科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後闇堕ちの四十四手

 

 

 

 マニラ首都圏、ケソン市郊外の廃工場地帯。

 腐った生ゴミと排気ガスの臭いが立ち込める夜の闇の中、マニラ市警のバルガス警部は、分厚い防弾チョッキの襟を立てて苛立たしげに舌打ちをした。

 

 彼らは「正義の執行」に来たわけではない。新興の武装ギャングが廃工場に溜め込んでいるという裏金を没収し、自分たちの懐に入れるための、いつもの集金業務だ。

 相手はスラムのチンピラの寄せ集めにすぎない。重武装したプロの警官隊が突入すれば、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うはずだった。

 

「いいか、お前ら。相手はスラムのゴミ屑だ。適当に威嚇して、金庫の金だけ頂いたらさっさと引き上げるぞ」

「了解です、警部。……しかし、最近この辺りの連中、妙な機材を買い込んでるって噂ですが」

「ただのハッタリだ。ビビってんじゃねえ」

 

 バルガスが部下を一喝し、ハンドサインで突入の指示を出す。

 警官隊が工場の錆びた鉄扉を蹴り破り、一斉にフラッシュライトの光の束を内部へと向けた。

 

 だが、現実はバルガスの予想を根本から裏切っていた。

 

「こちらアルファ! ダメだ、完全に制圧されている! 奴ら、どこから撃ってくるか分からねえ!」

「くそっ、応援を呼べ! ただのギャングじゃない、動きが軍隊より……いや、機械みたいだ!」

 

 無線から響く部下たちの悲鳴と、絶え間ない銃声。

 バルガスは壁の陰から、雨に濡れた工場の敷地内を覗き込んだ。そこにいたのは、確かに薄汚いストリートギャングたちだ。だが、その戦い方は常軌を逸していた。

 

 彼らは一切の声を出し合わない。

 怒号も、指示も、悲鳴すらない。頭に奇妙なゴーグルとヘッドギアを装着したギャングたちは、ただ無言のまま、完璧な連携で警官隊を追い詰めている。

 

 一人が壁の向こうの警官を視認した瞬間、全く別の場所に隠れていた狙撃手が、壁越しに正確なブラインド・ファイアを撃ち込んで警官の頭を吹き飛ばした。

 誰かがリロードに入れば、指示されるまでもなく別の者が完璧なタイミングでカバーに入る。死角という概念が存在しないかのように、全員が背中に目を持っているような動きだった。

 

「どうやって連携を取ってやがる……!? 声も、ハンドサインすら出してねえぞ!」

 

 バルガスの隣にいた若い警官が、パニックを起こしてライフルを乱射する。

 その瞬間、散開していた五人のギャングが、まるで一つの生き物のように同時に振り向き、一斉に若い警官へ向けて引き金を引いた。

 

「ひぃっ……バケモノか……。人間業じゃねえ、まるで全員が完璧に合致した機械じゃねえか!」

 

 血の海に沈む部下を見下ろし、バルガスは恐怖に顔を歪めて後ずさりした。

 人間の集団ではない。巨大な一つのシステムと戦わされているような、底知れぬ絶望感。バルガスは無線機を叩きつけるように叫んだ。

 

「全隊撤退だ! こんなバケモノども、俺たちの手に負えるか!」

 

 

 

 巨大ラボのメインコンソールルーム。

 壁一面のモニターには、工場の監視カメラや上空のドローンから送られてくる、一方的な虐殺の映像が映し出されていた。

 

「ふむ。初期不良もなく、想定通りの完璧なリンクだね」

 

 革張りのソファに深く腰掛け、ブラックコーヒーを入れたマグカップを片手に、静かにモニターを見つめる。

 その背丈は、スラムの酒場で初めて劇薬を作った頃の五歳児の姿からは確実に成長していた。特製ステロイドによる肉体の強制アップデートと数年の月日が、身体を十代前半、中学生ほどの引き締まった体格へと引き伸ばしている。だが、特注の白衣を羽織ったその佇まいと、瞳の奥に宿る冷徹な光は、何一つ変わっていない。

 

「……相変わらず、えげつねえ趣味してやがるぜ、サイエン」

 

 背後で葉巻を咥えたカルロスが、呆れたような声を漏らす。

 彼はモニターの中で無機質に警官を殺戮していくチンピラたちの動きに、プロの軍人としての本能的な不気味さを感じ取っていた。

 

「外部モルモット専用の、使い捨てのオモチャさ。でも、なかなか良い動きをするだろう?」

 

