科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後闇堕ちの三十一手

 

 

 

 隔離実験室の隣に併設された、機械工学専用のオペ室。

 紫色の肉片が飛び散っていた先ほどの部屋とは打って変わり、電子機器の駆動音と、微かなモーターオイルの匂いが漂う無機質な空間だ。

 

 部屋の中央に鎮座する手術台には、『Bランク』に指定した男がうつ伏せの状態で固定されている。

 意識はハッキリとしている。麻酔は一切使用していない。脳から末梢神経へと向かう電気信号の伝達を、一切の遅延や混線がないクリアな状態で計測する必要があるからだ。

 

「ひ、ひぃぃ……っ! や、やめてくれぇっ!」

 

 男が涙と涎を垂らしながら悲鳴を上げる。

 そんな命乞いをBGM代わりに聞き流しながら、銀色に光る医療用メスを手に取り、男の背中を頸椎から腰椎にかけて一直線に切り開いた。

 

「ぎゃあああああああああああっ!!」

 

 手術室に絶叫が響き渡る。

 鮮血が吹き出し、切り開かれた筋肉の奥から、白く濁った脊髄の束がむき出しになった。

 

「なるほど、見事な神経のハイウェイだ。生きたままの脊髄をいじるのは初めてだけど、前世の知識通りの構造をしているね」

 

 血まみれの背中を覗き込みながら、極小の電極針を次々と脊髄の神経束へと打ち込んでいく。

 針が刺さるたびに男の全身が激しい痛みに跳ね回るが、分厚い拘束具がその動きを完全に封じ込めているため、精密な作業に支障はない。

 

 すべての電極を打ち終えると、傍らに設置した大型モニターの電源を入れた。

 ピコン、ピコンと電子音が鳴り、モニター上に複雑な波形がいくつも表示され、絶え間なくスクロールしていく。

 

「ふむ。激痛によるパルスが大きすぎてノイズだらけだが、運動野からの指令自体はしっかりと読み取れている」

 

 埋め込み型補助装置(サイバーウェア)――つまり機械の義肢を己の肉体のように自在に操るための第一歩は、脳から発せられる『指を動かせ』という微弱な電気信号を正確に拾い上げ、機械側に翻訳して伝えることだ。

 神経の地図を完璧にマッピングし、生体信号と機械言語の『通訳システム』を構築しなければならない。

 

「さて、次はハードウェア側のテストといこうか」

 

 ワゴンの上に用意しておいた、無骨な金属フレームと無数のワイヤーで構成された機械の小手を手に取る。

 昨晩のうちにジャンクパーツから組み上げておいた『試作型・神経接続グローブ』だ。これを、男の激しく痙攣している右腕に装着し、太いケーブルを脊髄の電極と繋ぎ合わせた。

 

「た、たすけ……う、あぁぁぁ……っ!」

 

 背中を切り開かれたショックと激痛で、男の右腕はガクガクと痙攣し、自身の意思では指一本まともに動かせない状態に陥っていた。

 しかし。

 神経接続グローブのメインスイッチを入れ、脊髄から拾い上げた信号とリンクさせた瞬間。

 

 ピタリ、と。

 男の右腕の激しい震えが、嘘のように完全に止まった。

 

「おや……?」

 

 予想外の挙動に、モニターの数値を食い入るように見つめる。

 

 男の脳は『痛い、腕が震える』というパニック信号を発信し続けている。だが、グローブに内蔵した試作システムが、その痙攣の信号を『不要なノイズ』として自動で弾き落としていたのだ。

 そして、男の無意識下にある『腕を静止させたい』という純粋な姿勢維持の信号だけを抽出し、金属フレームのモーターを制御して、物理的に腕の震えを力技で抑え込んでいる。

 

「……手を、開いてみてくれないか。グーパーするみたいに」

 

 男の耳元で優しく囁きかける。

 男は朦朧とした意識の中で、言われた通りに右手に力を込めようとした。だが、神経が焼き切れるほどの激痛の中で、自力で指を開くことなど到底不可能だ。

 

 ウィィン、という微かな駆動音。

 次の瞬間、金属フレームが男の指を引っ張り、ゆっくりと、しかし極めて正確な動作で『パー』の形を作り上げた。

 男が再び力を込めると、今度は力強く『グー』の形に握り込まれる。

 

「素晴らしい……! 痙攣と動作不良のノイズを完全に相殺し、本人の意思通りに運動を補助している。生体信号のフィルター機能としては百点満点だ!」

 

 思わず歓喜の声を上げた。

 

 これは、凄まじい価値を生む副産物だ。

 パーキンソン病による手足の震え、神経伝達の異常による動作不良、あるいは事故による麻痺。そういった『運動機能の欠損』を、外側から強制的に補正し、健常者と全く変わらない日常生活を送れるようにする夢の技術。

 

 名付けるなら、『医療用神経補助グローブ』といったところか。

 

 これを、表向きのフロント企業を通じて、革新的な医療器具として世に発表したらどうなるか。

 莫大な資金が手に入るだけではない。フィリピン政府や世界の医療業界、さらには人道支援団体からの『圧倒的な社会的信用と名声』を、このスラムのギャングが合法的に手に入れることができるのだ。

 

 安全でクリーンな福祉技術を表の顔として売り出し、権力と依存を世界中にバラ撒く。

 そしてその裏で、稼いだ金と隠れ蓑を使って、真に危険な軍事用サイバーウェアと生体兵器の開発を心ゆくまで進める。

 完璧すぎるビジネスモデルだ。これこそが、真の悪の組織の形というものだろう。

 

『……おい、サイエンの旦那。そっちの様子はどうだ? またさっきみたいに、壁にヒビが入るようなヤバいことになってねえだろうな』

 

 観察室のスピーカーから、見張りをしているレオンの通信が入った。

 声色には、得体の知れない実験に対する強い警戒感が滲み出ている。

 

「大成功だよ、レオン。まったく危険はない。……むしろ、人類の未来を救う、最高に平和でクリーンな商品の種が芽吹いたところさ」

 

 血の海と化した手術台。

 背中を切り開かれ、白目を剥いて泡を吹いている生きた被検体。

 その凄惨極まりない地獄の光景の中心で、まるで純粋な善意の結晶のような、最高に無邪気で楽しげな笑みを浮かべた。

 

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