科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後闇堕ちの二十四手

 

 

 

 

 巨大な()()()()()()()()()()()()()に飲み込まれ、身動きが取れなくなったプロの傭兵(ようへい)部隊。

 彼らが誇る最新のアサルトライフルも、強固なボディアーマーも、分厚い泡の塊に固定されてしまえばただの重りでしかない。

 

「さあ、おとなしくしな。プロサマの立派な装備、俺たちが有効活用してやるからよ!」

「クソッ……! スラムのチンピラ風情が、舐めるなァッ!」

 

 レオンの部下たちが嬉々として武装を解除しにかかった、その時だった。

 

 傭兵のリーダーが、泡に埋もれた右腕の装甲から、隠し持っていた極小のサーマルカッターを起動させた。

 ジジジッ! という高熱で泡の一部を強引に焼き切り、右腕だけを自由にする。そして、ブーツの裏に仕込んでいた小型のバックアップガンを引き抜き、不用意に近づいてきたレオンの部下の一人を素早く羽交い締めにし、こめかみに銃口を突きつけた。

 

「動くなッ! 少しでも妙な真似をしたら、こいつの頭を吹き飛ばすぞ!」

 

 突然の人質劇に、レオンの部隊に緊張が走る。

 構えていたおもちゃのようなランチャーを下ろし、レオンがギリッと奥歯を噛み鳴らした。

 

「おいおい……プロの傭兵サマが、人質盾にして逃げようたぁ随分とダセェ真似をしてくれんじゃねえか!」

「黙れ! 生き残るのがプロだ! ……おい、モニター室に隠れてるクソガキ! 聞こえてるんだろう! この泡を溶かす薬を出せ! それから入り口のシャッターを開けろ!」

 

 リーダーは血走った目で監視カメラを睨みつけ、怒号を飛ばした。

 だが、モニター室のスピーカーから返ってきたのは、焦りも何もない、極めて退屈そうな俺の溜め息だった。

 

『やれやれ。プロフェッショナルなら、戦力差を理解した時点で大人しく降伏すればいいのに。無駄な足掻きは、自身の価値をさらに下げるだけだぞ』

「知った口を利くな! 三秒数える間にシャッターを開けろ! スリー、ツー……」

 

 リーダーが人質の頭に銃を押し付けた瞬間。

 

『君が隠し武器で拘束を解く確率はおよそ三パーセントと見積もっていたが……まあ、想定の範囲内だ。レオン、人質ごとそいつから少し離れろ』

「えっ? あ、おおッ!」

 

 俺の冷徹な指示に従い、レオンたちがサッと数歩後ろに下がる。

 直後、リーダーの真上にある換気口から、プシュッという微かな音と共に、無色透明なガスがピンポイントで噴射された。

 

「……ッ!? 毒ガスか!」

 

 リーダーは咄嗟に息を止めたが、俺はモニター室でクスクスと笑い声を漏らした。

 

『息を止めても無駄だよ。それは呼吸器からじゃなく、皮膚と眼球の粘膜から直接浸透するように調整した、特製の【平衡感覚破壊ガス】だ』

「な……あ……?」

 

 数秒後。リーダーの視界が、ぐにゃりと歪んだ。

 天地が逆転し、世界が高速のミキサーにかけられたようにグルグルと回転し始める。

 

「お、おぇぇぇぇっ!? な、なんだこれ、地面が、空が……ッ!!」

 

 彼の三半規管(さんはんきかん)は完全に狂わされ、『自分は今、空に向かって真っ逆さまに落ちている』という強烈な錯覚と目眩に襲われたのだ。

 立っていることなど到底不可能だ。リーダーは人質を突き飛ばし、自ら床に転げ回って激しく嘔吐を始めた。手から滑り落ちた小型拳銃が、カランと虚しい音を立てる。

 

「うげぇっ……ごほっ! ま、回る、世界が回るゥゥッ……!」

 

 床に爪を立ててしがみつき、見えない遠心力に悲鳴を上げるプロの傭兵。

 ……が、そのすぐ横で。

 

「お、おえぇぇ……。れ、レオン隊長ぉ……なんだか床が、ブレイクダンスを踊ってるんスけどぉ……」

「おいバカ! お前も巻き添え食らってんじゃねえか!!」

 

 傭兵に密着されていた人質の部下も、至近距離でガスを浴びてしまい、完全に目が回って床をのたうち回っていた。

 防毒マスクはつけていたが、皮膚から浸透するガスには耐えられなかったらしい。

 

