科(化)学系チート持ち転生者のお話   作:金属粘性生命体

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転生後闇堕ちの五十一手

 

 

 マニラ首都圏の中心、大統領府に隣接する壮麗な迎賓館。

 天井で眩く輝くクリスタルのシャンデリアが、フィリピンの政財界を牛耳るトップエリートたちを煌びやかに照らし出している。

 高級なシャンパンのグラスが触れ合う澄んだ音と、上品なオーケストラの生演奏。ここは紛れもなく、この国における絶対的な権力と富の頂点であった。

 

 その華やかなパーティーの最奥、最も格の高い主賓席に陣取っているのは、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの超優良企業『サグラダ・メディカル』の重役たちだ。

 

「いやはや、リカルド社長。貴社のランドメイトのおかげで、我が国の治安は劇的に改善されました。警察を束ねる者として、深く感謝申し上げますよ」

「とんでもない。我々はただ、市民の皆様の平和な生活をテクノロジーで支援させていただいているだけです、長官閣下」

 

 仕立ての良いイタリア製の高級スーツを着こなしたリカルドが、警察庁長官のゴマすりに対して、最高に洗練されたビジネススマイルを返している。

 その隣では、組織の最大武力であるカルロスが、退役軍人の軍事顧問という肩書きで、葉巻を燻らせながら威風堂々とグラスを傾けていた。

 

 彼らを取り囲む政治家や官僚たちは、誰もが愛想笑いを浮かべ、なんとかこの新進気鋭の巨大企業から甘い汁を吸おうと群がっている。

 だが、その薄っぺらい会話の裏側で、彼らは全く別の()を交わしていた。

 

『……あー、クソッ。ネクタイってのはどうにも首が締まって息が詰まるな』

『我慢しろカルロス。こいつら豚どもの機嫌を取って、表社会の合法ルートを確保するのも大事な仕事のうちだ』

 

 リカルドとカルロスの口は、一切動いていない。

 彼らが交わしているのは、極小のインプラントを通じて聴覚・言語野を直接リンクさせる、電脳通信(サイバーブレイン)による無音の密談であった。

 

『にしても、笑っちまうぜ。つい数年前まで、俺たちはドブの臭いがするスラムの路地裏で、粗悪なヤクを売り捌きながら野良犬みたいに殺し合ってたんだぞ。それが今じゃ、この国のトップ様たちから頭を下げられて、最高級のシャンパンを奢られてるんだからな』

『ああ。スラムのゴロツキが、国の支配階級に成り上がったんだ。……全部、あの恐ろしいバケモノの坊主のおかげさ』

 

 カルロスの左目に埋め込まれた義眼(オプティクス)が、微かに青い光を瞬かせる。

 その義眼の視界と、迎賓館のシステムを乗っ取った監視カメラの映像を通じて、巨大ラボにいる青年がリアルタイムでこの晩餐会に参加していた。

 

『二人とも、なかなか板についてるじゃないか。その調子で、隣にいる国防長官の機嫌も取っておいてよ』

『気楽に言ってくれるぜ。この豚、さっきから俺たちの技術を軍にも寄越せって、遠回しに脅しかけてきやがるんだが?』

 

 カルロスの視界の先では、軍服に大量の勲章をぶら下げた国防長官が、リカルドに対してねっとりとした視線を向けていた。

 

「サグラダ・メディカルの技術力は素晴らしい。だが、それほどの力を持つ装備を警察だけが独占するのは、いささか危険だとは思わんかね? ……我が国軍の管理下にも置くべきだと、私は大統領に進言するつもりだよ」

 

 それは明確な脅しだった。

 自分に賄賂と技術の利権を渡さなければ、軍を動かしてサグラダ・メディカルを強引に解体するぞ、という旧態依然とした権力者の傲慢な要求。

 

