巨大ラボの最下層。通常は重役であるカルロスたちですら立ち入りを遠慮する、極秘の『廃棄区画』。
ひんやりとした無機質なコンクリートの空間に、一定のテンポで無機質な電子音が響いている。そこには、数十台もの透明な医療用カプセルが規則正しく並べられ、中には泥のように眠る男たちがぎっしりと収容されていた。
彼らは数日前、マニラ市警を大いに絶望させてくれた使い捨てのギャングたちである。
脳波を強制同期させる『
さらにもう一つの区画には、巨大な獣の死骸が並べられている。
政敵であるロドリゴ議員のヴィラを襲撃し、見事に任務を完遂した獣型生体兵器『
「さてさて、表の晩餐会も無事に終わったことだし、こっちの裏の掃除も手早く済ませてしまおうか」
「……相変わらず、趣味の悪い部屋だぜ。で、このイカれた連中やバケモノの死体をどうするってんだ? まさか、まだ何かの実験に使う気か?」
白衣の青年の後ろで、葉巻の煙を吐き出しながらカルロスが盛大に顔をしかめた。
裏社会で長く生きてきた彼の目から見ても、この廃棄区画の光景はひどく悪趣味だ。使い終わった鉄砲玉や口封じのターゲットは、鉛玉を頭にぶち込んでから硫酸のプールか大型の焼却炉に放り込むのが、このスラムにおける最もポピュラーで伝統的な「掃除」の作法である。
わざわざ彼らを生かしたまま並べておく理由が、カルロスには全く理解できなかった。
「燃やして捨てるなんてもったいない。彼らは命懸けで、俺たちの最強の防具を売り込むための素晴らしいデモンストレーションをしてくれた恩人だよ。最後まで骨の髄までしゃぶり尽くしてあげるのが、雇用主としての最低限の礼儀というものさ」
青年は極めて上機嫌な様子で鼻歌を歌いながら、手元のコンソールを軽やかに叩いた。
スイッチが入ると同時に、カプセルに取り付けられた特殊なヘッドギアが低い駆動音を上げ始める。
「彼らの脳内には、死線を潜り抜けた強烈な戦闘経験や、極限状態での恐怖、そしてリンク状態で共有した完璧な戦術データがぎっしりと詰まっている。それをただの燃えるゴミとして処理してしまうなんて、資源の無駄遣いにもほどがあると思わないかい?」
「……記憶や経験を、頭の中から直接抜き取るってことか」
「その通り。名付けて、
カプセル内のギャングたちの体がビクンと大きく跳ね、ヘッドギアから伸びた太いケーブルを通じて、莫大なデータがメインサーバーへと猛烈な勢いで吸い上げられていく。
数秒後。コンソールのスロットから、カシャッ、カシャッ、と小気味良い音を立てて、トランプほどの大きさの薄い記録媒体が一枚ずつ吐き出されてきた。
「ほら、見てごらん。これが彼らの人生と命の結晶だよ」
青年は出力されたカードの一枚を指先で優雅に摘み上げ、蛍光灯の光に透かして見せた。
その小さなプラスチックの板には、『アサルトライフルの無反動射撃・筋肉記憶』『市警特殊部隊への絶対的恐怖・感情データ』といったラベルが、極小の文字で綺麗に印字されている。
「このカードのデータを、俺たちの組織の若い兵士たちの脳に直接インストールする。そうすれば、彼らは一度も戦場に出ることなく、百戦錬磨のベテラン兵士と全く同じ反射神経と戦闘スキルを身につけることができるんだ。教育コストも時間も大幅にカットできる、まさに魔法の教材だね」
「……他人の記憶や恐怖を、味方に食わせるってのか。おいおい、それじゃあまるで人間が、ただの交換可能な
カルロスの左目に埋め込まれた義眼が怪しく青く瞬き、カードを見つめる彼の顔に明らかな戦慄の色が浮かんだ。
人の命を奪うことには嫌というほど慣れきっている彼でさえ、「人間の経験そのものを抽出して再利用する」というこの狂ったテクノロジーには、本能的な恐怖を覚えずにはいられなかった。
これでは、人間の尊厳などどこにもない。命の重さも、その人間が歩んできた人生の価値も、すべてがただのデジタルな情報として消費されていくだけだ。
「部品だよ、カルロスさん。スラムで死んでいく彼らも、俺たちも、結局はこの巨大な世界という機械を回すための歯車にすぎない」
青年は極めて愉快そうに、しかし氷のように冷たい笑顔を浮かべて、数十枚のカードの束を白衣のポケットに無造作に放り込んだ。
「俺たちがこれからも、あの華やかな表の光の中を堂々と歩き続けるためには、裏の暗闇で無数に積み上がる死体という名の負債を、常に綺麗に清算し続けなければならない。彼らの命を無駄にせず、すべてを俺たちのための資源として再利用する。……これは、俺たちが生き残るために必要な、極めて合理的で誠実な『代償』なんだよ」
「……ハッ。お前さん、それを正当化するための言い訳が、年々上手くなってきやがるな」
カルロスは短く鼻で笑うと、吸い殻を携帯灰皿に乱暴に押し付けた。
「恩人を守るためだの、組織の未来のためだの、表の光を歩くための代償だのと言っちゃいるがな。……坊主、お前はただ、この世界を自分好みの便利なオモチャ箱に作り変えるのが、楽しくて楽しくて仕方がないだけなんじゃねえのか?」
「……さあ、どうだろうね。少なくとも今は、カルロスさんやリカルドさんたちが無事で、俺の知識が最高の形で機能して組織が潤っている。それだけで十分すぎるほどの結果じゃないか」
青年はわざとらしく肩をすくめ、カプセルの中ですでに事切れているモルモットたちに向かって、これ見よがしに薄っぺらい黙祷を捧げる真似をした。
かつて、たった一人の恩人を守るために手を出した悪魔の知識。
だが今や、その「身内を守るための防衛」という大義名分すらも、己の底知れぬ探求心と狂気を正当化するための、都合の良い免罪符に成り下がろうとしていた。
人間の尊厳など欠片も存在しない。命は等しくデータ化され、リサイクル可能な素材として永遠に消費されていく。
「さあ、お掃除の時間はこれでおしまいだ。次は、俺たちの組織を名実ともに世界最高の企業体へと作り変える『再編』の作業に入ろうか」
ポケットの中のカードの束をチャカチャカと鳴らしながら、青年は軽やかな足取りで廃棄区画を後にする。
その後ろ姿は、ただ純粋に新しいゲームの箱を開けることを心待ちにしている、邪悪な無邪気な子供そのものであった。