科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後闇堕ちの二十八手

 

 

 

 幹部会が終わり、ボスのガルシアや金庫番のリカルドたちが重い足取りで部屋を出て行った後。

 スラム中央のクラブハウス、その最上階にあるVIPルームには、俺と戦闘部門トップのカルロスだけが残されていた。

 

「……まったく、大した坊主だぜ。これで麻薬部門は完全に俺たちのシマだな」

「通過点に過ぎないよ、カルロスさん。あの青い小瓶はあくまで、次の研究のための莫大な資金と実験場を手に入れるためのツールだ」

 

 俺は部下が持ってきた特製栄養剤をチューチューと吸いながら、冷徹に次のビジョンを語り始めた。

 麻薬工場のラインはすでに完全に自動化され、俺がいなくてもスラムの金と人間を吸い上げ続ける永久機関と化している。

 

「これからは、もっと面白いビジネスを始めるよ。……次は『人間の性能そのもの』を商品にする」

「人間の性能、だと?」

「ああ。前時代的なクスリで脳をハックして快楽を与えるだけの段階は終わった。これからは肉体の構造を根本から書き換え、筋力を増強し、神経伝達を最適化する。生体兵器の基礎研究と、機械工学による埋め込み型補助装置(サイバーウェア)の開発だ」

 

 俺の言葉に、カルロスの唯一残った目がギラリと妖しい光を帯びた。

 暴力の限界を知っている彼だからこそ、俺の言わんとしている『人間そのものの兵器化』という概念の恐ろしさと価値を瞬時に理解したのだろう。

 

「……最高にイカれた遊びだ。だが、そのモルモットはどうする? ベンジャミンのように、また敵対する馬鹿を捕まえて使うのか?」

「もちろん。スラムには借金で売られた人間や、薬で壊れたジャンキーがいくらでも転がっている。実験用の生体資源には困らない。……でも、一つだけ約束しておこうと思ってね」

 

 俺は空になった栄養剤のパックをテーブルに置き、カルロスの顔を真っ直ぐに見上げた。

 

「安心しろ、カルロスさん。俺は、お前の部下を雑に壊すような真似はしない。彼らを危険な初期試験のモルモットにすることはないよ」

「……ほう?」

「暴走率の高いプロトタイプや、致死率の高い埋め込み手術は外部のゴミを使う。……お前の部下たちに使わせるのは、安全性が十分に担保され、運用マニュアルと対処薬まで完璧に揃った『完成品』だけだ」

 

 俺は合理的かつ冷酷なサイコパスだが、義理を忘れたわけではない。

 何より、俺の才能を最初に見抜き、この最高の環境を与えてくれた恩人の優秀な手足を、未完成のガラクタで使い潰してしまうのは極めて非合理的でセンスがない。

 

「俺のラボを守るレオンたちには、常に安全で最高水準の装備を回す。彼らが壊れれば、カルロスさんがうるさそうだからね」

「……クックック。ハハハハハッ!!」

 

 俺の言葉を聞いたカルロスは、腹を抱えて大笑いした。

 

「そいつはありがたい! ウチの部隊は、特別に安全保証付きのVIP待遇ってわけか! お前みたいに底知れねえ化け物が、身内にだけは甘いってのはなんとも気味が悪くて最高に笑えるぜ!」

「甘いわけじゃない。投資に対する正当な対価と、合理的なリソース管理だよ」

 

 笑い転げるカルロスを背に、俺はVIPルームを後にした。

 カルロスの部下だけは明確に扱いを変える。これは感情論ではなく、彼らを最強の自動防衛システムとして維持し続けるための、極めて冷徹な計算だった。

 

 一時間後。

 自身の巨大ラボに戻ってきた俺を、警備部隊長のレオンがいつものように出迎えた。

 

「お疲れッス、サイエンの坊主。幹部会はどうでした?」

「大成功だ。今日からこのラボは、麻薬工場からさらにワンランク上の『生体資源管理区』へとアップグレードする」

 

 俺がそう告げると、レオンは少しだけ顔を引きつらせた。

 

「せ、生体資源って……また、あのベンジャミンみたいなバケモノを作る気ッスか? 俺たち、そんなヤバい実験の相手までさせられるのはちょっと……」

「レオン、勘違いしないでくれ。お前たちレオン隊の任務は、あくまで『外周の警備』だけだ。危険な被検体区画には立ち入らせないし、お前たちの身体を無断で改造するようなこともしない」

 

 俺は不安そうなレオンの太ももをポンと叩き、ニッコリと笑った。

 

「お前たちは俺の()()()()()()だ。お前たちに渡すのは、安全が確認された便利なオモチャだけだよ」

「……坊主……」

 

