次世代型ナノマシンの設計図を完成させてから、俺の裏の生活は控えめに言って最高に快適なものになっていた。
何せ、俺が温かい布団で爆睡している間も、小学校で退屈な算数の授業を受けている間も、極小の働きアリたちが文句一つ言わずに自動で作業を進めてくれるのだ。山奥に買ったトタン屋根のボロ小屋……俺の秘密基地となるその地下では今、信じられない規模の掘削作業が二十四時間体制で静かに行われている。
掘削した大量の土砂や岩盤はどうするんだって? そりゃあもちろん、ナノマシンに命じて原子レベルで分解し、再構築して地下空間の強固な壁面装甲や柱に変換しているに決まっている。おかげで不自然に土砂を運び出すダンプカーを手配する手間も省けたし、証拠も残らない。現代の建築基準法も真っ青のパーフェクトな環境配慮型リサイクルである。知識の暴力って素晴らしいな!
……と、最初は暢気に笑っていたのだが。最近、授業中にこっそりスマホのモニタリング画面を見て、少しだけ顔が引きつってしまった。
なんか地下空間、広すぎないか?
最初はちょっとした秘密基地、俺のオタク的な趣味を満たすための地下工房くらいのつもりだったのに。ナノマシンの自己増殖機能と作業効率の最適化が良すぎたせいか、どう見ても某エヴァンゲリオンのジオフロントみたいな規模に育ちつつあるのだ。いやいや、いくらなんでもやりすぎだろ俺。このままじゃ山の下が丸ごと空洞になって崩落するんじゃないかと一瞬焦ったが、そこは未来の超常的な建築工学と、完璧な強度計算によって支えられているから物理的な問題はない。
ただ、一つだけ極めて重大な問題が発生した。
これだけ施設がデカくなると、いくら人里離れた山奥の私有地とはいえ、ふとした拍子に山菜採りのジジババや、道に迷った登山客、あるいは肝試し感覚の学生なんかが入り込んでくるリスクがある。万が一このボロ小屋のシャッターをこじ開けられ、地下の白銀帝国へと続く超ハイテクエレベーターなんぞ見つかった日には、俺の平和で退屈な日常は一発で終了である。
国家権力に目をつけられて解剖されるか、一生涯モルモットとして飼い殺されるかの二択だ。
てことで、早急な防犯対策は必須だよな。物理的な南京錠とか監視カメラなんて、現代のチャチなもんじゃ気休めにもならない。
自室のベッドの上で、俺は魔改造スマホを弄りながら独り言ちた。
隠すなら、存在そのものを認識させないのが一番だ。オタクのバイブルたる創作物で言うなら、メタルギアソリッドの光学迷彩と、攻殻機動隊のゴーストハックの合わせ技といこう。もちろん現代の素材で再現するための超絶劣化版デチューンにはなるが、一般人を欺くには十分すぎる。
まず物理的な隠蔽として、小屋の周囲に特殊な電磁波と光の屈折を利用したステルスフィールドを張る。ナノマシンに小屋の外壁表面をミクロン単位でコーティングさせ、周囲の森の景色をリアルタイムで演算・投影して完全に背景と同化させる。熱源探知も防ぐために、排熱はすべて地下の岩盤奥深くに逃がす構造にした。これで視覚的にもサーモグラフィ的にも、ただの「何もない森」にしか見えなくなる。
だが、光学迷彩だけでは「見えない壁にぶつかる」という物理的な接触リスクが残る。
だから、そもそも「人間にその場所へ近づこうという意志を持たせない」仕組みが必要なんだよな。
そこで俺が作り上げたのは、人間の脳波や視神経に直接干渉する、極微弱な特定電磁波の照射装置だ。原理としてはゴーストハックの認識阻害や、サブリミナル効果の極致に近い。小屋の半径百メートル以内に人間が立ち入ると、この電磁波が脳の扁桃体に優しく語りかけるのだ。
ここは何も面白くない。なんとなく不気味だから引き返そう。あっちの道の方が楽しそうだ。今日は早く家に帰ってテレビを見よう。
そうやって、無意識のうちに方向転換を促し、決して中心部へと意識を向けさせない悪魔のような防衛システムである。これ、文字にすると完全に世界を滅ぼすマッドサイエンティストの所業だな。俺、ただの工作がちょっと得意な小学生なんですけど。
ともあれ、これで俺の秘密基地は完璧な不可視の要塞となった。親の目を盗んでコソコソと要塞を構築している孤独な天才……って、なんか響きはかっこいいけど、やってることは壮大な一人遊びである。虚しくなんかないぞ、ほんとだぞ。
「学ー! ご飯できたわよー! 今日は学の好きなカレーよー!」
「はーい! 今行くー!」
一階から聞こえてきたお母さんの明るい声に、俺はスマホを放り投げて階段をバタバタと駆け下りた。
リビングには、スパイシーな良い匂いと、俺の顔を見て嬉しそうに笑う両親の姿がある。
「たくさん作ったから、いっぱいおかわりしなさいよ」
「うん! お母さんのカレー、毎日でも食べられるくらい大好き!」
「こらこら学、毎日カレーじゃ栄養が偏るぞ。ほら、サラダもちゃんと食べなさい。大きくなれないぞ」
お父さんが俺の頭をワシャワシャと愛情たっぷりに撫でながら、小皿に盛られた野菜を俺の前に押し出してくる。俺は「えー」と子供らしく少しだけ口をとがらせてみせつつ、きっちりとドレッシングのかかった野菜も平らげた。
この温かい空間。両親の屈託のない笑顔。これこそが、俺のすべてだ。
どれだけ地下に超常的な技術を溜め込もうとも、俺の精神的支柱はこの食卓にある。俺は自分が心身ともに成熟した大人になるまで、この技術を絶対に表の世界には出さないと決めている。無自覚に世界をかき回し、力に溺れた傲慢な勘違い野郎にならないための、俺なりの最低限のラインだ。
だから今は、ただの工作好きな子供として、この平和な日常を全力で満喫するのだ。
今作主人公は別にたいした考えもない阿呆ですのでなんか好き勝手に世界めちゃくちゃにする馬鹿だと認識してれば十分です
自己顕示欲が多少ある技術力のある阿呆