科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後闇堕ちの十八手 別から

 

 

 

 大規模ギャングの縄張りの東端。ひっそりと佇む廃工場の地下深く。

 常に鼻を突くようなアンモニア臭と、劣化したバッテリー液のすえた臭いが充満するその薄暗い空間こそが、麻薬部門のトップであるベンジャミンの『至高の工房(アトリエ)』であった。

 

 彼は白衣の袖をまくり上げ、イライラとした手つきでフラスコをかき混ぜていた。

 濁った黄褐色の液体が、アルコールランプの火に炙られてブクブクと不気味な泡を立てている。

 

「チッ……! なんでだ。なんでこんなに完璧なブレンドなのに、あの薄汚いジャンキーどもは喜ばねえんだ!」

 

 ベンジャミンは怒り任せに、手元にあったビーカーをコンクリートの壁に叩きつけて粉砕した。

 ガシャァン! という鋭い破砕音が響き、周囲で作業をしていた数人の部下たちがビクッと肩を震わせる。

 

 ほんの数週間前まで、彼はこの組織において最も重要な資金源を生み出す『錬金術師』だった。

 市販の薬から抽出した微量の有効成分に、殺鼠剤、蛍光灯のガラス粉末、そして漂白剤を絶妙な比率で混ぜ合わせる。極限まで原価を削り落とし、なおかつジャンキーたちの脳を破壊して幻覚を見せる『かさ増しの芸術』。

 それがベンジャミンの誇りであり、スラムの底辺を支配する絶対的な力だったはずなのだ。

 

 だが、その自負は今、たった一人の五歳のガキによって木端微塵に粉砕されようとしていた。

 

「ベ、ベンジャミンさん……今日の西区画の売上報告、上がってきました……」

「……言え。どうせまた減ってるんだろうが、いくらだ。昨日の半分か?」

 

 部下の一人が、顔を真っ青にしながら手元のクリップボードを読み上げる。

 

「ぜ、ゼロです。西区画どころか、北も南も、俺たちのクスリは一切売れてません。それどころか、売人がジャンキーに『こんなゴミみたいな粉を売りつけるな』と殴られる始末で……」

「ふざけるなァッ!!」

 

 ベンジャミンは部下の胸ぐらを掴み、凄まじい形相で怒鳴り散らした。

 

「ゴミだと!? 俺の芸術がゴミだと!? あいつら、ついこの間まで俺の作ったクスリ欲しさに、親の金歯まで抜いて持ってきたくせに! たかが色付きの水を舐めたくらいで、俺の完璧なレシピを忘れたってのか!」

「ひぃっ! す、すいません! でも、実際にあの『ブルー・ドロップ』のせいで、ウチの在庫はもう山積みで……保管する場所すらなくなってきてて……」

「うるさい! 言い訳をするな! ……だいたい、お前らもなんでこんなに人数が減ってんだ! 他の連中はどこへ行きやがった!」

 

 ベンジャミンが周囲を見渡すと、以前は数十人いたはずの製造ラインの部下たちが、今や五、六人にまで減っていた。

 

「そ、それが……リカルドさんの命令で、手の空いてる奴は全員、あのガキ……サイエンのラボへ応援に行けと。あっちの生産量が多すぎて、箱詰めの作業員が圧倒的に足りないらしくて……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ベンジャミンの頭の中で何かがブチッと千切れる音がした。

 

 自分の部下が。麻薬製造のエリートであるはずの自分の手足が。

 あのおしゃぶりを咥えたようなクソガキの工場で、ただの箱詰め要員としてこき使われている。

 

 屈辱だった。はらわたが煮えくり返るような、底知れぬ屈辱だった。

 

 先日の幹部会での光景が脳裏に蘇る。

 ボス・ガルシアはあのガキの提示した天文学的な利益に目が眩み、金庫番のリカルドは完全にあのガキの信者へと成り下がった。最強の武力を持つカルロスに至っては、あのガキを専属で護衛する私兵と化している。

 そして、自分はどうだ。発言権すら奪われ、「少し黙ってろ」と子供に一蹴されたのだ。

 

「……認めねえ。あんなガキの作ったオモチャが、俺の芸術に勝てるわけがねえんだ」

 

 ベンジャミンは部下を突き飛ばすと、作業台の上に置いてあった『青い小瓶』を乱暴に掴み上げた。

 スラム中を熱狂させている、忌まわしいブルー・ドロップ。

 彼は昨日、この小瓶をどうにか手に入れ、自身の持つ最高の機材(といっても、スラムの廃品回収レベルのものだが)で成分を分析しようと試みた。

 