 その言葉に、レオンの表情から恐怖がスッと消え、代わりに深い安堵と、強烈な忠誠心が宿るのが分かった。

 自分たちはただの使い捨てのモルモットではなく、この悪魔から明確に特別扱いを受けている。その優越感と安心感は、どんな高額な報酬よりも彼らの心を強固に縛り付けるのだ。

 

「さあ、始めようか。薬に溺れて壊れた連中や、借金で首が回らなくなった連中を掻き集めろ。人類の限界を突破する、楽しい解剖と進化の時間の始まりだ」

 

 俺の号令と共に、巨大ラボの奥深くで、血みどろの未来技術が産声を上げようとしていた。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 俺はスラムのゴミ山で、金になりそうな廃品や古着を拾って日銭を稼ぐ、ただの取るに足らないクズだ。

 最近、この街の空気が劇的に変わった。以前のような、どこから飛んでくるか分からない鉛玉に怯える無秩序な暴力は、目に見えて減っている。

 

 縄張りは整理され、食料や日雇いの仕事、そしてクスリの流れさえも、一つの巨大な組織によって完全に管理されるようになった。

 表向きは施しと秩序を与える集団に見えなくもないが、スラムの連中は畏怖を込めて奴らを『聖なる手(ラ・サグラダ・マノ)』、あるいは単に『青の手(あおのて)』と呼んでいる。

 

「……また出たのかよ。あそこの親父、借金で首が回らなくなったって噂だったが」

 

 俺は路地裏の影に身を潜めながら、隣のオンボロアパートから大柄な男たちが住人を引きずり出していくのを眺めていた。

 あの青い小瓶――『ブルー・ドロップ』に触れた家は、例外なく終わる。圧倒的な快楽に脳を焼かれ、全財産を貢ぎ、最後は借金を背負って翌日には跡形もなく消え去るのだ。

 

 街の秩序の中心には、あの青いクスリと、厳重に警備された『巨大ラボ』がある。

 病に倒れた者や、クスリで完全に壊れたジャンキーが運ばれる先は、もう病院でも死体置き場でもない。すべてあのラボへと吸い込まれていくという不気味な噂が絶えなかった。

 

「おい、早くトラックに乗せろ。今日のノルマに遅れるぞ」

「へいへい。しかし、レオン隊の連中は相変わらず羽振りがいいな。俺たち回収班とは大違いだぜ」

 

 男たちがタバコを吹かしながら愚痴をこぼしている。

 確かに、この組織の中でも、武闘派であるカルロスの部下――特にラボの警備を担当している連中だけは、明らかに別格の扱いを受けていた。

 

 スラムのギャングなんてものは、普通は上の盾にされて使い捨てられるのがオチだ。

 だが、あの警備部隊だけは違う。聞いた話によれば、ラボを取り仕切っている正体不明の『坊主』は、カルロスの犬たちには妙に手厚いらしい。

 危険な毒ガスや罠を使う前には必ず完璧な解毒剤が配られ、最新の防護装備が惜しみなく支給される。彼らはモルモットではなく、明確に『守る側』として優遇されているのだ。

 

「……クソッ。俺もカルロスの旦那の部隊に入りたかったぜ」

 

 男がタバコの吸い殻を路地に吐き捨て、大型トラックの荷台の扉を乱暴に閉めた。

 その隙間からチラリと見えた光景に、俺は思わず息を呑んだ。

 

 荷台の中には、クスリで完全に焦点の合わなくなった者、抗争で傷ついて使い物にならなくなった者、借金で売られた者たちが、まるで出荷を待つ家畜のようにギウギウに詰め込まれていた。

 彼らの目は虚ろで、自分がこれからどこへ連れて行かれるのかすら理解していないようだった。

 

「ラボ行きだ」

 

 暗がりの中で、誰かがポツリと呟くのが聞こえた。

 大型トラックが重々しいエンジン音を響かせ、スラムの舗装されていない悪路を走り出していく。

 

 俺はゴミ袋を抱え直しながら、トラックが向かっていく先――スラムの中心にそびえ立つ、巨大な廃倉庫を見上げた。

 夜の闇の中で、ラボの屋上に設置された青白い照明が、まるで獲物を狙う巨大な単眼のように不気味に光り輝いている。

 

 この街はもう、ただのギャングの縄張りなんかじゃない。

 目に見えない理不尽な力がすべてを管理し、人間をすり潰して何か得体の知れないモノを作り出す、誰かの()()()()()()に成り果ててしまったんだ。

 

 俺はブルッと背筋を震わせると、青い光から逃げるように、さらに深い路地裏の暗闇へと足早に消えていった。

 

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