科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後闇堕ちの四十七手

 

 巨大ラボの地下深く。分厚い防音材とコンクリートで覆われた専用の射撃訓練場に、大砲の発射音としか思えない恐ろしい爆音が響き渡った。

 

 閃光。そして、鼓膜を物理的に殴りつけるような衝撃波。

 五十メートル先に設置されていた標的――廃車になった軍用の軽装甲車――の分厚いドアが、紙くずのようにひしゃげて吹き飛び、内部で爆発した弾頭が車体を無残な鉄屑へと変えた。

 

「……マジかよ。これ、本当に人間が片手で撃っていい代物か?」

「いや、普通の人間なら撃った瞬間に腕の骨が粉々に砕け散って、肩の関節ごと後ろに吹っ飛んでるぞ」

 

 もうもうと立ち込める硝煙の中、レオンが手元の巨大な銃を見つめながら呆然と呟き、部下が引きつった笑いを漏らした。

 

 彼らが今、その手に握っているのは『拳銃』というカテゴリの限界を完全に突破した鉄の塊だった。

 装甲車のエンジンブロックすら撃ち抜く、一五ミリ口径の対装甲徹甲榴弾。それを六発装填できる規格外の超大型リボルバーキャノンである。あまりの重量と反動のせいで、生身の人間には両手で構えることすら不可能に近い。

 だが、今のレオンはそれを片手で平然と保持していた。

 

 レオンの身体を包み込んでいるのは、黒一色に塗装されたフルフェイス型の重装甲スーツである。

 マニラ市警に納入されたあの白黒の機体、『LANDMATE―P』と基礎構造を同じくしながらも、リミッターを完全に解除し、純粋な戦闘力と機動力のみを追求した身内専用のブラックモデル。

 スーツの人工筋肉と強靭なモーターが、対装甲キャノンの致死的な反動を完全に相殺し、パイロットの肉体を保護しているのだ。

 

「素晴らしい火力だね。これで、もし警察の連中が最新の装甲を着たまま反旗を翻してきても、正面からまとめてスクラップにできる」

 

 防弾ガラスで仕切られた安全な観覧室から、マイク越しに愉快そうな声が降ってくる。

 ガラスの向こうには、白衣を羽織った十代の青年が、手元のタブレットで弾道のデータを眺めながら満足げに微笑んでいた。

 

「旦那。こいつは確かに最高にイカれた大砲だが……重すぎて取り回しが最悪だ。いくらスーツで腕力が上がってるとはいえ、こんなデカブツを構えてたら、素早い動きの敵にはマトにされちまうぜ」

「もちろん、それも解決済みだよ。レオン、首の後ろにある拡張スロットのスイッチを入れてごらん」

 

 青年の指示に従い、レオンは首筋に手を伸ばした。

 装甲の隙間、脊髄の直上に位置する場所に、分厚いカードのようなデバイスが突き刺さっている。その端にあるスイッチを押し込んだ瞬間だった。

 

 ――ヒュゥンッ、と。

 レオンの視界が、青白いノイズに包まれた。

 

 直後、強烈な冷感が背筋を駆け抜け、脳髄に直接氷水をぶち込まれたような強烈なショックが走る。

 ドクン、という自分の心臓の音が、ひどくゆっくりと鼓膜を打った。

 いや、心臓の音だけではない。空調が吐き出す風の音も、隣に立つ部下の瞬きも、空中に舞い散る硝煙の動きすらも、すべてがゼリーの中に沈み込んだように遅くなっている。

 

「……なんだ、こりゃあ」

 

 レオンの声も、間延びした低い電子音のように響いた。

 世界全体の再生速度が、強制的に十分の一にまで引き下げられたかのような異常な感覚。

 

『俺が設計した反応加速モジュール、DYNALAR―S(ダイナラー・エス)だ。パイロットの知覚と神経伝達速度を限界までブーストし、相対的に周囲の時間を遅く感じさせる』

 

 観覧室からの青年の声だけが、なぜかクリアに脳内へと直接響いてくる。

 レオンはゆっくりと流れる時間の中で、自分の身体を動かしてみた。視界の動きは遅いのに、装甲に包まれた自分の肉体だけは、思考と同じ速度で完璧に追従してくる。

 

