科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後闇堕ちの四十九手

 

 

 

 マニラ首都圏の喧騒から遠く離れた、避暑地タガイタイの高級ヴィラ。

 高い塀と有刺鉄線、そして自動小銃で武装したプロの私兵たちに守られたその豪邸の奥深くで、次期大統領選の有力候補であるロドリゴ上院議員は、最高級のワインを片手に下品な笑い声を上げていた。

 

「あの若造め。スタジアムで綺麗事を並べ立てただけで、すっかりこの国のトップに立った気でいやがる」

 

 ロドリゴは、はち切れんばかりに太った腹を揺らしながら、同席しているカルテルの幹部たちとグラスを合わせた。

 彼こそが、フィリピンの裏社会と最も太いパイプを持つ腐敗政治家の筆頭である。フェルナンドのような清廉潔白な若手が台頭してくるのは、彼にとっても、彼に多額の賄賂を渡している裏社会の人間たちにとっても非常に都合が悪かった。

 

「議員。フェルナンドの奴は、最近になって不可解なほどネットでの支持を拡大しています。このままでは、選挙戦でひっくり返されるかもしれませんぜ」

「心配するな。綺麗事だけで国が回るほど、現実は甘くないと教えてやる。明日にでも、奴の陣営の資金管理団体にでっち上げたスキャンダルを投下してやるさ。それでもダメなら……お前たちの本業の出番だ」

「へへっ、承知しております。あの甘いマスクが物理的に吹き飛べば、支持者どもも目を覚ますでしょうよ」

 

 醜悪な密談が交わされる中、突如として、ヴィラの外から耳を劈くような悲鳴が響き渡った。

 

「なんだ!? 何事だ!」

 

 ロドリゴが怒鳴り声を上げると同時に、部屋の扉が乱暴に開け放たれた。

 血塗れになった護衛の一人が、恐怖に顔を歪め、引きつった声で叫ぶ。

 

「ぎ、議員! 逃げてください! バケモノです、巨大な獣が外周の警備網を――」

 

 男の言葉は最後まで続かなかった。

 廊下の暗がりから飛び出してきた黒い影が、護衛の頭部を横から()()()にしたのだ。

 

 メチャッ、という湿った破裂音と共に、首から上を失った護衛の身体が絨毯の上に崩れ落ちる。

 悲鳴を上げる暇すらなかった。ヴィラの豪華な照明に照らし出されたその影の姿に、ロドリゴとカルテルの幹部たちは全員、恐怖で完全に硬直してしまった。

 

 それは、巨大なドーベルマンのような四足歩行の獣だった。

 だが、その皮膚はところどころが腐り落ちて赤黒い筋肉が剥き出しになっており、異常に発達した前脚には、犬の爪ではなく()()()()()()()がくっついている。さらにその顔の右半分には、かつて人間だった頃の面影を残す、落ち窪んだ濁った眼球がギョロリとロドリゴたちを見据えていた。

 

 サグラダ・メディカルが極秘裏に開発した、獣型生体兵器『CERBERUS《ケルベロス》』。

 人間の死体に野犬の遺伝子と試作ウイルスを掛け合わせて造り出された、純粋な殺戮のためだけの()()の擬人化である。

 

「ヒィィッ! う、撃て! 殺せェッ!」

 

 パニックに陥ったカルテルの幹部たちが、隠し持っていた拳銃を乱射する。

 九ミリ弾がケルベロスの胴体に何発も命中し、血飛沫が舞った。だが、痛覚の存在しない生体兵器は全く怯むことなく、その異常な脚力で跳躍した。

 

「ア……ガ、ァァァッ!」

 

 一瞬のうちに距離を詰められた幹部の一人が、人間の手をした前脚で床に縫い留められ、鋭い牙で喉笛を食いちぎられる。

 噴水のように吹き出す血の雨を浴びながら、ロドリゴはもつれる足で部屋の奥へと逃げ出した。窓ガラスを突き破り、バルコニーから中庭へと転がり落ちる。

 だが、そこもすでに地獄と化していた。数十人はいたはずの重武装の護衛たちは、たった数匹の異形の獣たちによって、文字通り肉片へと変えられていたのだ。

 

「た、助けてくれ……! 金ならいくらでも払う! だから――」

 

 背後から迫る低い唸り声。

 ロドリゴが振り返った瞬間、月明かりに照らされた人間の歪な顔を持つ獣が、大きく顎を開いて彼の肥え太った顔面へと食らいついた。

 

 

 

 翌朝のニュースは、フィリピン全土を揺るがす大事件の報道で完全に持ちきりだった。

 

『――昨夜未明、タガイタイのロドリゴ上院議員のヴィラが、正体不明の野犬の群れに襲撃されました。議員を含む関係者数十名が死亡。現場は凄惨な状況となっており……』

 

 巨大ラボのメインコンソールルーム。

 壁面のモニターに映し出されるニュース映像を眺めながら、十代の青年は満足げに深く頷いた。

 

「素晴らしい成果だ。ケルベロス三体の投入で、完全武装の私兵部隊をたった五分で壊滅。それでいて、警察の捜査では『凶暴な野生動物、あるいは狂犬病の変異株による不幸な事故』として処理されている」

「……事故、だと?」

 

 背後のソファで、カルロスが信じられないといった顔で葉巻を咥えたまま固まっていた。

 彼の目から見ても、あのヴィラの警備は軍の特殊部隊が襲撃しても無傷では済まないレベルだった。それを、あんな気味の悪い肉塊の犬どもが、いとも容易く蹂躙したのだ。

 

「その通り。生き残ったメイドたちの証言も完璧だったよ。『巨大な犬だった』『いや、二本足で立っていた』『人間の顔をしていた』……。証言がパニックで支離滅裂に割れたおかげで、警察もマスコミも、誰もプロの暗殺者や企業ぐるみのテロだとは疑っていない。ただの、恐ろしい獣の襲撃による不運な悲劇さ」

 

 タブレットの画面をスワイプし、生体兵器たちの戦闘データを記録していく。

 銃弾などでは決して倒せないタフネスと、動物特有の機動力。そして何より、現場に一切の()()()()()()を残さないという隠密性。B.O.Wの運用テストとしては、これ以上ないほどの大成功だった。

 

「これで最大の政敵が、完全に事故死という形で表舞台から消え去った。……さあ、いよいよあの清廉潔白な正義の味方、フェルナンド議員の独擅場というわけだ」

 

 青年は、手元に置いてあるマグカップの縁を指でなぞりながら、ひどく愉快そうに笑い声を漏らした。

 当のフェルナンド本人は、政敵が死んだことに心を痛め、「彼の無念を晴らすためにも治安を回復しなければならない」と、さらに熱のこもった演説を予定しているらしい。

 

 自分が誰かの用意したレールの上を走らされているとも知らず。

 自分の勝利への道が、恐ろしい化け物の牙によって血塗れで切り拓かれたものだとも知らず。

 

「彼はこのまま、大衆の熱狂と神聖な使命感に背中を押されて、一直線に大統領の椅子まで駆け上がっていく。そして、自分こそが国を救うのだと信じて疑わないまま……俺たちが用意した悪魔のシステムを、国家の隅々にまで敷き詰めてくれるのさ」

 

 誰も気づかない。

 政治の腐敗を正すという崇高な大義名分すらも、スラムから這い上がってきたバケモノの手のひらの上で踊らされている、ただの喜劇でしかないということに。

 

 冷たい照明の下、青年の瞳の奥底で、国を飲み込むための巨大な毒蛇が静かに鎌を首をもたげていた。

 

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