科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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 36時間勤務はクソ、9時から翌日の21まで働いてたンゴね
 ファッキン


転生後闇堕ちの三十五手

 

 

 

 巨大ラボの化学実験区画。

 ズラリと並んだ最新鋭の遠心分離機や恒温槽が、低く心地よい駆動音を立てている。

 

 その中央の作業台で、フラスコの中でコポコポと泡立つ琥珀色の液体を静かに見つめていた。

 

 肉体に直接機械を埋め込む埋め込み型補助装置(サイバーウェア)の最大の障壁は、人体側の強烈な拒絶反応と、神経伝達の過負荷だ。

 機械と肉体を直接繋げば、免疫系はチタン合金の端子を未知のウイルス以上の脅威と見なして激しく攻撃する。同時に、大脳は機械から送られてくる処理しきれない量のフィードバックに耐えきれず、あっさりとショートして焼き切れる。先日の手術で数分で絶命したモルモットが、その残酷な事実を証明してくれたばかりだ。

 

「解決策は至ってシンプルだ。生体側を、薬物で強制的に黙らせて、騙くらかしてやればいい」

 

 スポイトで数滴の触媒をフラスコに落とし、ガラス棒でゆっくりと撹拌する。お料理番組の要領でサクサクと進めていこう。

 

 ベースとなるのは、前世の医療知識を応用した極めて強力な免疫抑制剤。そこに、神経伝達物質の過剰分泌を抑え込む鎮静剤を混ぜ合わせる。さらに、機械側の演算処理に合わせて脳波の波形を強制的にチューニングする、特殊な化合物をブレンドしていく。

 

 これらは一歩間違えれば即座に心停止を引き起こす、冗談抜きで致死性の劇薬の数々だ。

 しかし、前世の膨大な化学知識と、カルロスが用意してくれたこの完璧なラボの設備があれば、ミリグラム単位の繊細な調合すら鼻歌交じりで容易くできてしまう。

 

 数時間後。

 完全に透き通った美しい琥珀色の薬液が完成した。それを滅菌済みのアンプルに小分けに詰め、隔離実験室へと足を運ぶ。

 

 無菌手術室のチタン製拘束台には、新たな検体が縛り付けられていた。

 前回の失敗例と同じく、右腕から肩にかけての痛覚と運動神経だけを特殊な麻酔で完全に麻痺させてある。麻薬の借金でここに連れてこられたその男は、これから何が行われるのかを悟り、ガチガチと歯の根を鳴らして震えていた。

 

「リラックスして。前回は事前の投薬なしで繋いだからショートしちゃったけど、今回はちゃんと素晴らしい()()()を用意したから」

 

 そう優しく囁きかけながら、完成したばかりの琥珀色の薬液をシリンジで吸い上げ、男の静脈へと静かに打ち込んだ。

 

「……あ、あ、ァ……?」

 

 薬液が全身に回り始めると、男の焦点が僅かにぼやけ、パニックに陥っていた心拍数のアラートがゆっくりと正常値へと落ち着いていく。

 大脳の働きが強制的に穏やかになり、免疫系の過剰反応に強固なロックが掛けられた証拠だ。

 

 生体モニターの波形が完全に安定したのを確認し、自動制御のレーザーメスを起動する。

 

 ブォンッ、という小気味良い音と共に、赤い光線が無慈悲に男の右肩の肉を焼き切っていく。

 ジュウウッという肉の焦げる嫌な臭いがバーベキューのように手術室に立ち込めるが、男は痛みを感じないまま、ただ虚ろな目で自身の右腕がポロリと切り離されていくのを眺めていた。薬の鎮静効果で、恐怖すらも綺麗に麻痺しているらしい。とてもお利口な患者だ。

 

 腕を丸ごと切断し、神経の束を丁寧にむき出しにする。

 そこへチタン合金製のジョイントを素早く打ち込み、あらかじめ組み上げておいた無骨な機械の義腕をカシャリと接続した。

 

 ガコンッ、という重い金属音が鳴り、神経を繋ぐ微細なワイヤーが自動で生体組織の奥深くへと食い込んでいく。

 前回の検体は、この瞬間に凄まじい拒絶反応を起こして暴れ狂い、口から泡を吹いて絶命してしまった。

 

 だが、今回はどうだ。

 

 ……静かなものだ。

 生体モニターの波形は僅かに乱れただけで、すぐに一定のリズムを取り戻した。大脳は機械の腕を異物ではなく、自身の新しい肉体の一部として錯覚し、スムーズに信号のやり取りを開始している。

 

「よし。指を動かしてみてくれ。パーの形に開くんだ」

 

