科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後闇堕ちの四十五手

 

 

 マニラ市警本部の最上階。冷房の効いた長官室は、まるでお通夜のような重苦しい沈黙に包まれていた。

 

 数日前に郊外の廃工場で起きた凄惨な事件は、警察組織のプライドと市民からの信頼を完膚なきまでに打ち砕いていた。未知のネットワーク兵器で連携するギャングの前に、市警が誇る精鋭部隊が手も足も出ずに敗走したのだ。

 このままでは、治安維持機構としての面目が丸潰れになる。だが、あんな得体の知れない化け物どもの相手を、現場の生身の警官たちにどうやって強制させればいいのか。

 

 その絶望のどん底に、救世主は最高級のイタリア製スーツを着て、涼しい顔で現れた。

 

「――というわけで、我がサグラダ・メディカルは、命懸けで市民を守る警察の皆様に、この新装備を『特別価格』で提供したいと考えております」

「これが……その、制圧支援外骨格か。にわかには信じがたいスペックだが」

 

 警察長官が、リカルドの差し出したタブレットの映像を食い入るように見つめている。

 そこに映っていたのは、白と黒のツートンカラーに塗られた無骨な重装甲フレームが、厚さ十センチのコンクリート壁を素手で粉砕し、横転したワンボックスカーを軽々と持ち上げるデモンストレーション映像だった。

 

「すでに港湾施設などで稼働している産業用モデルの、完全上位互換です。対アサルトライフル用の複合装甲に加え、暴徒鎮圧用の非致死性兵器も標準装備。これさえあれば、現場の優秀な警官の命をこれ以上危険に晒すことなく、どんな凶悪犯も安全かつ迅速に制圧できます」

「……素晴らしい。だが、これほどのオーバーテクノロジーだ。一機あたりの導入コストも、莫大なものになるのだろう?」

「ご安心を。我が社は、このフィリピンの平和と治安維持に強く貢献したいと願う、クリーンな医療福祉企業です。初期導入の一個小隊分……十二機につきましては、維持費のみの『実質無料』でリース契約を結ばせていただきます」

「む、無料だと……!?」

 

 長官が勢いよく立ち上がり、目を丸くする。

 その反応を見て、リカルドは心の中で舌を出した。無料の毒餌を撒いて市場を独占するのは、麻薬カルテルが昔からやっている常套手段だ。ただ扱う商品が、青い小瓶のクスリから、白と黒のメカに変わっただけである。

 

「ええ。皆様の勇気ある決断を、我が社は全力でサポートいたします」

 

 リカルドが浮かべた完璧な営業スマイルに、警察長官はすがりつくようにして分厚い契約書にサインを書き込んだ。

 

 

 

 それから、わずか五日後のこと。

 マニラ首都圏の金融街で、再び重武装したギャングによる白昼堂々の銀行強盗が発生した。

 

「ヒャッハー! 警察ども、頭を出してみろよ!」

「蜂の巣にしてやるぜ!」

 

 銀行のエントランスに陣取ったギャングたちは、5・56ミリ弾を撃ち出す軍用アサルトライフルを乱射し、駆けつけたパトカーを次々とスクラップに変えていく。

 パトカーの陰に隠れた現場の警官たちは、数日前の廃工場での惨劇を思い出し、恐怖で銃を握る手すら震え上がっていた。またあの化け物どものような戦術で来られたら、自分たちはここで全滅する。

 

 その時だった。

 

 ――ズシン、ズシン、ズシン。

 

 アスファルトを重々しく揺らしながら、バリケードの後方から『それ』が現れた。

 

「な、なんだありゃあ……!?」

「ロボット……いや、中に人が乗ってやがるぞ!」

 

 ギャングたちが間の抜けた声を上げ、銃撃の手を止める。

 そこに立っていたのは、全高二メートル半にも及ぶ、白と黒のツートンカラーに彩られた巨大な重装甲フレームだった。警官の制服を思わせるそのカラーリングの肩部分には、マニラ市警のエンブレムが燦然と輝いている。

 

 サグラダ・メディカル製、警察用・制圧支援外骨格『LANDMATE―P《ランドメイト・ポリス》』。

 その圧倒的で威圧的なシルエットは、かつてオタクたちが夢見たSF映画やアニメの機動警察そのものだった。

 

