ゴールデンウィークでも普通にお仕事、腹立つわ〜
一応溜めてたから今週で吐き出していく、切れたらまた貯めパートに入るか、別ルートでも書くかもなぁ
マニラ市警本部、特殊部隊専用のロッカールーム。
カビ臭いエアコンの風が吹き抜ける薄暗い部屋の中で、エースパイロットであるディアス巡査部長は、自らの右手をじっと見つめていた。
カタカタカタカタ、と。
重度のアルコール依存症患者のように、指先が微細な痙攣を繰り返している。いや、単なる震えだけではない。
あの素敵で無敵な重装甲フレームが市警に導入されてから、三ヶ月が経過していた。
その間、ディアスたち特殊部隊は文句なしのスーパーヒーローだった。どんな重武装のギャングも、鋼鉄の装甲と圧倒的なパワーの前では赤子同然。市民からは歓声を浴び、メディアからは新時代の騎士として称賛される輝かしい日々。
ディアスはかつて、安月給でボロボロのパトカーに乗り、いつ撃たれるか分からない恐怖と戦いながらスラムのギャングを追いかける、ただの泥臭い警官だった。家に帰れば、妻と幼い娘がいつも不安そうな顔で彼を迎えてくれたものだ。
だが今は違う。彼は市警が誇るスターだ。パトカーではなく最強の装甲のコックピットに座り、圧倒的な暴力で悪を安全に叩き潰す。恐怖など微塵もない。
もう、あの惨めで泥臭い日々には絶対に戻れない。
しかし、その栄光の裏で、パイロットたちの肉体には確実に、そして極めて致命的な
「……くそっ。また切れてきやがった」
「おいディアス、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「うるせえ、なんでもない。ただの筋肉痛だ」
同僚の心配する声を乱暴に遮り、ディアスはロッカーをこじ開けた。
備品箱の中から、青いラベルが貼られた小さなチューブを引ったくるように掴み取る。サグラダ・メディカルから外骨格の定期メンテナンスキットとして支給されている、専用の神経接続補助ジェルだ。
カタログ上の名称は、
マニュアルには「パイロットの神経系と機体の同調率を安定させ、操縦時の脳への負荷を軽減するための必須保護剤」と、もっともらしい長ったらしい説明が記載されている。出撃前と出撃後、必ず首筋の専用パッチからこのジェルを体内に浸透させなければならない決まりだった。
震える手でチューブの蓋を開け、首筋に冷たいジェルを擦り込む。
たった数秒後。嘘のように指先の痙攣がピタリと止まった。そればかりか、視界の端の不快なブレが消え去り、脳の奥底にクリアな冷気が行き渡るような、至高の全能感が満ちていくではないか。
ディアスは深く息を吐き出し、ロッカーのベンチにだらしなく倒れ込んだ。
「最高だ……。これさえあれば、俺はまたあの最強の身体になれる」
彼は自分が、すでにあの機体と青いジェルなしではまともに生活できない身体になりつつあることに薄々気づいていた。
それでも、彼はただ、自分にこの絶対的な力と安心を与えてくれるサグラダ・メディカルという素晴らしい企業に、深く感謝するしかなかった。
テレビのニュース番組では、連日のようにランドメイトの活躍が報じられていた。
コメンテーターたちは顔を紅潮させて「科学技術が犯罪を撲滅する新時代の到来」を謳い上げ、SNSでは若者たちがランドメイトのプラモデルの発売を熱望している。
警察の採用試験の倍率は跳ね上がり、子供たちは将来の夢に「ランドメイトのパイロット」を挙げるようになった。
社会全体が、サグラダ・メディカルの生み出した魔法の機械に熱狂し、依存し、思考を停止させていく。まるで、甘い毒に浸かっていることにも気づかずに眠りこける赤子のように。
巨大ラボのメインコンソールルーム。
壁面のモニターには、マニラ市警に納入されたすべての機体の稼働状況と、パイロットたちの生体データが、それはもう景気よくリアルタイムで表示されていた。
「……おい、サイエン。このデータは一体どういうことだ」
金庫番のリカルドが、血相を変えてタブレットをテーブルに叩きつけた。
「市警のパイロット連中の健康診断データにアクセスしてみたが、どいつもこいつも神経系の数値が異常だぞ。機体に乗っていない時でも、常に脳が外部接続を求めて興奮状態にある。これじゃあまるで……」