 だが、結果は彼の理解を完全に超えていた。

 

「なんだこの成分は……。エフェドリンの反応はあるが、不純物が……一切ねえ。漂白剤も、バッテリー液も、かさ増しの粉も入ってねえんだ。こんなもの、ただの水じゃねえか!!」

 

 ベンジャミンのスラムレベルの知識と、ポンコツの分析機材では、サイエンの前世の未来知識に基づく『純度九十九・九パーセントの極限精製』という概念そのものが理解できなかったのだ。

 不純物が入っていない=クスリとしての効果が薄い、という決定的な勘違い。

 彼はその事実を都合よく曲解し、自身のプライドを守るための結論へと強引に結びつけた。

 

「間違いない……これはただの水だ。あいつは、ただの水に強力な幻覚剤か何かを混ぜて、一時的に客の脳を錯覚させているだけに違いねえ! こんなインチキ商売、すぐにボロが出るに決まってる!」

 

 ベンジャミンは血走った目で青い小瓶を睨みつけ、そして、ギリリと奥歯を噛み鳴らした。

 

「だが、ボスもリカルドも、あの一時的な売上という『幻』に完全に騙されちまってる。このままじゃ、俺の居場所がなくなる。俺の存在価値が、あのクソガキに完全に奪われちまう……!」

 

 それは、彼にとって死にも等しい恐怖だった。

 この組織で麻薬部門のトップという地位があるからこそ、彼は安全に、そして王様のように振る舞えていたのだ。もしその地位を失えば、自分はただの薄汚いスラムのオッサンに転落する。

 

「……やるしかねえ。あのインチキ商売のメッキが剥がれるのを待つ時間すら、今の俺には惜しい」

 

 ベンジャミンは白衣を脱ぎ捨て、部屋の隅に控えていた一人の男を大声で呼んだ。

 

「おい、ザック! いるか!」

「へい、ベンジャミンさん。お呼びで」

 

 暗がりからヌルリと姿を現したのは、全身に薄汚いタトゥーを刻み、腰に複数のナイフと改造銃をぶら下げた痩せ型の男だった。

 彼は組織の戦闘部門からは弾き出されたはぐれ者だが、金さえ積めばどんな汚い仕事でも請け負う、ベンジャミンお抱えの『掃除屋』だ。

 

「お前と、お前の仲間を数人集めろ。仕事だ」

「へへっ、誰を殺りましょうか。他のシマの売人ですか?」

「違う。……あのクソガキだ。サイエンとかいう、生意気な五歳のガキだ」

 

 ザックは一瞬驚いたように目を瞬かせたが、すぐに下劣な笑みを浮かべた。

 

「おいおい、味方のアジトを襲うってんですか? そりゃあカルロスの旦那が黙っちゃいませんぜ。ウチの戦闘部門を敵に回すのは、流石に割に合わねえ」

「カルロスの部隊は、工場の外周を警備してるだけだ! それに、あいつらもまさか『身内』が襲撃してくるとは思ってねえはずだ。お前らなら、警備の隙を突いてあのガキのラボに忍び込めるだろ!」

 

 ベンジャミンは金庫から取り出した分厚い札束を、ザックの胸に押し付けた。

 彼の全財産の半分近い金額だ。

 

「いいか、ラボの機材をぶっ壊せ。そして、あのガキの首を物理的に刎ね飛ばしてこい。すべては『外部のギャングの襲撃』だったことに偽装しろ。あのガキさえ死ねば、供給はストップする。ボスたちも目を覚まし、再び俺の()()がこのスラムを支配するんだ!」

 

 狂気に満ちたベンジャミンの瞳を見て、ザックは札束の重さを確かめるように手のひらで弄んだ。

 

「……へへっ、いいでしょう。たかが五歳のガキの首を取るだけでこの金額なら、ボロい商売だ。明日の朝には、あの生意気なガキの脳みそがラボの壁の模様に変わってますよ」

 

 ザックは下劣な笑い声を残し、仲間を集めるために暗闇の中へと消えていった。

 

「……フフッ、ハハハハハッ!!」

 

 誰もいなくなった工房で、ベンジャミンは一人、狂ったように高笑いを上げた。

 

 彼には分かっていなかった。

 自分がこれから手を出そうとしている相手が、ただの五歳児などではないということを。

 スラムの常識を凌駕した、文字通りの『化け物』の巣窟に、無知な虫ケラを送り込もうとしているのだということを。

 

 底辺のプライドにしがみついた哀れな男の暴走は、サイエンにとって、自身の権力を絶対的なものにするための()()()()()()()となるだけだということに、彼はまだ気づいていなかった。

 

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