『ああ、すまないね。局地的に噴射したとはいえ、距離的に巻き込まれるのは物理法則上避けられなかったんだ』

「サイエンの坊主! 謝ってる場合じゃねえ! ウチの若いのがゲロまみれになっちまう!」

『落ち着けよ、レオン。大事な俺の()()を、使い捨てにするような真似はしない。お前の右側にある柱のパネルを開けてみろ。赤い注射器が入っているはずだ』

 

 俺の言葉に従い、レオンが慌ててパネルを開けると、そこにはあらかじめセットされていた自動注射器が一本収まっていた。

 

『ただの拮抗薬だ。そいつの太ももにでも打ってやれ。十秒で視界の回転は止まる』

「お、おう! おい、ちょっとチクッとするぞ!」

「あいたぁッ!?」

 

 レオンが部下の太ももに容赦なく注射器を突き立てる。

 数秒後、白目を剥いていた部下はハッとして瞬きをし、「あ、あれ……? 止まった……」とフラフラしながらも立ち上がった。

 

『ほらね。俺はちゃんと従業員の労災にも配慮するホワイトな雇い主だろう?』

「……アンタの基準だと、ゲロ吐く寸前まで振り回されるのが労災の範囲内なのかよ」

 

 レオンが呆れたようにため息をつくが、その顔にはどこか「こいつは味方を見捨てはしない」という安堵の色が浮かんでいた。

 さて、身内のケアはこれくらいにして、本題に入ろう。

 

『レオン、そのゲロまみれのリーダーの懐を探ってくれ。嘔吐物には気をつけてな』

「りょ、了解ッス……。おい、そいつのポケット調べろ」

 

 すっかり回復した部下が、仕返しとばかりに乱暴にリーダーのタクティカルベストを探り、頑丈なデータ端末(PDA)を見つけ出した。

 

「サイエンの坊主、これか?」

『ああ、それだ。プロの傭兵なら、依頼主との契約内容や通信ログ、前金の振込履歴なんかを必ずデータとして残しているはずだ。依頼主が裏切った時の『保険』としてね』

 

 俺は端末をモニター室に持ち込ませ、有線ケーブルを繋いで自身のパソコンからハッキングを仕掛けた。

 軍用とはいえ、市販の暗号化ソフト程度のセキュリティだ。前世の未来知識に基づく解除コードを打ち込めば、わずか数十秒でロックは解除された。

 

「……ビンゴだ」

 

 画面に映し出されたのは、ベンジャミンの音声データと、ギャングの裏口座から傭兵部隊のダミー会社へ振り込まれた『十万ペソ』の送金履歴だった。

 

「ベンジャミンが組織の金を使って外部の武力を雇い、身内の最大利益源である俺のラボを破壊しようとした。……誰がどう見ても、完璧な『反逆の証拠』だ」

 

 俺は画面に表示された確定的な証拠を見つめ、極上の笑みを浮かべた。

 これで、すべてのピースは揃った。

 

「さて、傭兵部隊の諸君。君たちは運がいい。俺の新しい化学兵器のデータ取りに貢献してくれたから、命だけは助けてやろう。……レオン、彼らの武装を剥ぎ取ったら、スラムの外れにでも転がしておいてくれ」

「へいへい。完全に心折れてるプロサマたちを運ぶのは、骨が折れそうッスね」

 

 レオンが部下たちに指示を出して撤収作業を始める中、俺は手元の無線機を手に取った。

 通信先は、スラム中央のクラブハウスで高見の見物を決めている、戦闘部門トップのカルロスだ。

 

『……よう、サイエン。そっちのネズミ駆除は終わったか?』

「ああ、完璧にね。被害ゼロで、プロの最新装備というおまけ付きで制圧完了したよ。……それから、カルロスさん。極上の『お土産』が手に入った」

『ほう?』

「ベンジャミンが組織を裏切った、動かぬ証拠だ。これがあれば、誰に気兼ねすることもなく、彼を合法的にスクラップにできる」

 

 無線の向こうで、カルロスが愉快そうに喉を鳴らす音が聞こえた。

 

『クックック……素晴らしい。やっぱりお前に乗っかって大正解だったぜ。……すぐに緊急の幹部会を招集する。ボスの前で、その証拠を堂々と突きつけてやろうじゃねえか』

「了解。俺もそっちに向かうよ」

 

 俺は無線を切り、白衣のシワを軽く伸ばした。

 

 自身の手を一切汚さず、安全圏から理不尽な科学力で敵の戦力をすり潰す。

 そして、手に入れた証拠を使い、組織のルールに則って敵を完全に社会抹殺する。

 

「さあ、無知で哀れな猿を、絶望の底に突き落としてやろう」

 

 明日の幹部会は、このスラムの勢力図が完全に俺の色に塗り替わる、最高に愉快なショーになるはずだ。

 

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