ダリア・オヴェーチキナ SIDE
あれが、帝国の最新鋭第2世代戦術機の改修型……
私は、モニターの前で言葉をなくしていた。
赤と白に塗装された機体が、フィールドの真ん中にぽつんと立っている。
整備員が忙しなくその脚元を走り回っているのに、機体だけが妙に静かだ。そんなこと当然だったが、動いてもいないのに、私は目が離せなかった。
───跳躍ユニットが、四基付いている。
それを認めた瞬間、背筋がすっと冷たくなった。
戦術機の跳躍ユニットは二基が当たり前だ。背中の左右に振り分けて、推力を釣り合わせる。それで三次元機動は成立する。理にかなっているし、誰もそこを疑わない。
四基にしたところで、推力が二倍になるわけじゃない。むしろその逆だ。重くなり、重心が暴れる。四つの跳躍ユニットの計算を同時にさばく演算量なんて、普通の機体OSじゃ到底さばききれない。燃費だって目に見えて悪くなるだろう。だいたいBETA相手なら、第2世代の機動性能があれば生き残れる確率は十分に高くなる為、ニ基あれば十分なのだ。なら……なぜ?
計算しても、割に合わない。
(……正気なのか、帝国は……)
ふと横を見ると、ラトロフ少佐も同じ画面を睨んだまま、ひと言も発さない。少佐だけじゃなかった。アメリカの将官も、独逸の将官も、ずらりと並んだ各国の軍人が、揃いも揃ってモニターに釘付けになっている。
誰かが何か呟いた。どの国の言葉だったかは、もう覚えていない。
考えよう……。
あんな機体を、いったいどこで使うつもりなんだ。
四基を独立して動かせるなら───その場でくるりと回る、垂直方向に体を微妙にずらす、わざと重心を崩して変な軌道を描く。二基では絶対にできない芸当も易々とできるだろう。開けた戦場じゃない。ハイヴの
行き先が、決まっている。
そういう作りに見えた。
「……」
そして、この機体を動かすには専用OSが必要だろう。間違いなく。帝国がわざわざそこまで手間をかけたなら、あの機体には、それに見合うだけの「何か」が積まれているのでないか?
「あの機体に乗るのは……あの子供か」
隣で誰かがこぼした。私は画面の隅に目をやった。整備エリアに切り替わって、二人の衛士が映る。
一人は知っている。ブリーフィング時に映し出された写真に無邪気に笑顔を晒していた少年。篠原命。
もう一人は───白髪の短髪の女の子。
(まさか……複座機なの……?!)
思わず眉が寄った。世界中が衛士不足で頭を抱えている時代に、天海に2人の子供が搭乗した。その意味を、軍人なら考えずにはいられない。火器管制やら近接戦のサブウェポンやら、後ろに人を置いて分担させなきゃ回らないほど、操縦の負担がでかいってことだ。でなければ───後ろの席にいる人間そのものが、何か特別なんだ。
「ラトロフ少佐」
私は口を開いていた。
「あの子、頭に何か着けてますよ。あれ、なんでしょうね」
ダリアは、白髪の子の衛士強化装備が他の人物と違うことに気づいた。よく見ると、帝国の七四式とはヘッドセットの形が違う。ヘルメットの上に、見慣れないユニットが乗っかっている。
いや、頭だけじゃない。
あの二人、装具そのものが他の帝国兵と違う。肩のプロテクターの位置、首のコネクター。ぱっと見じゃわからないが、確かに違う。
(……あの二人は、帝国にとって何なんだ。)
考えれば考えるほど、わからなくなる。視線だけが画面に貼りついて、剥がれない。
「……あれ、中華民国のJ-10ですね。殲撃10型」
気づいたら、声に出していた。
画面が切り替わって、小さくて綺麗な機体が映っている。ソ連のとは発想がまるで違う。とにかく小さく作って軽くして、機動性と取り回しを稼ぐ。乱戦じゃ、こういう機体がよく粘る。
「綺麗な機体。でも……ちょっと小さいかな」
その後ろから、「
誰も喋らない。前だけ見て、黙々と機体に乗り込んでいく。その目つきに、ぞっとした。
あの目は、知っている。怒りや恨みを、何年もかけて飲み下して、感情の形が変わっちまった人間の目だ。消えたんじゃない。奥のほうで、ずっとくすぶってる。
「……なんか、嫌な感じですね」
私は呟いた。
「何もなきゃ、いいんですけど」
ラトロフ少佐は、答えなかった。ただモニターを見ていた。何を考えているのか、その横顔からは何も読めなかった。
───
───
───
篠原 SIDE
『試合開始まで───5……4……3……2……1。状況開始』
機体内に、ナレーションの声が静かに響いた。若い女性の声。こういう張り詰めた瞬間には、この落ち着いた声がありがたく感じる。神経が研ぎ澄まされていく中で、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。
