歴史年表 1974〜1982年
1974年
米国——BETAの二次侵攻を阻止
7月6日未明、カナダ・アサバスカ州に落着したBETA着陸ユニットを探知した米軍は、ユーラシア大陸での初動対応失敗を教訓に、躊躇なく戦略核の集中運用を決断した。着陸ユニットはBETA地表展開前に殲滅され、北米大陸はBETAの直接侵攻を免れることに成功した。
しかしその代償は甚大であった。カナダ国土の約50%が放射性物質に汚染され、人間の居住不可能な環境となった。カナダ政府はこの決定に対して激しく抗議したが、バンクーバー協定(後述・1979年)が締結されるまでの間、米国は一切の補償交渉に応じなかった。この問題は自由国家機構内部における深刻な政治的亀裂の一因となる。
米国——F-4戦術機を配備開始
正式名称【F-4ファントム】。1967年に開始されたNCAF-X計画の集大成として完成した人類初の量産型戦術歩行戦闘機であり、本格的な対BETA地上兵器として自由国家機構全体に急速普及した。
同時に以下の補助兵装が制式採用された。
CIWS-1(近接戦用短刀:後にCIWS-1Aと改称)
CIWS-2(近接戦用長刀:後にCIWS-2Aと改称)
WS-16A(突撃砲:105mm滑腔砲/20mm機関砲複合)
F-4ファントムは自由国家機構諸国のみならず、3頭連合・ソ連・アフリカ独立諸国・中東・オセアニア諸国にも広く輸出された。多数の派生型を生んだF-4シリーズは第2・第3世代機が配備された後も長く主力機として前線に立ち続けることになる。
【補足:F-4の輸出先にソ連が含まれているが、これは後のMiG-21「バラライカ」がF-4のライセンス生産改修型であることと整合する。ただし米ソ間の政治的緊張を踏まえ、輸出は「自由国家機構経由の間接供与」という形式がとられた】
日本——74式戦術機を配備開始
正式名称【74式戦術歩行戦闘機「
同時に以下の補助兵装が制式採用された。
CDCS-1「六五式近接戦闘短刀」65式多目的切削刀の戦術機用発展型。スーパーカーボン製刀身。
CDCS-2「七四式近接戦闘長刀」大型刀。
Tp-74A「七四式複合突撃砲」105mm滑腔砲と20mm機関砲を一体化した複合兵装。正式呼称は「七四式複合突撃砲」。
閃光は大東亜共栄圏のみならず、南アジア・東南アジア・西アジア・中東・欧州諸国にも輸出された。多くの派生型を生んだ七四式シリーズは第2・第3世代機配備後も長く主力機として運用され続ける。
独逸―――EW-37戦術機を配備開始
正式名称【EW-37「ティール(Tyr)」】。KAMPFLÄUFER-X計画およびAKE計画の集大成として完成した大ゲルマン帝国初の量産型戦術機。北欧神話の軍神テュールに因んだ名称が与えられた。統一条約全域に急速普及した。
同時に以下の補助兵装が制式採用された。
NKM-37A「37式近接戦闘短剣・
NKS-37A「37式近接戦闘長剣・
MK-37A「37式機関砲」——25mm機関砲。
SK-37A「37式突撃砲」——90mm滑腔砲。
EW-37は統一条約諸国のみならず各欧州諸国にも輸出された。
米国―――サイン計画発動
アサバスカで核攻撃により破壊されたBETA着陸ユニットの残骸がロスアラモス国立研究所に搬入された。ウィリアム・グレイ博士指揮のもと、敵性技術の系統的分析が開始される。解析の過程で人類が未発見の元素が多数発見され、軍事・科学両面での転用研究の対象となった。これらの元素群は発見者であるグレイ博士のイニシャルから「G元素」と総称される。G元素の研究は後に米国の対BETA戦略に根本的な変革をもたらすことになる。
米国——戦略防衛構想(SDI)発表。日本・独逸も参加
