科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後闇堕ちの四十三手

 

 

 巨大ラボのメインサーバー室。

 無数の冷却ファンが低い唸り声を上げる中、壁一面に設置されたモニター群が、相反する二つの世界の現状を映し出していた。

 

 右半分のモニターには、フィリピン国内で急速に普及しつつある『サグラダ・メディカル』の製品群のデータ。

 作業用軽量外骨格は港湾や建設現場に爆発的に導入され、神経補助の医療パッチは富裕層の病院から学生の寮にまで静かに浸透している。表社会は今、このスラムから生み出された奇跡の技術に手放しの称賛を送っていた。

 

 だが、左半分のモニターに映るのは、正反対の地獄だ。

 琥珀色の制御薬に依存し、路地裏で肉体を腐らせながら暴走するサイバーウェアの初期試験体たち。あるいは、紫色の試作ウイルスを打たれ、醜悪な肉塊へと成り果てたB.O.Wの失敗作。

 それらは夜のスラムを徘徊し、敵対ギャングや無知な債務者たちを次々と貪り食って、貴重な実戦データとしてメインサーバーへと還元されていく。

 

 光と闇。

 表の圧倒的な名声と、裏の無慈悲な搾取。その両輪が完全に噛み合い、この国を根底から侵食する巨大なシステムとして回り始めていた。

 

「……順調だね。表の資金も、裏のデータも、最高の効率で吸い上げられている」

 

 キャスター付きのチェアの上で胡坐をかき、タブレットの画面をフリックする。

 そこに表示されているのは、表社会のニュースサイトではなく、マニアックなSFファンや軍事オタクたちが集まる海外の匿名掲示板だった。

 

『おい、フィリピンのサグラダ・メディカルって企業、マジでヤバくないか?』

『ああ。あの作業用外骨格の挙動、どう見てもパワーローダーかレイバーだろ。関節の駆動音が完全にそれっぽかったぞ』

『それより医療パッチだよ。あれ使った奴の話だと、知覚が加速して世界がスローに見えるらしい。完全にサンデヴィスタンの初期症状じゃん』

『あの企業のデザイナー、絶対にこっち側の人間だろ。技術ツリーが完全にサイバーパンクのそれなんだよ』

 

 ネットの片隅で、一部の鋭いオタクたちが既視感にざわつき始めている。

 彼らは、現実に現れた魔法のような技術に驚愕しつつも、それが自分たちの愛するフィクションの産物に酷似していることに奇妙な熱狂を覚えていた。

 

 だが、彼らは決して真実には辿り着けない。

 まさかその技術が、前世の記憶と未来の科学知識を持った五歳の子供によって、スラムの底辺の命を文字通りすり潰して作られているなどと、誰が想像できるだろうか。

 

「気づくやつは気づくか。……まあいい、面白いからね」

 

 クスクスと笑い声を漏らし、タブレットの電源を落とす。

 

 この程度の騒ぎなら、一般大衆の熱狂にかき消されて、ただの都市伝説や陰謀論として消費されるだけだ。むしろ、「どこかで見た未来の技術」というキャッチーな噂は、サグラダ・メディカルのブランド力をさらに神秘的に引き上げてくれる無料の広告塔にすらなる。

 

 ガチャリと、サーバー室の重い金属扉が開いた。

 

「おい、坊主。こんな暗い部屋で何をニヤニヤしてやがる」

「カルロスさん。いや、ちょっとしたネットの反応を見ていただけだよ」

 

 入ってきたのは、先日渡した特注のスーツに身を包んだカルロスだった。

 仕立ての良い生地の下には極薄の防護服と自動投薬システムが隠され、左目には青く光る最新の義眼が埋め込まれている。その姿はもはや、ただの麻薬カルテルの幹部ではなく、近未来の企業戦士かサイボーグ兵士のような凄みを漂わせていた。

 

「リカルドの野郎が、明日の朝には政府の連中とデカい商談があるって息巻いてたぜ。いよいよ、国のトップに俺たちのオモチャを売りつける気か?」

「もちろん。警察や軍隊の中枢に、俺たちの技術を必須のインフラとして依存させる。……これが第四フェーズの始まりだ」

 

 椅子から飛び降り、カルロスを見上げて不敵に笑う。

 

 スラムの底辺を支配する小瓶の毒から始まったビジネスは、ついに国家そのものを標的とする段階へと移行した。

 このフィリピンという国を、まるごと一つの巨大な実験場と防衛要塞に作り変える。誰にも邪魔されない、圧倒的な悪の帝国を築き上げるために。

 

「お前さんたちの命は、俺が最高の技術で守る。だから、カルロスさんにはこれからも、俺の最高の牙でいてもらうよ」

「ハッ、言うじゃねえか。地獄の底まで付き合ってやるよ、バケモノ」

 

 唯一の恩人であり、最大の共犯者である男と、冷暗なサーバー室で笑い合う。

 この狂ったスラムから世界を侵食する死の商人のパレードが、今、静かに幕を開けた。

 

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