科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後闇堕ちの三十手

 

 

 

 巨大ラボの最深部に新設された『レベル4・隔離実験室』。

 そこは、たかが防弾ガラス一枚で仕切られたようなチャチな空間ではない。

 

 壁は軍の核シェルターにも使われる厚さ数十センチの鉛と鉄筋コンクリート。空調は内部の空気が絶対に外へ漏れない完全独立の陰圧制御が敷かれ、天井には超高温の焼却ガスと強酸の散布ノズルが隙間なく並んでいる。

 こちらの観察室と実験室を隔てているのは、五十センチの厚みを持つ『ポリカーボネートと特殊チタン合金の多層複合防護壁』だ。戦車の主砲を至近距離で食らっても貫通しない。

 

 いくら倫理観の欠如したマッドサイエンティストだろうと、自身の命を運任せにするような慢心は持ち合わせていない。理不尽な実験は、絶対的な安全圏から眺めてこそ意味があるのだ。

 

 その隔離実験室の中央。チタン合金製の分厚い拘束台に、先ほど『Aランク』に振り分けられたばかりの筋肉質な男が縛り付けられていた。

 

「た、頼む……助けてくれ……! なんでも言うこと聞く、金ならいくらでも……っ!」

 

 ベンジャミン派の残党だったその男は、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら命乞いを続けている。

 だが、防護壁の向こう側の安全な観察室から、特注の小さな白衣のポケットに手を突っ込んだまま、彼の言葉を完全に無視して手元のタブレットを操作した。

 

「ベンジャミン先生の時のデータから、ウイルスの塩基配列を少し弄ってみた。肉体を完全に異形のバケモノへと変異させるのはコストパフォーマンスが悪いからね。今回はもっと実用的に、『筋繊維の極限増強』『痛覚の完全遮断』そして『闘争本能の強制刺激』の三点に絞ってアプローチしてみよう」

 

 タブレットの実行ボタンをタップすると、拘束台の頭上から自動制御の機械アームが降下してくる。

 シリンダーの中に満たされているのは、極彩色の毒々しい紫色の液体だ。

 

「これより、【FTウイルス・αタイプ】の臨床試験を開始する。……さあ、人類の限界を超えてみせてくれ」

 

 プシュッ! という無機質な空気圧の音と共に、太く長い注射針が男の頸動脈に突き刺さり、紫色の液体が全量、直接血流へと送り込まれた。

 

「ア……ガ、ァ……ッ!?」

 

 直後、男の身体がビクンッと大きく跳ねた。

 首筋から、まるで黒いタトゥーのように、ドス黒い血管が全身へと網の目のように広がっていく。

 

「ぎ、ぎゃああああああああああッ!! 熱いッ! 血が、血が沸騰するゥゥッ!!」

 

 男は絶叫し、拘束具を引きちぎらんばかりに暴れ狂った。

 ウイルスの侵入により、細胞は強制的に代謝を暴走させられ、猛烈な速度で細胞分裂と破壊を繰り返している。ミシミシと不気味な音を立てて筋肉が膨張し、皮膚が限界まで引き伸ばされて裂け、赤黒い筋繊維が剥き出しになっていく。

 

 だが、その痛みに耐えかねた絶叫は、わずか十数秒で唐突に終わった。

 

「オ……ォォ、ガ、ァァァァァァァッ!!」

 

 代わりに響き渡ったのは、人間の声帯から発せられているとは思えない、獣のようなくぐもった咆哮だった。

 言葉の欠片もない。大脳新皮質が完全に破壊され、言語野も理性のタガもすべて溶け落ちたのだ。ただただ破壊と殺戮だけを求める、純粋な闘争本能の塊。

 

「よし。痛覚を司る神経網の破壊、および脳内麻薬の異常分泌を確認。……大脳は今、自身の肉体が千切れる痛みすらも最高潮の快楽と興奮として処理しているはずだ」

 

 冷静にデータを読み上げていると、実験室の中で信じられない光景が起きた。

 

 ガガァンッ!! という金属の破断音。

 なんと、異常に肥大化した腕が、分厚いチタン合金の拘束具を力任せに引きちぎったのだ。

 

「ゴァ、ルゥゥゥゥッ……!!」

 

 完全に白目を剥き、口から赤黒い涎を垂らした元人間が、拘束台から起き上がる。

 その体格は元のサイズの約一・五倍。異常に隆起した血管からは、体温が沸騰しているかのような尋常ではない熱気が陽炎となって立ち上っている。

 

 怪物は、カメラのレンズ越しにこちらと目が合うと、ドスンドスンと重い足取りで観察室の防護壁へと突進してきた。

 

 ズドォォォォォォンッ!!!