『今の君の体感時間なら、その重いキャノンも羽のように軽く扱えるはずだ。ほら、的を追加したよ。モジュールの効果が切れる前に、全部撃ち抜いてごらん』

 

 防弾ガラスの奥で青年が指を鳴らすと同時に、射撃場の奥から三つの新しい人型標的が高速で飛び出してきた。

 普段のレオンなら、この重い銃を構え直すだけで標的は通り過ぎていただろう。

 だが今は違う。遅れゆく世界の中で、レオンはただ視線を標的に向けるだけでよかった。スーツの駆動系が極限まで加速された脳の命令を受信し、レオンの身体は青い光の残像を引きながら、瞬きをするよりも早くキャノンの銃口を三つの標的へと叩きつけた。

 

 ドンッ! ドンッ! ドンッ!

 

 三発の爆音が、ほぼ重なって一つの轟音に聞こえた。

 一発目の空薬莢が宙を舞い、まだ地面に落ちるよりも先に、三つの標的はすべて中心を正確に撃ち抜かれ、粉々に吹き飛んでいた。

 

 直後、背中のデバイスからプシューッと白い排熱の蒸気が吹き出し、世界の時間が元の速度へと急速に巻き戻る。

 

「はぁっ、はぁっ……! こいつは……すげえ。俺が、一瞬で三発も……」

「お疲れ様。連続使用時間は三秒から五秒が限界だけどね。……どうだい、SF映画の主人公になった気分は?」

 

 ヘルメットを脱いだレオンは、全身から滝のような汗を流しながらも、その瞳には子供のような強烈な興奮と熱狂を浮かべていた。

 部下たちもまた、言葉を失ってキャノンと装甲を見つめている。

 彼らはつい数年前まで、スラムの路地裏で錆びたナイフや粗悪な拳銃を握りしめ、明日の命も知れぬ抗争に明け暮れていたただのゴロツキだったのだ。

 それが今や、国家の軍隊すら数秒で蹂躙できる()()()()を与えられている。

 

「旦那……あんた、本当に神様か悪魔のどっちかだな。警察の連中に配ったあの白黒のオモチャが、まるでただのブリキの案山子に思えてくるぜ」

「俺たちは優秀なクリーン企業だからね。お得意様には安全で便利なものを売るけれど、大切な身内には、敵を一方的にすり潰せる最高の牙を用意するに決まっているじゃないか」

 

 防弾ガラスの向こうで、青年は楽しそうに肩をすくめた。

 表社会の治安部隊には、定期メンテナンスと制御薬でがんじがらめにした絶対服従の鎖を。そして自分の足元を守る身内には、ルールを無視した理不尽な超火力を。

 その徹底した扱いの差こそが、レオンたち戦闘部隊に絶対的な優越感と忠誠心を植え付けているのだ。

 

「よし、お前ら! 順番にモジュールのテストを行う! 旦那がくれたこの最高の装備に恥じないよう、絶対に身体に叩き込め!」

「応ッ!」

 

 地下訓練場に、野太くも統制の取れた怒号が響き渡る。

 彼らはもはや、スラムのギャングではない。未来の技術で武装し、圧倒的な連携と火力を持つ、最強の私兵部隊へと完全に生まれ変わっていた。

 

 その頼もしい姿を満足げに眺めながら、青年はゆっくりと背を向け、コンソールルームのメインモニターへと視線を移した。

 そこには、真面目そうな顔つきをした若い政治家が、テレビカメラに向かって熱弁を振るっているニュース映像が映し出されている。

 

『――蔓延する麻薬カルテルと、腐敗した癒着。私はこのフィリピンから、すべての悪を根絶やしにすることを誓います!』

 

 清廉潔白を絵に描いたような、眩しすぎる若手候補者。

 この国を裏から完全に喰い破るための、最高で最強の()()が、いよいよ表舞台に立とうとしていた。

 

「さあ、武力の準備は完璧に整った。次は、華やかな政治の舞台を回そうか」

 

 モニターの光を浴びながら、青年は薄く冷たい笑みをこぼした。

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