「───せっちゃん。体調は、大丈夫か」
俺は前を見たまま、後ろの席に声をかけた。
「……うん。沢山食べてきたから。」
刹那の声は、いつも通り淡々としている。だが、その奥にわずかな緊張が滲んでいるのが、もう俺にはわかる。長いこと同じ機体に乗っていれば、一緒にいれば、声の温度くらいは伝わってくる。
「そう……ならいい。けど、この中で吐くなよ。まじで。掃除する身にもなってくれ」
「───大丈夫。抑えるのは、慣れてる」
慣れてる、か。
その一言に、いつも少しだけ胸の奥がざわつく。慣れなきゃいけなかった、ということだ。けれど今は、それを考えている場合じゃない。俺は意識を切り替えて、目の前の戦域に集中する。
天海・弐型のコクピットには、外を映すモニターはない。代わりに、網膜投影システムが俺の視界そのものに戦場を完璧に映し出している。機体各所の外部モニター映像をコンピューターが統合処理し、まるで自分が空中に浮かんで座っているかのような、日本が世界で初めて導入した全球立体視界映像機能。敵味方の位置、地形、戦域マップ───必要な情報すべてが、視線の動きひとつで呼び出せる。
その視界の中で、回線が一つ、強引に割り込んできた。
『
中華民国軍、大雨試験小隊。その鋭い声に、明確な敵意が乗っていた。その後ろからは
『───私達は、先に行かせてもらうぞッ!!全機着いてこいッ!』
言うが早いか、四機のJ-10が跳躍ユニットを吹かして、俺たちを置き去りにするように前へと飛び出していった。小型軽量のシルエットが、軽快に加速していく。さすがに小回りが効いている。あの機体の身軽さは、BETAとの乱戦になればよく効くだろう。
(……まあ、あいつらなら大丈夫だろうが)
腕は確かだ。それはブリーフィング時の時の映像で見ていてわかっていた。だが、確かに、こんなところで長話している暇はない。
早く、終わらせよう。
「御剣01より、各機!」
俺は声を張った。
「───米帝・ドイツ共々に私達の力を見せつけてやろうじゃないかッ!」
「天海オペレーティングシステム・八咫烏、同期完了。準備、完了です」
後席から、せっちゃんの声が耳に入る。
その一言で、機体の感触がふっと変わった。
───八咫烏俺とせっちゃんの操縦特性を機体が学習し、レバーを動かす前の段階から、四基の跳躍ユニットへ予備指令を送り込む統合制御機構。今この瞬間も、機体は俺の意図を先回りして読もうとしている。手足の延長、なんてものじゃない。もっと深い、自分の思考そのものが機体に溶けていくような感覚。
操縦桿に、手をかける。
「行くぞ───お前たちッ!全機、発進ッ!」
『───了解ッ!』
天海・弐型の跳躍ユニットが、蒼く光った。
四基すべてのノズルが、可変翼機構を展開しながら火を噴く。ロケットエンジンが内部で爆発的に燃焼し、ジェット排気と共に膨大な推力を吐き出す。背中を蹴飛ばされるような加速。俺の機体が、隊列から突出して、前へ、前へと突き進む。
───その速度は音速に到達していた。
『───な!』
前方を行く大雨小隊。その隊長機───
無理もない。自分たちが置き去りにしたはずの機体が、ぐんぐん背後から迫ってきているのだ。あっという間に距離が詰まり、追いつき、そして並ぶ。
普通、戦術機でこんな速度を出す必要はない。
戦術機ってのは、他兵科との共闘や、仲間と連携して周囲を制圧するための兵器だ。単騎で突っ込む兵器じゃない。それに、そもそも速度を出す意味が薄い。マッハ7だ8だという極超音速ミサイルですら、BETAの光線属種には迎撃されてしまう。だから戦術機は、わざわざ音速に到達する必要なんてないんだ。むしろ高速を出せば機体にも衛士にも莫大な負荷がかかる。デメリットだらけ。誰もそんな機体を作ろうとは思わない。
だが、この弐型は違う。
四基の跳躍ユニットと、それを統括する八咫烏。莫大な負担も、悪い燃費も、すべて承知の上で───この機体は、常識の外側の機動を実現するために作られている。
戦域マップを確認する。立体投影された戦場の中で、俺の機体だけが、とんでもない速度で隊列から突出して前進していた。光の尾を引きながら、一機だけが異質な軌跡を描いている。
まるで、たった一人で全員を食らい尽くすかのように。
後席で、刹那が小さく息を吸う気配がした。彼女の演算が、四基のユニットの推力配分を絶え間なく微調整している。俺が描こうとする軌道を、機体が、刹那が、先回りして形にしていく。三人で一つの生き物になったような、奇妙な一体感。
その異様な加速を前にして、大雨小隊が浮足立つのが、回線越しの空気でわかった。
「私達も負けてられないわ!」
雷嵐中尉の声が、苛立ちと闘志を込めて跳ね上がる。
「あんなガキ共に負けないように───私達も行くわよ!!!」