 

 厚さ五十センチの複合防護壁に、怪物の丸太のような拳が叩き込まれる。

 凄まじい衝撃音がラボ全体を揺らし、なんと一番外側のポリカーボネート層に、ビキッ、と微かな亀裂が走った。対戦車ライフルですら傷一つつかない壁に、ヒビを入れたのだ。

 

「素晴らしい筋力出力だ。アドレナリンの過剰分泌と、リミッターの完全解除。……計算上、素手で小型トラックを横転させられるだけのパワーが出ている」

 

 目の前で狂ったように防護壁を殴り続ける怪物を眺めながら、一切怯むことなくタブレットの数値を記録していく。

 あと三層も防護壁があるし、万が一ぶち破られても、手元のスイッチ一つで部屋の中は二千度の炎に包まれる。こちらの心拍数は平時のままだ。

 

 ドガンッ! ドガンッ! グチャッ!

 

 怪物は拳の骨が砕け、肉が裂けて血が飛び散っていることにも気づかず、ひたすらに壁を殴り続けた。痛覚が完全に遮断されているため、肉体が壊れることに一切の躊躇がないのだ。

 

 しかし。

 その圧倒的な暴力のショーは、開始からわずか十二分で終わりを迎えた。

 

「ガ、ア……? アァァ……」

 

 突然、怪物が口から大量のドス黒い血と内臓の欠片を吐き出し、膝から崩れ落ちたのだ。

 発する異常な熱量と、ウイルスの強引な細胞分裂の速度に耐えきれなくなったのだろう。

 肥大化した筋肉が風船が弾けるようにボロリと崩れ落ち、内臓がドロドロに溶けて口や鼻から溢れ出していく。

 

「あーあ。やっぱりダメか。ベンジャミンの時よりは五分ほど長持ちしたけど、自壊作用は止められなかったね」

 

 小さく溜め息をつき、タブレットの電源を落とす。

 

 隔離室の中では、Aランクだった男が原型を留めない肉のスープへと変わり果て、ピクピクと痙攣した後に完全に沈黙した。

 

「筋繊維の増強、痛覚遮断、闘争本能の刺激。プロセス自体は成功だが……たった十二分で使い手の細胞を完全に崩壊させるんじゃ、兵器としても商品としても三流以下だ。……完全に失敗作だね」

 

 いくら圧倒的な戦闘力を誇ろうとも、制御も回収もできず、十数分で勝手に腐り落ちる生物兵器など、戦術的に何の価値もない。

 忌々しげに手元のコンソールを操作し、実験室の自動焼却と洗浄のシステムを起動させた、その時だった。

 

『……さ、サイエンの坊主。今の映像、外のモニターで見てたんだが……』

 

 観察室のスピーカーから、外周を警備しているレオンの、ひどく震えた声が聞こえてきた。

 あらかじめ、防衛部隊の連中にも中で何が起きているかを把握させるため、監視カメラの映像を一部共有していたのだ。

 

「ああ、お疲れ様、レオン。見ての通り、FTウイルスの初期実験は大失敗だ。被検体の代謝暴走を抑えきれなくてね、あっという間に自壊しちまったよ」

『失敗って……あ、あの分厚い壁にヒビが入ってたじゃねえか!? あんなバケモノ、万が一外に逃げ出したら俺たちの銃でも止められるかどうか……ッ』

「心配しすぎだよ。計算通り、十五分以内に勝手に自滅する欠陥品だ。……それに、あんなゴミみたいなクスリ、お前たちカルロスさんの部隊には絶対に触らせないから安心しろ」

 

 マイク越しにそう告げると、スピーカーの向こうでレオンがハッと息を呑む気配がした。

 

「言っただろう? 俺はお前たちを高価で優秀な防衛リソースだと評価している。たった十数分で身体がドロドロに溶けて死ぬような、そんな欠陥だらけの三流品を、お前たちに投与するような非合理的な真似は絶対にしない」

『坊……いや、サイエンの旦那……』

「生体兵器の研究はまだまだ時間がかかる。安定するまでは、中にある使い捨ての実験体だけで勝手に遊んでおくから、お前たちは外でタバコでも吸いながらゆっくりしていてくれ」

 

 明るい声でそう言い放ち、通信を切る。

 

 カルロス配下の連中には、あえて失敗の過程と理不尽な恐怖を見せつける。

 その上で、お前たちは安全な側にいると明言し、絶対にこんな危険な真似はさせないと保証することで、彼らからの信頼と忠誠心は、もはや宗教に近いレベルにまで昇華されるのだ。

 

「さて、と。生物学的なアプローチは少し壁にぶつかったな。……次は機械工学からのアプローチ、サイバーウェアの基礎研究に切り替えるか」

 

 焼却炉の炎で灰になっていく紫色の肉片を一瞥し、次の『Bランク』の被検体が待つ手術台へと、軽い足取りで向かっていった。

 






 設定固めてたらなんか推定で80話くらい行きそうなんすけどw
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