ボス・ガルシアとの交渉が成立してから三日後。
俺はギャングの縄張りの奥深くにある、厳重に警備された巨大な廃倉庫に立っていた。
ここは今日から、俺の専用ラボだ。
カルロスにリストを渡し、外部の密輸ルートから運び込ませた最新の
スラムの泥臭い景色とは完全に切り離された、近代的な化学プラントのミニチュア版がそこには完成していた。
「素晴らしい。これだけ機材が揃っていれば、前世の知識をかなりの精度で出力できるな」
俺は真新しい白衣(五歳児サイズに特注させたものだ)の袖を通し、ピカピカの機材を見渡して満足げに頷いた。
だが、機材が揃っただけでは『ブルー・ドロップ』の量産はできない。俺の五歳の肉体では、二十リットル入りの精製水タンクを持ち上げることすら困難だからだ。どうしても物理的な労働力が必要になる。
俺はカルロスの部下に命じて、スラムの底辺で泥水を啜っていた生きたゴミども――借金で首が回らなくなった者や、身寄りのない孤児たちを数十人ほどかき集めさせていた。
「サイエン、一つ聞かせてくれ」
俺がラボの稼働テストをしていると、組織の金庫番であるアンダーボスのリカルドが、胃薬の瓶を片手に神経質そうな顔で話しかけてきた。
彼はうず高く積まれた青い小瓶の空箱と、巨大な精製タンクを見上げて、深くため息をついた。
「これだけの設備を揃えたのはいいが……生産ペースが異常すぎる。一日に何万本も作る気か? いくらなんでも供給過多だ。どんなに良い品でも、
金庫番らしい、極めて真っ当で現実的な懸念だ。普通のビジネスなら、需要と供給のバランスを見誤れば一瞬で破綻する。
だが、俺はにっこりと、最高に邪悪で無邪気な子供の笑顔を作ってリカルドを見上げた。
「リカルドさんの言う通りだ。商売ってのは買い手がいなけりゃどうしようもない。……でもね、この『ブルー・ドロップ』の本当に悪魔的なところは、その買い手を
「……買い手を作る、だと?」
「ああ。普通の商売なら、広告を打って、客に必要性を訴えかけて、ようやく一つの商品が売れる。だが、この薬は違う。一滴(ワン・ドロップ)。たった一滴を無料で舐めさせてやるだけでいい。純度九十九パーセントの圧倒的な快楽が脳髄を焼き切り、一度でも味わった者は絶対に逃れられない依存症になる」
俺はフラスコの中でコポコポと沸騰する透明な液体を指差した。
「つまり、一滴配るごとに『全財産を投げ打ってでも明日この薬を買いに来る、完璧な消費者』が一人錬成されるわけだ。商品は商品であると同時に、最強のマーケティングツールでもある。スラムの連中全員にタダで一滴ずつ配れば、明日にはスラムの全人口が俺たちの
俺のロジックを聞き、リカルドは絶句した。
需要がないなら、脳をハックして需要を強制的に作り出せばいい。供給過多を心配する暇などない。俺たちが薬を作るスピードよりも早く、ジャンキーどもが薬を消費する狂った経済圏が完成するのだから。
「お、お前……本当に五歳のガキなのか? 悪魔でもその頭に飼ってるんじゃないのか……」
「最高の褒め言葉として受け取っておくよ。さあ、工場を稼働させよう」
それからの俺の仕事は、徹底的な【自動化とマニュアル構築】だった。
俺はラボの中央に防弾ガラスで囲まれたモニター室を作り、そこに引きこもった。
危険な薬品の計量や、温度管理を要する化学反応のコアプロセスは、俺がジャンク品を改造して作った自動制御のアームとプログラミングに任せる。
そして、材料の運搬、完成した液体の小分け、瓶の梱包といった「単純だが数の必要な物理作業」だけを、集めさせたスラムの労働者たちにやらせた。
『A班、攪拌機の温度が〇・二度高い。バルブを三ミリ閉めろ。B班、ボトリングのペースが落ちているぞ。手を止めるな』
モニター室のマイクから、俺は冷徹な指示を工場全体に響かせる。
労働者たちにストライキを起こす気力はない。彼らへの報酬もまた、現金ではなく「一日の終わりに支給されるブルー・ドロップ」だからだ。
彼らもまた、俺が作り出した狂信的な
モニター室の外では、防護服を着た労働者たちが、機械のように無言で青い小瓶を箱詰めしていく光景が広がっている。
「ふふっ……いい調子だ。これなら一日の生産量は、以前の地下酒場の千倍には跳ね上がる」
俺はモニター室のふかふかな椅子に深く腰掛け、部下に淹れさせた適度に甘いコーヒー(の代わりの栄養剤)を啜った。
スラムの数ブロックを支配していたに過ぎなかった青い液体は、今や巨大な津波となって、この街全体を飲み込む準備を終えたのだ。
俺の掌の上で、無限に増殖する買い手たち。スラムの金が全て俺の下へ溶け落ちてくる、楽しい楽しい集金祭りの始まりだった。