 マグカップをテーブルに置き、タブレットの画面を操作してカルロスとリカルドにデータの詳細を見せる。

 

「あのギャングどもが被っているヘッドギア。あれがこの気味の悪い動きの正体だ。俺が開発した局地戦用の視界・照準共有ネットワーク、名付けて『MISAKA-LINK《ミサカ・リンク》』」

「ミサカ……? またお前の母国語の変な名前か」

「ちょっとしたリスペクトさ。仕組みは単純だよ。ヘルメットのカメラと脳波センサーを連動させ、部隊全員の視覚情報と、恐怖を司る扁桃体の反応を強制的に同期させている」

 

 画面には、ギャングたちの脳波が完全に同じ波形を描いて同調しているグラフが表示されていた。

 

「誰か一人でも敵を見つければ、全員の視界に赤いマーカーでその敵の位置が共有される。そして、誰かがパニックに陥りそうになっても、他の冷静なメンバーの脳波がそれを上書きして強制的に落ち着かせる。……恐怖を感じない、全員が同じ視界を共有する群れ。そりゃあ、ただの汚職警官どもじゃ手も足も出ないはずだ」

「なるほどな。だが、わざわざ外部の使い捨てのチンピラどもにそんな高度な兵器を与えて、一体何のメリットがあるんだ?」

 

 リカルドが胃薬を水で流し込みながら、モニターに映る死体の山を見て顔をしかめる。

 彼らがこのまま勢力を拡大し、組織に牙を剥けば厄介なことになるのは明白だった。

 

「大丈夫だよ、リカルドさん。あのネットワークの処理負荷に、生身の脳髄は長期間耐えられない。あと三日もすればオーバーヒートして、あいつらは全員涎を垂らした廃人になるからね。……それに、これは『商品』を売るための、大切なデモンストレーションなんだ」

 

 にっこりと、営業マンのような爽やかな笑みを浮かべてみせる。

 

「警察という組織の最大の武器は、数と権力だ。だが、今回の件で彼らは痛感したはずだよ。『自分たちの装備と連携では、近未来的な兵器を持つ犯罪者には手も足も出ない』とね。既存の警察の完全な無力化。これが、第四フェーズの第一歩だ」

「……なるほど。正義の味方を名乗るためには、まずは手に負えない強大な悪役を用意してやる必要があるってわけか」

 

 カルロスがひどく悪い笑顔を浮かべ、葉巻の煙を深く吐き出した。

 

「ご名答。明日になれば、マニラ市警の上層部は恐怖でパニックになる。『あんな機械のような化け物どもに、どうやって立ち向かえばいいんだ』と。そこで、我らがクリーンな医療福祉企業、『サグラダ・メディカル』の出番というわけさ」

 

 立ち上がり、壁面の巨大モニターに新しい設計図を表示させる。

 それは、すでに作業用として港湾などで大ヒットしている軽量外骨格を、警察の治安維持用に分厚い装甲で覆い、威圧的な黒と白のツートンカラーに塗り替えた専用の重装モデルだった。

 

「名付けて、警察用制圧支援外骨格『LANDMATE―P《ランドメイト・ポリス》』。既存の拳銃弾をすべて弾き返し、車を素手でひっくり返すパワーを持つ、法の番人のための最強の鎧だ」

「……それを、途方に暮れている警察に、破格の値段で提供してやるってわけか。悪魔め。藁にもすがる思いの連中が、飛びつかないはずがねえ」

 

 リカルドが震える声で呟き、額の汗をハンカチで拭う。

 

「そういうこと。彼らは喜んで俺たちの技術に依存し、サグラダ・メディカルを正義の味方として崇め奉るだろう。SF映画の警察が現実になったと、ネットのオタクどもも大騒ぎしてくれるはずだ」

 

 モニターの明かりに照らされた青年の顔に、底知れぬ冷酷な影が落ちる。

 

 国を買うのに、巨大な軍隊はいらない。

 ただ相手の心に恐怖を植え付け、土砂降りの雨の中で唯一の傘を差し出してやればいいだけだ。正義の値段は高くつく。そして、その対価は金ではなく、国の中枢そのもので支払ってもらう。

 

 スラムの路地裏で細々と始まった命の取引は、今や国家権力の首輪を直接握る段階へと進化した。

 かつて前世のフィクションで描かれていた、巨大企業が国家を支配するディストピア。その歯車を自分自身の手で回しているという事実が、最高の娯楽として青年の脳髄を痺れさせていた。

 

「さあ。明日は忙しくなるよ、リカルドさん。警察のトップに、最高の救済を売り込みに行こうか」

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