「……こちらアルファ。目標を視認。これより、制圧を開始する」

 

 ランドメイトの装甲内部。操縦を担当する特殊部隊の隊員は、ヘルメットのバイザーに表示されるクリアなHUD《ヘッドアップディスプレイ》の照準をギャングたちに合わせながら、静かに呟いた。

 恐怖はない。百キロ近い重装甲を纏っているというのに、モーターと人工筋肉がすべての重量を相殺し、まるで自分の身体が羽のように軽く感じられる。圧倒的な全能感だった。

 

「撃て! 撃ちまくれェ!」

 

 ギャングたちがパニックに陥り、ランドメイトに向けてアサルトライフルを一斉に乱射する。

 激しい火花が散り、甲高い金属音が周囲に響き渡った。

 

 だが、ランドメイトは一切怯まない。

 装甲の表面に僅かな焦げ跡がついただけで、内部の隊員には衝撃すらほとんど伝わってこなかった。既存の小火器など、この最強の鎧の前では豆鉄砲も同然だ。

 

「警告は終わりだ。大人しく寝ていろ」

 

 ランドメイトの右腕が上がり、肩部にマウントされた巨大なランチャーが火を噴いた。

 射出されたのは爆発物ではない。空気に触れた瞬間に急速膨張して硬化する、特殊なポリウレタンフォーム弾だ。

 

 ボフッ! という鈍い音と共に、ギャングたちの足元で白い粘着泡が弾ける。

 たった数秒で泡はコンクリートのようにカチカチに固まり、ギャングたちは腰から下を地面に完全に固定されてしまった。

 

「な、なんだこれ! 動けねえ!」

「くそっ、剥がれねえぞ!」

 

 もがく彼らの前に、ズシンと重い足音を立ててランドメイトが歩み寄る。

 そして、巨大な鋼鉄の腕でギャングたちのアサルトライフルを無造作に掴むと、まるで飴細工でも捻るかのように、メリメリと嫌な音を立てて鉄の銃身をへし折ってしまった。

 

 圧倒的な力。完全な無力化。

 遠巻きに見ていた野次馬の市民たちから、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。

 

「すげえ! なんだあのSF映画みたいな装備!」

「警察の秘密兵器だ! あれならどんな悪党もイチコロだぜ!」

 

 フラッシュが焚かれ、市民たちのスマートフォンのカメラが、英雄の誕生をこぞってネットの海へと配信していく。

 装甲の中の隊員は、これまでに味わったことのない熱狂と称賛の中心で、自分の身体を包み込むこの魔法の機械の虜になっていた。

 

 

 

 巨大ラボのメインコンソールルーム。

 壁面のモニターには、ネットの動画共有サイトで恐ろしい勢いで拡散されていくランドメイトの活躍が、ニュース映像と共に大々的に映し出されていた。

 

『信じられません! マニラ市警が導入した新型の制圧フレームが、武装強盗団をわずか三分で無力化しました!』

『ネット上では、この未来の警察の姿に世界中のSFファンが熱狂しています!』

 

 その狂騒を眺めながら、最高に愉快な気分で温かい紅茶を啜る。

 計画は完璧だ。あえて強い悪役を用意して警察を絶望させ、一番良いタイミングで圧倒的な力を持つヒーローの鎧を売りつける。

 

 これで警察組織はもう、生身の身体でスラムのギャングと撃ち合うことなどできなくなる。

 あんな強大で絶対的な安全を知ってしまった人間は、二度と不便で危険な日常には戻れないのだ。彼らはこれからの治安維持のすべてを、あのランドメイトに依存するようになる。

 

「……素晴らしいデモンストレーションだったね。これで警察の予算の大部分は、サグラダ・メディカルの口座に吸い込まれることになった」

 

 椅子の上で足を組み、紅茶のカップを揺らしながら小さく独り言ちる。

 

 だが、あの鎧の本当の恐ろしさは、物理的な装甲の厚さやモーターの出力にはない。

 強大な力と引き換えに、彼らは目に見えない『極めて悪質な鎖』で首を繋がれてしまったことに、まだ誰も気づいていないのだから。

 

 冷たい照明の下、未来の知識を詰め込んだ青年の脳髄が、次の搾取のスケジュールを極めて精密に計算し始めていた。

 

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