科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後闇堕ちの三十六手

 

 

 

 巨大ラボの視察用通路。

 厚さ五十センチの複合防護壁の向こう側では、琥珀色の薬液を投与された『被検体B―〇九』が、無機質な鉄のブロックを積み上げる単純作業を繰り返していた。

 

 その様子を、カルロスは葉巻をくゆらせながら、唯一の目を細めて眺めている。

 隣には、特注の小さな白衣のポケットに手を突っ込んだ五歳児が、いっちょまえな顔で並んでいた。

 

「……信じられねえな。さっきまで薬が切れてヨレヨレだったジャンキーの野郎が、プロのボクサー以上の正確さとパワーで動いてやがる。あの細腕のどこにそんな力が隠れてたんだ?」

「驚くのはまだ早いよ、カルロスさん。この技術の真の価値は、その出力の高さや正確さじゃないんだ」

 

 手元のタブレットを操作し、モニターに数式とグラフを表示させる。

 未来の科学知識が弾き出す、効率的で、そして最高に性格の悪い支配のシステムだ。画面には、被検体の生体データと、投与した琥珀色の薬液の血中濃度の低下グラフが赤々と表示されている。

 

「この義腕は、俺が作った『制御薬』を十二時間に一度投与しないと、即座に暴走を始める仕様になってる。……具体的には神経が焼き切れて、移植箇所の周辺がドロドロに腐り落ちる。ついでに脳内麻薬の供給もブツンと切断されるから、地獄のような禁断症状もセットだ。名付けて、命の定額制《サブスクリプション》だね」

「……お前、本当に五歳児か? つまり、一度この力と薬の味を覚えちまえば、薬を握ってるお前から一生逃げ出せねえってわけだ」

「正解。最強の兵器であり、絶対に裏切れない奴隷。……俺の掌の上で、死ぬまでタップダンスを踊り続けてもらうための、ちょっとした工夫さ」

 

 喉の奥で静かに笑う。

 

 我ながら完璧すぎる悪のビジネスモデルだ。

 青い小瓶でスラムの底辺を支配し、医療メーカーの皮を被って表の世界から合法的な資金と名声を吸い上げ、裏ではこの薬と兵器で武力を完全に掌握する。

 これじゃあ、本当に前世のゲームに出てきた巨大悪徳企業、アンブレラ社そのものだ。あるいは、サイバーパンクな世界で街を牛耳るメガコーポレーションか。

 

 かつては画面の向こう側のフィクションとして楽しんでいたそれを、自分自身の手で、しかもこの現実のスラムで構築しているという事実に、奇妙な高揚感と薄ら寒さが同時に背中を駆け抜ける。

 

 だが、そんな感傷はすぐに切り捨てる。

 この狂ったスラムで生き残り、俺を拾ってくれたカルロスさんや、俺を信じて守ってくれているレオンたちを救うためには、圧倒的な力と金が必要なのだ。外の連中をいくら使い潰そうが、身内を守るための必要経費にすぎない。

 

「さて、と。一通りのデータは取れたし、次はこれをレオンたちでも安全に扱えるように、リミッターをガチガチに固めた()()()()()の調整に入るよ」

「ほう。こっちの部隊にも、あの鉄の腕を配備してくれるってのか?」

「腕を切り落とすような非効率な真似はしないよ。服の上から着る強化外骨格や、安全な視覚補助バイザーなんかを用意する。恩人の部下を、あんな薬漬けのバケモノにして壊すようなことは絶対にしたくないからね」

「ハッ、そいつは助かるぜ、サイエン。お前みたいな底知れねえバケモノが味方で、俺は心底ホッとしてるよ」

 

 カルロスが愉快そうに笑い、こちらの頭を乱暴に撫で回してくる。

 その手は分厚く、血と硝煙の匂いが染み付いていたが、不思議と嫌な気はしなかった。

 

 笑い合う二人の前で、被検体B―〇九が規則正しく、そして空虚な金属音を立てて鉄のブロックを積み上げ続けている。

 この狂ったスラムから世界を侵食する、冷徹で無慈悲な歯車は、今日も極めて順調に回り続けていた。

 

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