科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後闇堕ちの十五手

 

 

 スラムの中央にそびえ立つ、周囲のボロ家とは明らかに異質なコンクリート造りの巨大なクラブハウス。

 そこが、スラム一帯の裏経済を牛耳る大規模ギャングの本拠地だった。

 

 カルロスの防弾SUVから降りた俺は、周囲を厳重に警戒する強面どもに見下ろされながら、堂々とした足取りで建物の中へと案内された。

 

 通されたのは、最奥にある下品なほど豪華なVIPルームだ。

 革張りのソファ、無駄に高価なシャンデリア、そして部屋に充満する安葉巻と暴力の臭い。

 

「連れてきたぜ、ボス。こいつが、数日で西区画の経済を狂わせた『ブルー・ドロップ』の製造元だ」

 

 カルロスがそう紹介すると、部屋に集まっていた組織の幹部たちの視線が一斉に俺へと突き刺さった。

 

 ……が、その数秒後。

 

「ブッ……ハハハハハッ!! おいおいカルロス、冗談キツいぜ! なんだそのおしゃぶり咥えたガキは!?」

「てっきり他所の組織の凄腕クックでも連れてくるかと思えば……誘拐でもしてきたのか?」

 

 派手なスーツを着た男――交渉部門のエドガーと、白衣を着崩した脂ぎった男――麻薬部門のベンジャミンが、腹を抱えて爆笑し始めた。

 部屋全体が、侮蔑と嘲笑の空気に包まれる。

 

 まあ、無理もない。俺の見た目は骨と皮ばかりの貧相な五歳児だ。裏社会の修羅場を潜り抜けてきた彼らからすれば、迷子にしか見えないだろう。

 ただ一人、先日俺の自爆スイッチで脅された取立て管理部門のゴンザレスだけは、笑うどころか顔を青ざめさせて部屋の隅で硬直していたが。

 

「静かにしろ」

 

 ドスリ、と重い声が部屋を震わせた。

 

 中央の最も大きなソファに深く腰掛けている、筋骨隆々でタトゥーだらけの男。彼がこの組織の絶対的なトップ、ボス・ガルシアだ。

 ガルシアは鋭い眼光で俺を見下ろし、獲物を値踏みするような視線を向けてきた。

 

「おい、クソガキ。お前が本当にあの青い水を作ったのか? 誰かに言わされてるなら、素直に吐いた方が身のためだぞ」

「誰かに言わされてあんな最高品質のクスリが作れるなら、今頃あんたの組織は世界を牛耳っているはずだが? 現実は、スラムの掃き溜めで小銭を数えるだけの零細企業だ」

 

 俺がにっこりと笑いながら言い放つと、部屋の空気が一瞬で凍りついた。

 

「て、てめえ……ッ! ボスの前でなんて口の利き方だ! その舌引き抜いてやるぞ!」

 

 激怒したベンジャミンが立ち上がろうとするが、俺の隣に立つカルロスが冷たい義眼で彼を射抜き、無言で制止した。

 

「事実を言ったまでだ。……さて、俺の時間は有限だから、手短にビジネスの話をさせてもらうよ」

 

 俺はソファには座らず、テーブルの上にドンッと小さな青い小瓶――『ブルー・ドロップ』を置いた。

 

「俺の作ったこの薬は、市販薬と精製水だけで作れる。不純物ゼロ、純度九十九パーセント以上。それを二十倍に薄めたものがこれだ。一滴の製造原価は、わずか一ペソにも満たない」

「なっ……なんだと!?」

 

 アンダーボスであり金庫番のリカルドが、胃薬を握りしめたまま素頓狂な声を上げた。

 

「だが、これを市場に放てば、ジャンキーどもは一滴百ペソ、いや、千ペソでも全財産を投げ打って群がってくる。俺の構築した自動精製ラインに乗せれば、こんなもの一日に何千、何万本でも量産できる。……これがどれほどの利益を生むか、計算できる頭はあるか?」

 

 俺の言葉に、幹部たちは息を呑んだ。

 原価一ペソ未満のものが、千倍の値段で飛ぶように売れる。しかも品質は市場の独占を約束するほどのオーバーテクノロジーだ。

 

「で、デタラメだ!! そんな魔法みたいな真似ができるわけがない! どうせただの色水だろ!」

 

 ベンジャミンが顔を真っ赤にして喚くが、ガルシアは彼を手で制し、俺の目をじっと見つめ返した。

 

「……面白い。その話が本当なら、うちのシノギは桁が変わる。で、お前は何を望む? ボランティアで俺たちにレシピを献上しに来たわけじゃねえんだろ」

「当然だ。俺が要求するのは二つ」

 

 俺は短い指を二本立てて、極めて合理的な条件を提示した。

 

「一つ。スラムの外部から、俺が指定する最新の実験機材と薬品を密輸し、俺専用の巨大ラボを構築すること。資金は最初の売上で十分にペイできる」

「……いいだろう。それで、もう一つは?」

「二つ。俺のラボは組織から独立した完全なアンタッチャブル領域とする。そして、俺の身の安全を守るため、カルロスさんの戦闘部隊を専属の護衛として配備すること。……以上だ」

 

「なっ、ふざけるなッ!!」

 

 たまらず声を荒らげたのは、またしてもベンジャミンだった。

 

「俺たち麻薬部門を差し置いて、独立したラボだと!? しかもカルロスの部隊を私兵にするだと!? こんなガキの戯言を信じるんですか、ボス!」

「……黙れ、ベンジャミン。俺は今、計算をしている」

 

 ガルシアは顎を撫でながら、沈思黙考した。

 縄張りとメンツにこだわる彼にとって、組織内に独立勢力を作るような真似は面白くないはずだ。だが、俺の提示した『莫大な利益』という餌は、スラムのゴロツキには到底抗えないほど魅力的だった。

 

「ボス、俺からも進言させてもらう」

 

 そこで、今まで沈黙していたカルロスが口を開いた。

 

「このガキンチョの頭脳は本物だ。俺が保証する。こいつに投資すれば、ウチは間違いなくフィリピン最大のシンジケートに化ける。俺の部隊を割いてでも、こいつを保護する価値はあるぜ」

「……」

 

 組織の最大武力であるカルロスの強い後押し。

 それに加え、金庫番のリカルドが「ボス……計算が本当なら、三ヶ月で国の予算規模の利益が……」と震える声で耳打ちしたのが決定打となった。

 

「……いいだろう。要求は呑む。今日からお前を、ウチの特別顧問待遇として迎え入れてやる。好きに機材を揃えろ」

 

 ガルシアがニヤリと凶悪な笑みを浮かべて宣言した。

 

「交渉成立だな。賢明な判断に感謝するよ、ボス」

 

 俺も無邪気な子供の笑顔を作って応える。

 背後でベンジャミンがギリギリと歯を食いしばる音が聞こえたが、もはや完全なノイズだ。嫉妬に狂った猿がどう動くかなど、俺の完璧な計算の中にはとっくに組み込まれている。

 

「さて、それじゃあ早速、最新の搾取システムを構築させてもらおうか」

 

 俺はスラムの泥水から、ついに最強のハードウェアを手に入れた。

 ここから先は、俺の頭の中にある未来科学を、ただひたすらに現実へと出力し、この組織ごと世界を侵食していく楽しい楽しい実験の始まりだ。

 

 俺はカルロスと共にVIPルームを後にしながら、微かな愉悦に頬を緩めるのだった。

 

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