 命令を受けた男が、虚ろな目のまま、失われたはずの右腕の先に意識を集中する。

 

 ウィィン、という精密なモーターの駆動音。

 男の肩に接続された金属の指が、ゆっくりと、しかし確実に男の意思通りに開いた。

 

「素晴らしい。肉体と機械の完全な同調を確認。……生体兵器や高出力サイバーウェアを運用するための、最強の『制御薬』の完成だ」

 

 手術用グローブを外し、余ったアンプルを光に透かしながら、口角を深く吊り上げる。

 

 この薬さえあれば、人体を限界まで機械化し、あるいはウイルスで変異させて兵器として運用することが可能になる。

 だが、この琥珀色の劇薬の真の価値は、単なる拒絶反応の抑制や歩留まりの向上といった、技術的な側面にはない。

 

 表向きのフロント企業である『サグラダ・メディカル』で販売する民生用の福祉機器に、こんな危険な薬は一切必要ない。

 あちらは出力を安全圏まで落とし、神経に直接繋がない外付け型や、非侵襲性の高い義肢に限定している。定期的なグリスアップとプログラムの調整だけで安全に長く使える、極めてクリーンで良心的な商品だ。

 

 だが、裏社会の連中や、いずれ政府の軍部に売りつける軍事用ラインは別物である。

 

「強力な軍用兵器はあえて、この制御薬を定期的に摂取しなければ、絶対に運用できない仕様にする」

 

 圧倒的な力と戦術的優位を提供する代わりに、この琥珀色の薬の定期購入と、専用のメンテナンスを必須条件として契約させるのだ。

 もし薬の供給が途絶えればどうなるか。使用者たちの肉体は凄まじい拒絶反応を起こし、埋め込まれた機械の周囲から腐り落ちるか、あるいは神経がショートして激痛の中で発狂死する。

 

 兵器を一度売って終わり、という単発の商売ではない。

 前世の言葉で言うところの、命を担保にした『サブスクリプション』だ。

 

 この制御薬の特許と製造ラインを独占することで、強力な武力を持つ軍隊や組織を、死ぬまでこちらの完全な依存下に置くことができる。

 彼らの身体に組み込まれた強靭な金属の腕や脚は、そのまま彼らの首を絞める見えない鎖となるのだ。

 逆らえば薬を止められ、死ぬ。服従し、莫大な金を払い続ける限りにおいてのみ、彼らは最強の兵士として生かされる。

 

「青い小瓶によるスラムの底辺の支配から、圧倒的な技術と制御薬による国家の支配へ。……我ながら、吐き気がするほど完璧で悪魔的なビジネスモデルだ。これじゃあ、まんま前世のゲームに出てきたアンブレラ社だな」

 

 誰もいない無機質なラボで、一人おどけたように自嘲する。

 

 だがその直後。ふと、胃の底から本物の冷たい吐き気が込み上げてきた。

 

 それは血の匂いや、薬品の臭いのせいではない。

 生きた人間の腕を麻痺させて切り落とし、機械を繋ぎ、一生抜け出せない薬物依存の奴隷へと作り変える。そんな外道極まりない自身の振る舞いに、平和な日本で生きていた頃の前世の倫理観が強烈な嫌悪感を抱き、悲鳴を上げているのだ。

 

 頭の中に詰め込まれた、数百年先を行く冷徹な未来科学者の思考。

 どんな非道な人体実験も、ただの数値とリソースの最適化として処理してしまうその巨大な異物に、かつての平凡だった青年の心が押し潰されそうになっている。

 

 小さく首を振り、顔をしかめながら、その脆弱な感情を無理やり思考の奥底へとねじ伏せた。

 

「……仕方ないさ。カルロスさんや、レオンたちのような恩人を守るためには、圧倒的な力と金が必要なんだから。身内を守るためなら、外のゴミどもがどうなろうと知ったことじゃない」

 

 誰に聞かせるわけでもない、独り言。

 

 恩ある仲間を守るため。

 そんな都合の良い言い訳で自身を正当化し、わずかに生じた心の綻びを、冷たい理論で縫い合わせていく。本当は、自分がただ知識という劇薬に酔いしれ、倫理を放棄しているだけだと心のどこかで分かっているくせに。

 

 冷たい照明の下、男の肩に接続された金属の腕と、手の中の琥珀色のアンプルを見比べる。

 

 喉の奥で、静かに、そしてひどく乾いた笑い声を転がした。

 そうして狂ったマッドサイエンティストを演じ続けていなければ、この地獄のようなスラムで巨大な悪意をコントロールすることなど、到底できはしないのだから。

 

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