科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後闇堕ちの十九手

 

 

 

 深夜。カルロスの手配した精鋭部隊が外周を警備する、俺の巨大ラボ。

 その裏手にある旧式の搬入口の暗がりで、四つの影が音もなく蠢いていた。

 

「へへっ。ベンジャミンの旦那もビビりすぎだぜ。カルロスの部隊っつっても、裏口の警備はスッカスカじゃねえか」

「静かにしろ、バカ。見張りがちょうど見回りで離れた隙だ。さっさとピッキングして中に入るぞ」

 

 タトゥーまみれの痩せた男、ザックが舌打ちをしながら、錆びついた裏口の電子ロックに特殊なツールを差し込む。

 彼はスラムの裏社会でそれなりに名を馳せている『掃除屋』だ。これまでにいくつものギャングの抗争に雇われ、暗殺や破壊工作を成功させてきたという自負がある。

 

 数分後。カチリ、という音と共に、分厚い裏口の扉がゆっくりと開いた。

 

「よし、開いたぜ。いいかお前ら、ターゲットは五歳のクソガキだ。護衛がいるかもしれないが、中に入っちまえこっちのモンだ。機材に爆薬を仕掛けて、ガキの首を獲ったら一目散にズラかるぞ」

「おう。たかがガキ一匹にあの報酬だ、笑いが止まらねえぜ」

 

 ザックたちは改造されたサブマシンガンやショットガンを構え、足音を殺してラボの内部へと侵入していった。

 

 一方、その頃。

 ラボの中央に設置された、分厚い防弾ガラスと鋼鉄に囲まれたモニター室。

 

「おや。夜更かしのネズミが四匹、わざわざ俺の作った迷路に迷い込んできたみたいだな」

 

 俺はふかふかのキャスター付きチェアに深く腰掛け、部下に淹れさせた適度に甘いコーヒー(という名の、スラムで手に入る合成栄養剤をブレンドしたもの)を啜りながら、機嫌良くモニターを眺めていた。

 

 画面には、赤外線カメラにバッチリと映し出されたザックたちの姿がある。

 彼らは「警備の隙を突いた」つもりだろうが、スラムのゴロツキ程度の潜入ルートなど、前世の未来知識と高度な監視網を持つ俺からすれば、文字通り『丸見え』だ。

 あえて裏口の警備を薄く設定しておき、侵入者を特定の隔離区画へと誘導するよう、建物の構造自体を弄ってあるのである。

 

「せっかくの来客だ。俺が直々に、最高のおもてなしをしてやろう」

 

 俺は手元のコンソールに並んだスイッチの一つを、ポチッと軽快に押し込んだ。

 

 ザックたちが侵入した隔離区画の通路。

 彼らは暗闇の中を、獲物を探す野犬のようにギラギラとした目で進んでいた。

 

「……おい、なんだかここ、静かすぎねえか?」

「ラボっつうからもっと騒がしいかと思ったが、機械の動く音しかしねえな。まあいい、奥の部屋を探すぞ」

 

 ザックがそう言って一歩踏み出そうとした、その時だった。

 

 プシュッ……という微かな音が通路の天井から鳴り、無色無臭のガスが静かに散布された。

 それはただの毒ガスではない。市販の化学薬品を前世の知識で掛け合わせた、【知覚過敏・神経増幅ガス】だ。人体に吸い込まれると、数十秒で全身の痛覚神経が異常に研ぎ澄まされ、そよ風が触れただけでも刃物で切り裂かれたような激痛を感じるようになる、極めて悪趣味な代物である。

 

「ん? なんか今、変な音が……」

 

 部下の一人が不思議そうに呟き、無意識に自分の首筋をポリポリと掻いた。

 直後。

 

「ぎ……ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」

 

 その部下は突如として鼓膜を破るような絶叫を上げ、持っていたショットガンを放り出して床に転げ回った。

 

「痛えっ! 痛ええええっ!! なんだこれ、首が、首を千切られ……ぎゃああっ! 床が、床が痛ええっ!!」

「お、おい! どうしたんだよ急に!」

「バカ、触るな!! 痛い、服が、服が擦れるだけで皮が剥がれるゥゥッ!!」

 