「重度の薬物依存症患者、そのものだね」
リカルドの言葉を涼しい顔で引き継ぎ、温かいココアをズズッと一口啜る。
「……お前、警察に納品したあの機体に、一体どんな細工をしたんだ?」
「機体自体は、完全にカタログスペック通りのクリーンな製品だよ。違法な洗脳装置なんて一切積んでいない。ただ、あの外骨格の直感的な操縦を実現するために、パイロットの運動神経と機体の制御OSを極めて深くリンクさせているだけさ」
手元のコンソールを軽快に叩き、青いチューブの成分表をモニターにデカデカと映し出す。
「問題は、機体と人体を繋ぐこの専用ジェルの方さ。これには、神経の伝達速度を一時的に跳ね上げる成分と同時に、極微量の鎮静剤と疑似的な快楽物質が絶妙なバランスでブレンドされている」
「快楽物質だと……? まさか、あのブルー・ドロップの成分を混ぜたのか!」
「バカ言っちゃいけない。そんな露骨な麻薬成分を入れたら、すぐに鑑識にバレて大問題になってしまう。あくまで合法的な医療用鎮静剤の組み合わせだけで、脳が
椅子の上でくるりと回り、リカルドに向かって楽しそうにウインクをする。
十代前半にまで成長したその顔立ちには、無邪気な少年の面影と、底知れぬ悪魔の冷酷さが同居していた。
「あの機体に乗って俺のジェルを使えば使うほど、彼らの脳は機体を自分の本当の身体だと誤認していく。そして機体を降りた瞬間、彼らは自分の生身の身体がひどく重く、不便で、切り落とされた四肢のように感じて幻痛に苦しむようになる。……それを優しく治してあげられるのは、俺たちが支給する定期メンテナンス用のジェルだけだ」
「……狂ってる。お前は警察という国家の暴力装置そのものを、丸ごと薬物依存のジャンキーに変えちまったってのか」
「人聞きの悪いことを言わないでよ。俺たちは、彼らの脳と神経を保護するために、善意で無償のメンテナンスキットを提供し続けている超優良企業だ」
クスクスと愉快に笑いながら、画面に表示された今月分の莫大な請求書のデータを指差す。
「それにしても、素晴らしいビジネスモデルだよ。最初の機体十二機は実質無料のリースで配ったけど、この必須ジェルの月額請求と定期メンテナンス費用だけで、もう十分に利益が出始めているじゃないか」
「……ヒゲ剃りの本体をタダで配って、替え刃で儲けるってやつだな。だが、こいつは替え刃なんて生易しいもんじゃない。人間の脳髄を直接人質に取った、悪魔の商売だ」
「相手から『どうか売ってください』と頭を下げてくる状況を作るのが、一番スマートだからね」
警察はすでに、あの白い機体なしでは治安維持が成立しない組織構造になっている。世間の善良な市民たちもまた、あの無敵の装甲が街を守ってくれることに完全に安心しきっていた。
だが、その機体を動かすためのソフトウェアのアップデート権限と、パイロットの精神を保つための専用ジェルは、完全にこちらの掌の上で管理されているのだ。
「いいかい、リカルドさん。もし警察が俺たちに逆らおうとしたら、遠隔操作で機体をロックするなんていう三流のハッキングは必要ない。ただ『来月分のメンテナンスジェルの納品が少し遅れます』と、一本申し訳なさそうに電話を入れるだけでいい」
「……ジェルの供給が絶たれれば、パイロットたちは禁断症状と幻痛で自滅する。警察組織の最大戦力が、たった数日で機能不全に陥るってわけか」
「そういうこと。俺たちに銃を向けようとした時点で、彼らの身体そのものが悲鳴を上げてそれを拒絶する。銃弾を一発も撃つことなく、俺たちはこの国の警察の首輪を完全に手に入れたのさ」
冷たい照明の下、モニターの光に照らされた青年の顔に、底知れぬ支配者の影が落ちる。
暴力で相手を力任せに屈服させるのは、三流のギャングのやり方だ。
本当に賢くスマートな支配とは、相手に『自ら喜んで首輪を嵌めさせる』こと。そしてその首輪が外れなくなった頃に、それが唯一の命綱であったことに気づかせることである。
定期メンテナンスという名の、美しく合法的な鎖。
このフィリピンという国の喉元は、すでに完全に青い手のひらの上に握られていた。