『───了解!』
四機のJ-10が、改めて加速する。小型機特有の鋭い身のこなしで、隊形を組み直しながら前進を再開した。さすがに切り替えが早い。腕も連携も、確かに本物だ。
だが───遅い。
俺はもう、その遥か前を駆けていた。
蒼い光を引きながら、誰よりも早く、戦場の中心へと突き進んでいく。背中に味方を、傍らに刹那を感じながら。
「さあ、見せてやるぞ」
俺は呟いた。
「帝国の───俺たちの戦術機が、どういうものなのかをな」
───
───
───
ダリア・オヴェーチキナ SIDE
模擬戦の舞台はよりにもよって、私たちの故郷だ。
オムスク基地から南東へ五十キロ。かつて人が暮らしていたが、今は誰も住まない廃都。半壊した高層建築が骨組みを晒し、崩れた高架が瓦礫の谷をつくっている。錆と埃の匂いが、モニター越しにも漂ってきそうな───そんな場所だ。遮蔽だらけの三次元市街戦域。視界は通らず、射線はすぐ切れる。ここでは、機体の速さよりも、空間を読む頭のほうが効く。少なくとも、私はそう思っていた。
「あいつら……さっきの試合とは様子が違う……」
彼らの乗るEW-45「ジークルート」は、徹底して機動力を磨いた、軽くて速い機体だ。光線級の照射から高速で逃れることを最優先に設計されている。そのジークルートが握る長刀「ハルバート」。……それは重い一撃ではなく、目にも止まらぬ神速の斬撃になる。舞うように間合いを詰め、瞬きの間に断つ。それが、ドイツの剣鬼だ。
そして、それを率いるカール・ハインツ・ヴァイス大尉。欧州戦線で数えきれぬBETAの群れから、生きて潜り抜けてきた歴戦の英雄だ。ドイツ国民で、その名を知らぬ者はいないという。BETA撃破数も、生還率も、そこらの兵士とは桁が違う。ウォーケンが「個の怪物」なら、ヴァイスは「軍を背負う英雄」。性質は違えど───二人とも、本物だ。
ウォーケンとヴァイス。米独、二人の傑物が、二個小隊で組む。隙のない布陣どころじゃない。対して御剣と大雨は───今日初めて組む、寄せ集めだ。
隣のラトロフ少佐は、相変わらず無言でモニターを見つめている。この複雑な市街戦で、米独の精鋭相手に、どこまで通用するのか。誰もが、それを見極めようとしていた。
───篠原SIDE
発進直後の派手な突出で、敵は度肝は抜いただろうか?だが、ここからが本番だ。ここじゃ亜音速で突っ込めるような直線は、ほとんど存在しない。崩れたビル、瓦礫の谷、折れた高架。遮蔽だらけのこの戦域では、速さは諸刃の剣になる。
俺は機体を低く沈め、半壊した高層ビルの陰に滑り込ませた。網膜投影が、廃都の地図を描き出す。敵は二個小隊、計八機。米国のケイオス、独逸のアドラー。どちらも、第一試合を見るかぎり───いや、見るまでもなく、本物の精鋭だ。
問題は、こっちだ。御剣と大雨は、今日初めて組む寄せ集め。連携なんて、すり合わせる時間もなかった。相手は、ウォーケンと、欧州の英雄ヴァイス。……正直、楽な戦いになるとは、これっぽっちも思っちゃいない。
その大雨小隊の隊長───雷嵐中尉から、回線が入った。さっきまで俺たちに突っかかっていた、あの鋭い声だ。
『大雨01より、御剣01。貴様のことを認めよう。戦術機による、安定した亜音速機動。あれをできるのは精鋭の衛士くらいだろう。……で、寄せ集めの私たちは、どう動く? 指図してみろ帝国』
挑発の皮をかぶった、歩み寄り。腕のいい奴ほど、勝つためには素直になる。
俺は、思わず笑った。
「話が早くて助かる、雷嵐中尉。あんたらのJ-10は小さくて速い。この瓦礫の街じゃ、俺たちの天海より小回りが効く。だから───あんたらが"猟犬"だ。建物を縫って、敵を狩り立てて、開けた場所に誘導してくれ」
『……ほう。で、その先は───』
「俺たち御剣が"槌"だ。天海三機で受け止めて叩く。俺の操縦する弐型は───遊撃を実行する。だが……言っとくぞ、雷嵐中尉。相手はヴァイスだ。欧州の英雄。生半可に追い込めると思うな。下手すりゃ、猟犬のほうが食われるからな」
『───上等だッ!鼠を舐めた英雄が、どんな顔をするか、見せてやる』
威勢はいいな。期待してるぞ雷嵐中尉!
そして、後席のせっちゃんが、静かに口を開いた。いつもと違う、わずかに張り詰めた声で。
「命……ここぞって時に、視るからね」
「ああ。お前の判断に任せる。……無理だけは、すんなよ」
「……うん」
「行くぞ!お前らッ!さっきの会話は聞いてたな?今日は、楽じゃない。気を抜いた奴から、落とされるからなッ!」
八つの刃が、廃都の影の中へ、静かに沈んでいった。
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