 自分の指で引っ掻いた程度の刺激が、彼の大脳には『熱した鉄の爪で肉を抉られた』という信号に変換されている。

 さらには、床に転がった衝撃、着ている服が肌に擦れる感触すらも、全身をミキサーにかけられているような凄まじい激痛として脳に叩き込まれていた。

 

「な、なんだってんだ……っ! 罠か!? クソッ、お前ら下がれ!!」

 

 ザックが顔を青ざめさせ、残る二人の部下に後退を指示する。

 だが、俺の『おもてなし』はそんな生ぬるいものでは終わらない。

 

「はい、次。足元にご注意ください、と」

 

 俺がモニター室で二つ目のスイッチを押すと、彼らが立っている通路の床材――あらかじめ絶縁体を仕込み、特定のパネルだけを通電するように改造したトラップ――が起動した。

 

 バチィッ!! という青白い火花と共に、およそ一万ボルト(護身用スタンガンと同等の、致死には至らないが確実に神経を焼く電圧)の電流が、逃げようとした二人の部下の足元から全身へと駆け抜けた。

 

「あぼぁッ!?」

「が、がががががッ……!!」

 

 二人は白目を剥き、マリオネットのように不自然な痙攣を数秒間続けた後、口から煙を吐き出してバタンと床に倒れ伏した。完全に意識が飛んでいる。

 

 たった数十秒。

 俺は防弾ガラスの奥から一歩も動かず、指を二回動かしただけで、プロの掃除屋気取りの四人組のうち三人を無力化したのだ。

 モニターの中で、唯一無傷(とはいえ、すでに神経ガスは少し吸い込んでいるはずだ)で残されたザックが、ガタガタと膝を震わせて立ち尽くしている。

 

「あ、ああ……なんだ、これは……っ。相手は五歳のガキじゃなかったのかよ……!」

 

 ザックは銃を構えたまま、見えない敵の恐怖に半狂乱になりながら周囲を睨みつけている。

 そこへ、通路のスピーカーから、俺の変声機を通した無機質な声が響き渡った。

 

『ようこそ、俺のラボへ。深夜の特別見学ツアーは楽しんでいただけたかな?』

「て、てめえがサイエンか!! どこに隠れてやがる、出てきやがれッ!!」

『無駄口を叩いている暇はないぞ。お前が今吸っている空気には、特製の神経ガスが混ざっている。あと一分もすれば、お前の脳みそは自分の心臓の鼓動すら激痛に感じて、ショック死することになる』

「ひっ……!?」

 

 その言葉に、ザックの顔から完全に血の気が引いた。

 事実、彼の指先はすでにピリピリとした異常な痺れを感じ始めており、服の襟が首に当たる感触が、紙やすりで削られているような痛みに変わりつつあった。

 

『助かりたければ、武器を捨ててそこに跪け。俺の質問に素直に答えれば、解毒剤を打ってやらないこともない』

「く、クソッ……クソがあぁぁぁッ!!」

 

 ザックは恐怖と絶望の中で葛藤したが、徐々に増していく全身の痛みに耐えきれず、ガランッと音を立ててサブマシンガンを床に蹴り捨てた。

 そして、無様に両膝を床につき、両手を後頭部で組む。

 

「……ふふっ。実にあっけない。スラムの暗殺者なんて、この程度か」

 

 俺はモニター室で一人、冷たい笑みをこぼした。

 自身の武力を誇示するために直接手を下す必要などない。圧倒的な科学力と完璧なシステムさえ構築できれば、どんなに凶悪な暴力も、俺の掌の上で滑稽に踊るだけのモルモットに成り下がるのだ。

 

「さて、それじゃあ……どこの馬鹿がこの哀れなネズミたちを送り込んできたのか、ゆっくりと()()してもらうとしようか」

 

 もちろん、答えなど聞くまでもなく分かっている。

 俺の存在を疎ましく思い、短絡的な暴力で排除しようとする、底辺のプライドにしがみついたあの男しかいない。

 

 これは、あの無能な麻薬部門トップ・ベンジャミンを完全に組織から排除し、俺がすべてを掌握するための、最高に完璧で合法的な『大義名分』の始まりだった。

 

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