巨大ラボの最奥に設けられた、カルロス専用のVIPルーム。
最高級の葉巻の香りが漂う部屋のテーブルに、黒塗りのアタッシュケースをドンと置いた。
中に入っているのは、サグラダ・メディカルの表のカタログには絶対に載らない、一点物の特注品たちだ。
「……こいつはまた、随分と値が張りそうなオモチャだな」
「オモチャじゃないよ。カルロスさんのための、特注の生存パックさ」
ケースの中身を一つずつ取り出し、説明を始める。
まずは、仕立ての良いイタリア製の高級スーツ……に見せかけた、極薄の軽量防護服だ。
「裏地に特殊な防弾繊維と、非ニュートン流体の衝撃吸収ジェルが編み込んである。至近距離からアサルトライフルで撃たれても、肋骨にヒビが入る程度で済むよ。ついでに、姿勢制御と反動を殺す極小の射撃補助フレームも仕込んであるから、大型の銃を片手でフルオート連射してもピタリと狙いが定まる」
「ほう。こいつはありがたい。最近はどうも肩が凝ってな」
葉巻を咥えたまま、カルロスがスーツの生地を興味深そうに撫でる。
「次はこれ。カルロスさんの左目に入っている義眼の、アップデートパーツだ」
小さなカプセルに入った、仄かに青光りする眼球型のデバイスを差し出す。
「視神経に直接繋ぐことで、ラボのデータベースと常時リンクする。熱源探知、暗視機能はもちろん、敵の銃口の向きから弾道を予測して、視界に赤いラインで表示する機能付きだ。これで、後ろから不意打ちされる心配もなくなる」
「……ハッ。俺の視界を、サイバーパンクのゲームみたいにする気か?」
「まだまだあるよ。スーツの襟元には、自動投薬システムが組み込んである」
スーツの首元の裏側を指差す。そこには、極小の注射針が隠されていた。
「もしカルロスさんの心拍数や血圧が危険域に落ちた瞬間、即座に強力な戦闘用興奮剤と緊急止血剤が首筋から打ち込まれる。心臓が止まりかけても、無理やり三十分は戦い続けられるだけの劇薬だ。……まあ、これを使うような事態にはならないのが一番だけどね」
説明を終え、ソファにどっかと腰を下ろす。
テーブルの上に並んだ、一個人のためだけに作られたオーバースペックすぎる装備群。それを眺めながら、カルロスが唯一の右目を細めて楽しそうに笑った。
「レオンたちに配った装備も大概だったが……俺だけさらに特別扱いか?」
「当然だよ。一番の恩人を雑に扱うなんて、最高に趣味が悪いからね」
肩をすくめて、さらりと返す。
実際、このスラムで一番の権力と武力を持つカルロスが死ねば、安全で快適な研究環境も一瞬で崩壊する。彼を絶対に死なせないための防衛投資は、極めて合理的で正しい選択だ。
……それに、ただのゴロツキの子供だった自分を拾い上げ、ここまで好き勝手にさせてくれた彼には、前世の言葉で言うところの
この狂ったスラムで冷徹なバケモノを演じ続ける中で、唯一残った人間らしい感情の拠り所。それを守るためなら、どんなオーバーテクノロジーを注ぎ込んでも惜しくはない。
「ハッハッハ! 違いねえ。恩に着るぜ、坊主。こいつは最高の土産だ」
カルロスが豪快に笑い、分厚い手でこちらの頭を乱暴に撫で回ってきた。
葉巻と硝煙の匂いがするその手は相変わらず重いが、なぜか居心地の悪さは感じない。
「さて、と。身内の安全は完璧に確保したし、そろそろ次のフェーズに進もうか」
乱れた髪を手ぐしで直し、コンソールパネルを操作してラボ全体の稼働状況を呼び出す。
裏では絶望的なモルモットの消費が進み、表では美しい医療器具の販売が始まっている。そして、絶対の安全を確保した身内の武力は、すでに一国の軍隊すら凌駕しつつあった。
「手始めに、マニラ市警の連中に魔法の道具の味を教えてあげよう」
この国そのものを掌握するための、悪魔の侵食が本格的に幕を開けようとしていた。