科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後闇堕ちの三十二手

 

 

 

 巨大ラボ内に新設された、機械工作専用のクリーンルーム。

 金属の切削音と、サーボモーターの駆動音が心地よく響いている。

 

 部屋の中央には、重度の薬物依存で筋肉が完全に痩せ細り、自力で立つことすらままならない検体が座らされていた。

 その右腕から肩にかけて、ジュラルミンとカーボン素材で組み上げられた無骨な金属フレームが装着されている。

 前回の脊髄マッピングで得たデータを元に組み上げた、外付けの筋力補助フレーム――いわゆる強化外骨格の試作品だ。

 

「よし、神経接続のキャリブレーションは完了だ。目の前にある鉄のブロックを持ち上げてみてくれ」

 

 白濁した目をした男が、言われた通りにヒョロヒョロの右腕を動かそうとする。

 

 ウィィィンッ! という鋭いモーターの駆動音。

 次の瞬間、男の右腕は目にも留まらぬ速度で跳ね上がり、テーブルの上に置かれていた百キログラムの鉄塊を、まるで発泡スチロールでも扱うかのように軽々と持ち上げてみせた。

 

「ひ、ひぃぃ……っ!?」

 

 持ち上げた本人が一番驚き、悲鳴を上げている。無理もない。脳は「少し力を入れた」程度の認識なのに、実際の肉体は油圧式クレーン並みの出力を発揮しているのだから。

 

「反応速度、出力ともに申し分ない。人間の筋肉の収縮速度を完全に凌駕している。……少しだけ力を込めて、その鉄塊を握り潰してみて」

 

 男が恐怖に顔を引きつらせながら、右手にグッと力を込める。

 

 メキィィィッ!

 

 金属フレームの指先が、分厚い鉄塊を粘土のように握り潰し、無惨な形へと歪めてしまった。

 

「素晴らしい。だが……これは少し、やりすぎたな」

 

 手元のタブレットに表示された稼働データを眺めながら、小さく溜め息をつく。

 生体信号の伝達速度と、モーターの出力を極限まで高めた結果、完全に軍事用パワードスーツのそれになってしまった。前世の知識で言えば、サイバーパンクな世界観に出てくる戦闘用義体や、アメコミの鋼鉄のヒーローが着ているスーツの挙動そのものだ。

 

 こんな物をそのまま市場に出せば、一発で軍や政府の諜報機関に目をつけられてしまう。

 今回求めているのは、あくまで医療用の福祉機器という隠れ蓑だ。

 

「モーターの最大トルクを八割カットしよう。反応速度も意図的にコンマ二秒の遅延を挟んで、人間の生身の動きに近づける。……見た目も、こんな剥き出しの金属フレームじゃ威圧感がありすぎる。全体を丸みを帯びた白いプラスチックの外装で覆って、いかにも人に優しい医療器具っぽくデザインし直さないとね」

 

 ブツブツと独り言を呟きながら、設計図の数値を次々と下方修正していく。

 最高スペックの殺戮兵器を、あえて無害な日用品に偽装するデチューン作業。これも案外、パズルゲームのようで悪くない。

 

 数時間後。

 調整を終えた設計図のデータを保存し、ラボの通信機からアンダーボスのリカルドを呼び出した。

 

『……なんだい、サイエン。また胃薬の量が増えるような報告か?』

 

 通信越しでも分かるほど、疲労困憊といった様子のリカルドの声。ブルー・ドロップの売上金が天文学的な数字に膨れ上がり、日々の資金洗浄の限界に悲鳴を上げている金庫番だ。

 

「安心してくれ、リカルドさん。今日は君の胃袋を救う、最高にクリーンなビジネスの提案だ。……今すぐ、表向きのフロント企業を一つ設立してほしい。業種は医療・福祉器具の製造販売だ」

『はあ? 医療器具だぁ? 俺たちギャングが、そんな真っ当な商売をしてどうするってんだ』

「俺が開発したこの『神経補助グローブ』と『歩行支援フレーム』を、その会社から特許を取って一般向けに販売する。欠損した手足の動作を補助し、寝たきりの老人を歩かせる魔法の医療器具だ。……これが世界中の病院で正式に採用されれば、どうなると思う?」

 

 スピーカーの向こう側で、リカルドが息を呑む気配がした。

 

「裏社会の汚い金をチマチマと洗浄する必要なんてなくなる。表の企業活動として、世界中から合法的な莫大な資金が、大手を振って俺たちの口座に流れ込んでくるんだよ。おまけに、社会的な名声や、政府の要人との強力なコネクションまでオマケについてくる」

『ご、合法的な莫大な資金……! 社会的な名声……!!』

 

 リカルドの声が、歓喜でブルブルと震え始めた。

 違法薬物のシノギで常に警察や税務署の影に怯えていた彼にとって、「合法的に荒稼ぎできる」という響きは、どんな麻薬よりも甘美な劇薬に違いない。

 

『や、やる! すぐに最高のダミー会社……いや、立派な医療メーカーを立ち上げてやる! 特許の申請ルートも、俺の持ってるコネを総動員して最速でもぎ取ってやるぜ!!』

「頼もしいね。初期ロットの製造ラインはこちらで用意するから、販売ルートの開拓をよろしく頼むよ」

 

 通信を切り、満足げに微笑む。

 これで、表の世界を侵食するためのクリーンな手足の準備は整った。

 

 世界中がこの便利な医療器具に依存しきった時、その心臓部のブラックボックスを握っているのが誰なのか、彼らは思い知ることになるだろう。

 外向けには安全な福祉機器を売りさばき、その裏で得た莫大な資金を使って、隔離区画の奥深くで真の悪魔の兵器を造り続ける。

 

 このスラムの巨大ラボは、いよいよ世界を裏から支配する死の商人の要塞として、その機能を本格的に稼働させようとしていた。

 

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