科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後闇堕ちの二十五手

 

 

 

 スラム中央のクラブハウス、最上階のVIPルーム。

 緊急招集された幹部会の空気は、これまでにないほどに重く、そして冷え切っていた。

 

 円卓に座っているのは、ボス・ガルシアをはじめとする組織の最高幹部たち。

 アンダーボスのリカルド、戦闘部門のカルロス、交渉部門のエドガー、物流部門のダニー。……唯一、麻薬部門トップのベンジャミンだけが、この場に姿を見せていない。

 エドガーによれば、「工場の機材トラブルと暴動の対応に追われていて、とても幹部会に出られる状態ではない」と泣きついてきたそうだ。あの凄まじい悪臭の中でゲロまみれになっている彼の姿を想像すると、少しだけ笑いが込み上げてくる。

 

「……で? 緊急の用件ってのはなんだ、カルロス」

「俺じゃありませんよ、ボス。今回の報告の主役は、こちらの特別顧問です」

 

 ガルシアが苛立たしげに葉巻をふかすと、カルロスはニヤリと笑って隣に立つ俺へと視線を向けた。

 

 俺は白衣のポケットから、先ほど傭兵のリーダーから巻き上げた頑丈なデータ端末(PDA)を取り出し、テーブルの中央にコトリと置いた。

 

「単刀直入に言おう。今朝未明、俺の巨大ラボが何者かの襲撃を受けた」

「なんだと!?」

 

 ガルシアがバンッ! とテーブルを叩いて立ち上がった。

 アンダーボスのリカルドも、顔を真っ青にして胃薬の瓶を落としそうになっている。無理もない。今やあのラボは、この組織に天文学的な利益をもたらす心臓部なのだ。

 

「被害は!? 機材は無事なのか、サイエン!?」

「落ち着いてくれ、リカルドさん。カルロスさんの優秀な警備部隊のおかげで、機材の被害はゼロだ。襲撃者も無傷で制圧し、全員捕らえてある」

「そ、そうか……良かった……。で、どこの組織の差し金だ? 最近ウチのシマの周りでうろついてる、西の連中か?」

 

 安堵して胸を撫で下ろすリカルドに対し、俺は端末を操作して一つの音声ファイルを再生した。

 

『……これで全部だ。ウチの組織の裏帳簿から引っ張り出してきた、正真正銘の全財産だぞ』

『確認した。確かに受け取ったぜ、麻薬部門のトップさんよ』

『頼むぞ……! あのラボの機材を完全にぶっ壊して、ガキの首を獲ってこい!』

 

 静まり返るVIPルームに、ベンジャミンの血走った肉声がハッキリと響き渡った。

 

「な……」

 

 幹部たちの表情が、一瞬で凍りついた。

 俺はさらに画面を切り替え、傭兵のダミー会社へと送金された『十万ペソ』の取引履歴をプロジェクターで壁に投影した。

 

「襲撃者はスラム外のプロの傭兵(ようへい)部隊だった。そして彼らを雇い、俺の首とラボの破壊を依頼したのは……他でもない、身内であるベンジャミンだ」

「あ、あの野郎……っ! 自分の市場が奪われたからって、外注のプロを雇ってウチの最大の利益源を潰そうとしたってのか!?」

 

 エドガーが信じられないといった顔で叫んだ。

 

 ギャングの世界において、身内への攻撃は重罪だ。

 だが、それ以上に重い()()()()()()がある。それは「ボスの利益と所有物を、ボスの許可なく勝手に破壊しようとすること」だ。

 

「……ベンジャミンの、野郎……ッ!!」

 

 ガルシアの全身から、文字通り殺気が立ち上った。

 彼の首筋には極太の青筋が浮かび上がり、握りしめた拳はワナワナと震えている。スラムの王としての強烈なプライドと、自身の金庫を燃やされかけたことへの激怒が限界を突破していた。

 

「許さん……絶対に許さんぞ!! 俺のシマで、俺の財産に手を出した挙句、外部のネズミを招き入れるなど……完全な反逆罪(はんぎゃくざい)だ!!」

「その通りです、ボス。奴は組織全体の利益よりも、自身のちっぽけなプライドを優先した。もはや無能な働き蜂ですらなく、ただの害虫だ」

 

 俺は怒り狂うガルシアの横で、極めて冷静に、事実だけを淡々と並べ立てた。

 

「ベンジャミンの工場は現在、原因不明の悪臭騒ぎで完全に機能停止している。彼の抱えていた売人たちも暴動で散り散りになり、麻薬部門の組織力は瓦解寸前だ。……彼を生かしておくメリットは、もはや一ミリも存在しない」

 

 俺のロジックに、反対する者は誰一人いなかった。

 金庫番のリカルドでさえ、「あのクソアマチュア……自分の立場を弁えねえからだ」と吐き捨てるように呟いている。

 

「……カルロス。お前の部隊を全極動員しろ。今すぐあの裏切り者の工場を包囲して、ベンジャミンを俺の前に引きずり出せ。生きたまま皮を剥いで、スラムの犬の餌にしてやる」

 

 ガルシアが地を這うような低い声で処刑の命令を下した。

 

 だが、俺はそこでスッと手を挙げた。

 

「待ってくれ、ボス。その役目、俺に任せてもらえないかな」

「あ……? サイエン、お前が自ら行くってのか?」

「ああ。ベンジャミンは俺の命を狙った。なら、俺自身の手でケリをつけるのがスラムの流儀ってもんだろう? それに……彼の工場には、まだ使える機材や薬品が残っているかもしれない。武力で派手にドンパチやって資産を丸ごと燃やしてしまうのは、あまりにも非合理的だ」

 

 俺がもっともらしい理由をつけると、カルロスが面白そうに片目を細めて援護射撃をしてくれた。

 

「俺からもお願いだ、ボス。このガキンチョの……いや、特別顧問の怒りは相当なモンだ。俺の部隊は外周の封鎖に回すから、中への突入と掃除はこいつにやらせてやってくれ」

「……いいだろう。好きにしろ。ただし、必ず奴の息の根を止めろ。俺の組織に反逆した者の末路を、スラム中の底辺どもに刻み込んでやれ」

 

 ガルシアは忌々しげに吐き捨て、正式な『処刑の許可』を下した。

 

 完璧だ。

 これで俺は、組織のトップから()()()()を得たことになる。身内殺しのペナルティを受けるどころか、組織の害虫を駆除する功労者として、堂々とベンジャミンのすべてを奪うことができるのだ。

 

「感謝するよ、ボス。……完璧な仕事を約束しよう」

 

 俺は深く頭を下げ、カルロスと共にVIPルームを後にした。

 

 廊下に出た瞬間、カルロスがこらえきれないといった様子で腹を抱えて笑い始めた。

 

「クックック……! ハハハハハッ!! 見事なもんだぜ、サイエン! あいつを徹底的に追い詰めて自爆させ、その証拠を使ってボスから大義名分を引き出す。てめえは本物の悪魔だ!」

「俺はただ、合理的なプロセスを踏んだだけさ。これで麻薬部門は完全に空席になる。……カルロスさん、部隊の展開を頼む。明日の朝までに、あの悪臭漂うゴミ溜めを更地にするぞ」

 

 俺の言葉に、カルロスは残虐な笑みを浮かべて頷いた。

 

 盤面は完全に制圧した。

 あとは、チェックメイトの駒を進めるだけだ。俺は白衣のポケットの中で、次なる『理不尽な化学兵器』のレシピを思い浮かべながら、足取り軽くアジトへの帰路についた。

 

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