「お言葉ですが長官。我々はあくまで医療福祉企業でありまして――」

「リカルド君。この国において、軍の意向というものがどれほど重いか……君たちのような新参の商人には、まだ分からないかな?」

 

 国防長官が、不愉快そうに鼻を鳴らした。

 

『……サイエン。コイツ、この場で俺が首をへし折ってやろうか?』

『やめてよカルロスさん、会場が血で汚れちゃうだろ。大丈夫、適当に笑ってやり過ごしておいて』

 

 カルロスの義眼のディスプレイ上に、目の前で偉そうに踏ん反り返っている国防長官の『生体データ』が次々とオーバーレイ表示されていく。

 心拍数、血圧、瞳孔の開き具合、さらには過去のカルテルとの黒い癒着の証拠データまで、すべてが丸裸にされていた。

 

『それに、彼をわざわざ手にかけて殺す必要はないよ。その長官、今週末の視察の帰りに、ブレーキの故障による不運な交通事故で崖から落ちて死ぬ予定になっているからね』

『……ハッ。違いねえ。死人に媚びを売る必要はなかったな』

 

 カルロスは口の端を歪めて笑うと、国防長官に向かって恭しくグラスを掲げてみせた。

 長官は自分が服従を勝ち取ったと勘違いし、満足そうに醜い腹を揺らして笑い声を上げる。

 

 滑稽な光景だった。

 この迎賓館に集まっている権力者たちは、自分たちこそが国を動かしていると信じて疑っていない。スラム上がりの成金企業など、いつでも権力で潰せると見下している。

 だがその実態は、どうだ。

 

 彼らの目の前に立っている男たちが着ているのは、ただの高級スーツではない。

 至近距離からのアサルトライフルの弾丸すら弾き返す非ニュートン流体の防護服(アーマー)であり、首元には致死量のダメージすら強制的に回復させる自動投薬システムが組み込まれている。

 もしこの場で銃撃戦が起きたとしても、カルロス一人でこの会場にいる数百人の護衛を、三分以内に素手で皆殺しにできるのだ。

 

 技術の次元が、完全に()()()()ズレていた。

 原始人が石槍を片手に「俺の言うことを聞け」と、ステルス戦闘機のパイロットを脅しているようなものである。

 

『さあ、そろそろお開きにしようか。表の顔の仕事はここまでだ。ここからは、俺たちの本業……裏の仕事の時間だよ』

 

 青年の冷たい声が脳内に響き、リカルドとカルロスは同時にグラスを置いた。

 彼らは周囲の政治家たちに完璧な作り笑いで別れの挨拶を告げると、優雅な足取りで迎賓館のホールを後にする。

 

 外に出ると、生温かいマニラの夜風が彼らの頬を撫でた。

 待ち構えていた漆黒の防弾仕様のリムジンに乗り込み、ドアが閉まった瞬間。リカルドは大きく息を吐き出し、ネクタイを乱暴に引き剥がした。

 

「あーっ、クソッ! どいつもこいつも、欲の皮が突っ張った豚ばっかりだ! 昔スラムで取引してたヤクの売人どもの方が、まだ話が通じるぜ!」

「違いない。だが、これで表の足場は完全に固まった。……準備はできてるんだろうな、サイエン」

 

 カルロスが暗い車内で葉巻に火をつけると、リムジンの備え付けのモニターが青白く発光し、白衣を着た青年の姿が映し出された。

 

「もちろん。表で平和な晩餐会が開かれている間に、不要になった古い実験体やモルモットたちの処分は進めているよ。……身内が表の光を歩くためには、裏の汚れは綺麗に掃除しておかないとね」

 

 モニターの中で、青年が極めて事務的な、氷のように冷たい笑顔を浮かべる。

 スラムのゴロツキから、国家の暗部を支配するサイバーパンクのシンジケートへ。

 組織の再編と、不要な命の粛清。表の華やかな顔の裏側で、極めて血生臭く合理的な『言い訳の代償』が支払われようとしていた。

 

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