科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後闇堕ちの二十二手 別から

 

 

 

 

 スラムの東区画、ベンジャミンの息がかかった裏市の路地裏は、文字通りの『地獄』と化していた。

 

「ぎゃあああっ! 腹が、腹が千切れるゥゥッ!」

「おぇぇぇぇっ! ぐ、げはっ! 痛えっ、死ぬ、死ぬぅぅッ!」

 

 あちこちの道端で、ジャンキーたちがのたうち回り、血混じりの胃液や汚物を撒き散らして絶叫している。

 彼らはベンジャミンの工場から出荷された『新作』を口にした者たちだ。いつもの粗悪なクスリだと思って摂取した瞬間、強烈な吐き気と、自分自身の内臓が腐り落ちていくような錯覚に襲われ、完全に狂乱状態に陥っていた。

 

 さらに最悪なのは、彼らの毛穴から分泌される凄まじい『悪臭』だった。

 

「クソッ! 近寄るなこの生ゴミども! 俺にその汚えゲロを飛ばすんじゃねえッ!!」

 

 取立て管理部門のトップであるゴンザレスは、口元を分厚いタオルで覆いながら、愛用の金属(きんぞく)バットを振り回して暴徒と化したジャンキーたちを威嚇していた。

 普段ならみかじめ料を回収して回る時間だが、今日ばかりはそれどころではない。ベンジャミンのクスリを買って死にかけている客たちが、「金返せ」「毒を売りやがって」と売人を襲い、東区画全体が暴動寸前のパニックに陥っているのだ。

 

「あのベンジャミンの野郎……一体何を市場に流しやがったんだ! この世の終わりの臭いがしやがる!」

 

 ゴンザレスは泣きそうになりながら暴徒を払い除け、這々の体で東区画から逃げ出した。

 

 一時間後。

 スラム中央のクラブハウス、その最上階にあるカルロスの執務室。

 

「……というわけで、東区画は完全に機能停止です。ベンジャミンの売人は全員ジャンキーどもに半殺しにされ、クスリの流通は完全にストップしました」

 

 ゴンザレスはソファに深く沈み込みながら、疲労困憊といった様子で報告を終えた。

 シャワーを浴びて着替えてきたというのに、まだ鼻の奥にあの強烈な大便と胃液の入り混じった臭いがこびりついているような気がする。

 

「ご苦労だったな、狂犬。まあ、無理もない。ベンジャミンのタンクの中身が、丸ごと『汚物』に変わっちまったんだからな」

 

 対するカルロスは、高級なウイスキーのグラスを傾けながら、極めて上機嫌に笑っていた。

 彼の義眼が、窓の外の薄汚れたスラムの景色を愉快そうに見下ろしている。

 

「……カルロスさん、知ってたんですか? あれ、ただの失敗作なんかじゃないですよね。どう考えても……」

「ああ。間違いなく、あのガキンチョ……サイエンの仕業だ」

 

 カルロスがさらりと肯定すると、ゴンザレスの背筋にゾクリと冷たいものが走った。

 

「ば、馬鹿な! あいつは一日中、カルロスさんの部隊に守られたラボから一歩も出ていないはずだ! それに、ベンジャミンの工場を襲撃したような痕跡もなかった。どうやってあんな真似を……っ」

「そこが、あのバケモノの恐ろしいところさ」

 

 カルロスは葉巻に火をつけ、紫煙をゆっくりと吐き出した。

 

「ウチのレオンから報告が上がってきてな。昨夜、ベンジャミンの雇った素人の暗殺部隊が、あのガキのラボに侵入したらしい」

「なっ!? 身内を外注で襲わせたってのか!? 完全に御法度じゃねえか!」

「そうだ。本来なら、俺の部隊がその時点で報復に動いてもおかしくない。だが、サイエンはそれを止めた。代わりに、捕らえた暗殺者の一人に『洗脳と遅効性の毒』を仕込み、生きた時限爆弾としてベンジャミンの工場に帰したんだとよ。……その後の結果は、お前の見てきた通りだ」

 

 ゴンザレスは絶句した。

 言葉も出なかった。

 

 弾丸を一発も撃たず、自分は安全なラボの椅子に座ったまま、敵の放った刺客を『最悪のサボタージュ要員』に作り変えて送り返す。

 ベンジャミンの組織的信用も、市場価値も、すべてを指先一つで完全に破壊してみせたのだ。

 

「正直な話……五歳のガキが、なんであんな異常な化学の知識や技術を持ってるのか、俺にも全く見当がつかねえ」

 

 カルロスはふと窓の外を見やり、義眼を細めて独り言のように呟いた。

 

「だがな……俺たちに莫大な利益をもたらし、邪魔な敵を効率よく掃除できるなら、理屈なんてどうでもいいんだよ。結果が全てだ。極上の手駒として使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺はあのガキの頭脳に、全力で乗っかることに決めた」

 

 カルロスの迷いのない言葉に、ゴンザレスは自身のスラムで生きてきた十数年の常識が音を立てて崩れ去っていくのを感じた。

 

「あのガキ……いや、あの化け物。本気で怒らせたら、俺たちなんて一瞬で……」

「ようやく理解したか、狂犬。俺たちが普段振り回している暴力なんてものは、あの理不尽な科学力の前じゃただの児戯に等しい。……あのガキンチョを敵に回した時点で、ベンジャミンの負けは確定していたんだよ」

 

 カルロスはグラスのウイスキーを一気に飲み干し、残虐な笑みを浮かべた。

 

「カルロスさん……これから、どうするんです?」

「決まってるだろう。俺たちは、高見の見物と行こうぜ。……ベンジャミンはもう完全に後がない。商品もなくなり、信用も失い、このままじゃ幹部会で粛清されるのを待つだけだ。そうなった時、プライドだけが高い()()()()は、どう動くと思う?」

 

 カルロスの問いに、ゴンザレスはハッとして顔を上げた。

 

「……ヤケクソになって、最後の武力でラボを直接襲撃する……?」

「その通りだ。そして、身内の最大の利益源(ラボ)を武力で破壊しようとした瞬間、奴は組織に対する『完全な反逆者』となる。……サイエンは、ベンジャミンを合法的に、かつ大義名分を持って完全に皆殺しにするために、わざとあいつをそこまで追い詰めたんだよ」

 

 相手を殺すのではない。相手に『殺される理由』を自ら作らせるのだ。

 五歳の子供の姿をした悪魔が、巨大なクモの巣の中心で、哀れな獲物がもがきながら自らの首を絞めていくのを冷笑しながら眺めている。

 

「さあ、間もなく最後のショーの開演だ。俺の部隊には、特等席を用意してもらってあるんでね」

 

 スラムの生態系は、完全に変わってしまった。

 狂犬と呼ばれたゴンザレスは、ただその事実に震えながら、間もなく訪れるであろう麻薬部門トップの無惨な終路を待つことしかできなかった。

 

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