンキー、数十ペソのために笑いながら引き金を引く子供。そういった掃き溜め(はきだめ)のような光景を、俺は五十年の人生で穴が空くほど見つめてきた。

 

 だが、戦闘部門のトップとして数え切れないほどの修羅場を潜り抜けてきた俺の目から見ても、今日目の当たりにした光景は、極めて異質で、強烈な()()だった。

 

「……信じられねえ。ウチのボスは、あわや兆単位の利益を生む『金の卵』を、ただのメンツのためにミンチにしようとしていたってのか」

 

 俺は防弾仕様の黒いSUVのハンドルを握りながら、隣の助手席に座る小さな影を横目で盗み見た。

 

 年齢は精々(せいぜい)五歳。骨と皮ばかりに見える貧相な子供だ。

 だが、その手には俺たちを丸ごと吹き飛ばすための起爆スイッチが、まるでお気に入りのオモチャでも握るかのように、極めて自然な動作で握られている。

 

 数時間前、ウチの縄張り(シマ)で未知の『ブルー・ドロップ』なる薬が出回っていると聞いた時、俺は真っ先に実物を手に入れて味見をした。

 一滴舐めた瞬間、俺の脳髄を雷が撃ち抜いた。ベンジャミンが作っている不純物だらけのゴミとは次元が違う、純度九十九パーセントを優に超える圧倒的な快楽と依存性。

 

 俺はすぐに理解したのだ。これを市場に放ったのは、裏社会のパワーバランスを根底から覆すほどの天才であり、絶対に殺してはならない()であると。

 

 だからこそ、メンツを潰されて激怒したボス・ガルシアがゴンザレスの部隊を差し向けた時、俺は舌打ちをして自身の精鋭部隊を引き連れた。

 ゴンザレスのような狂犬に任せておけば、相手が誰であろうと金属バットで脳みそをぶちまけてしまうからだ。そんな真似をされれば、何千億ペソという利益を生む完璧なレシピが、スラムの泥水の中に永遠に消えてしまう。

 

 しかし、現場に到着した俺を待っていたのは、俺の想像を遥かに超えるバケモノだった。

 

 重武装した十数人の大の大人に銃口を突きつけられて、震えもしない五歳のガキ。

 それどころか、極めて流暢な口調で『硝酸(しょうさん)アンモニウムとモーターオイルの混合爆薬』――いわゆるアンフォ爆薬の存在をチラつかせ、高濃度の塩素ガスという化学兵器まで併用して、俺たち全員の命を人質に取ってみせたのだ。

 

「……なあ、サイエンとやら。お前、本当にあの場でスイッチを押す気があったのか?」

「当然だ。俺の時間は有限だからね。話の通じない獣に時間を割くくらいなら、あの場ごと吹き飛ばして、別のスラムで一から拠点を築き直す方がよっぽど合理的だ。まあ、カルロスさんが話の分かる人で助かったよ」

 

 サイエンは窓の外の汚いネオンサインを眺めながら、子供特有の高めの声で、極めて平坦に答えた。

 

 背筋に冷たいものが走る。

 こいつはハッタリをかましていたわけではない。「五十キロの爆薬と一緒に自爆する」という選択肢を、本当にただの『合理的な手段の一つ』として、ミリ単位の躊躇(ちゅうちょ)もなく実行できる異常者なのだ。

 

 感情がないわけではない。ただ、その思考プロセスが、あまりにも人間離れしている。

 

「クックッ……お前みたいなヤバいガキは、裏社会に五十年生きてきて初めて見たぜ。俺は無駄な暴力を嫌うタチでね。お前のような賢いビジネスパートナーが見つかって、本当に安堵してるよ」

「俺も、無能な働き蜂より、有能な交渉相手の方が好きだ。お互いに良い関係が築けそうだな」

 

 サイエンがこちらを向いて、ニッコリと無邪気な笑みを浮かべた。

 その時、俺は彼の身体の動きに、ある種の()()()を覚えた。

 

 五歳の細い腕が動くたび、服の下で何かが異様に軋むような気配がする。

 助手席に座る姿勢も、子供特有の落ち着きのなさなど皆無だ。筋肉の密度、骨格のバランス。専門的な武術の訓練を受けた暗殺者ですら、ここまで無駄のない静と動の切り替えはできない。

 

「……坊主、お前、その身体。一体何をやってる?」

「ん? ああ、五歳のハードウェアじゃ何かと不便だからね。ちょっとばかり薬を調合して、肉体を強制的にアップデートしている最中さ。今はまだ、大人の頭蓋骨を素手で叩き割れる程度の出力しか出ないポンコツだが」

「……」

 

 さらりととんでもないことを口にするサイエンに、俺は思わず言葉を失った。

 

 大人の頭蓋骨を叩き割る五歳児。冗談にしか聞こえないが、このガキの口から出ると紛れもない『事実』として俺の脳髄に響く。

 どうやら俺が拾い上げたのは、単なる天才のクックなどではないらしい。とてつもなく凶悪で、俺たちの常識など容易く踏み躙る()()そのものだ。

 

「さあ、カルロスさん。俺の作った『ブルー・ドロップ』の原価は、市販薬と精製水を合わせてたったの五百ペソだ。それを二十倍に薄めて、薄利多売でスラムのジャンキーどもの脳みそを完全に依存させる。莫大な利益が出るぞ。お前たちの組織のボスは、その価値を正しく理解できる人間か?」

 

 サイエンの問いかけに、俺は思わず苦笑を漏らした。

 

 ウチのボス、ガルシアは暴力の天才だが、ビジネスの天才ではない。縄張りとメンツに執着する、スラムの井の中の蛙だ。

 麻薬部門のベンジャミンに至っては、自分の粗悪品に絶対の自信を持っているプライドの塊だ。サイエンの薬を見れば、利益よりも先に嫉妬で発狂するだろう。

 

「……ウチの組織は、少しばかり頭の固い連中が多くてな。お前のその『価値』を理解させるには、少し()()()が必要になるかもしれないぜ」

「構わないよ。障害物を排除するための化学兵器のレシピなら、俺の頭の中にいくらでも転がっている。俺に強固なラボと莫大な資金を提供してくれるなら、お前の組織を、この国を裏から支配できるほどの巨大なバケモノに育て上げてやる」

 

 サイエンの冷たくも自信に満ちた言葉が、車内に響く。

 

 俺は葉巻の端を噛み千切りながら、この先に待ち受ける血生臭くも痛快な未来を想像し、腹の底から愉快な笑い声を上げた。

 

「ハハハッ! 頼もしいじゃねえか。なら、俺はお前のその異常な頭脳に、俺の権力と武力を全力で投資してやる。せいぜい俺を楽しませてくれよ、相棒」

 

 防弾仕様のSUVは、深夜のスラムを切り裂くように走り続ける。

 

 向かう先は、ボス・ガルシアの待つ組織の本拠地。

 だが、この瞬間から、この組織の真の支配者は変わったのだ。スラムの泥水から生まれた、五歳の()()の手によって。

 

 やがて国家すらも飲み込むことになる最悪のシンジケートの胎動は、この夜、静かに、そして確実に始まったのだった。

 

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