BETAの地球直接侵攻に強い危機感を抱いた米国は、戦略防衛構想(Strategic Defense Initiative)を発表した。
その主眼は、宇宙空間においてBETAの着陸ユニットを早期に迎撃する軌道防衛体制の構築である。BETAの光線属種の攻撃が人工衛星・軌道ステーション・宇宙往還機には及ばないという観測事実をもとに、衛星軌道上に前哨線を設置し、それまで各勢力が個別に行っていた空間迎撃・軌道迎撃・高々度迎撃・地表攻撃を統合的に運用する盤石の防衛ネットワークを構築することが提唱された。
日本・独逸も本構想への参加を表明。1968年のゲルマニア会談以降に形成された三極協調体制の実質的な強化として機能することとなった。
独逸―――H:02 マシュハドハイヴ発見を公表
独逸の衛星偵察によって、旧イラン領マシュハドに略什(H:01)と同様の地表構造物が確認された。さらなる詳細調査によって門(ゲート)・地下茎構造(スタヴ)等が確認されたことからH:02 マシュハドハイヴと命名され、これを機に略什の構造物にもH:01の正式呼称が与えられた。
この発見と同時期に、着陸ユニットの宇宙迎撃システム構想が進行するなかでハイヴが分化するという衝撃の事実が判明した。単一の拠点を叩けば終わるという楽観論は完全に崩壊し、対BETA戦略は根本から見直しを迫られた。
1975年
BETA―――H:03 ウラリスクハイヴ建設開始
H・01から黒海沿岸を北上したBETA群がカザフスタンに侵入。ウラリスクにハイヴの建設が開始される。BETAの進行軸がユーラシア西部・北部へと向かっていることが明確となり、中東・欧州諸国に深刻な緊張が走った。
米国―――HI-MAERF計画発動
G元素研究の発展を受け、米国がHI-MAERF計画を発動。抗重力・反物質応用を含む次世代エネルギー兵器の基礎研究を開始した。この計画は後にムアコック・レヒテ機関の開発へと直結する。
6月21日——独逸、BETAの三次侵攻を阻止
未明に東アフリカ国家弁務官区・ミクミに落着したBETA着陸ユニットに対し、独逸軍は事前通告なしに戦略核の集中運用を実施しその殲滅に成功。アフリカ大陸へのBETA直接侵攻を阻止した。しかし事前通告なしの戦術核使用は国際的な激しい批判を招いた。東アフリカ国家弁務官区の約30%が放射性物質に汚染され居住不能となったほか、アフリカ解放戦線はこれを「植民地住民を核で汚染した虐殺行為」と強く非難し軍を動員。独逸アフリカ植民地各地で反乱が相次いで発生した。
【補足:米国のアサバスカ核使用(1974年)も事前通告なしで行われたが、カナダは自由国家機構加盟国であったためにアフリカほど激しい国際批判を受けなかった。この非対称な反応は植民地支配に対する国際世論の文脈で理解される必要がある】
対宇宙全周防衛拠点兵器群―――建設開始
戦略防衛構想(SDI)の実施段階として、米・日・独の三極が協調し対宇宙全周防衛拠点兵器群の建設を開始。軌道ステーションへの迎撃兵器搭載、高高度レーダー網の整備、軌道エレベーター防衛施設の建設などが並行して進められた。
ソ連―――MiG-21「バラライカ」戦術機を配備開始
ソ連はF-4ファントムのライセンス生産を開始し、自国の作戦環境に最適化した独自改修を施したMiG-21「バラライカ(Балалайка)」を完成させ、実戦配備を開始した。
MiG-21バラライカは「F-4の劣化版」ではなく「ソ連固有の戦場環境に特化した実用機」として評価された。
【系譜注記:MiG-21バラライカ(第1世代改修型・1975年)→MiG-23(第1.5世代・1980年)→MiG-27アリゲートル(第2世代・1982〜1983年)という開発系譜となる】
中華民国―――J-8戦術機を配備開始
中華民国軍は日本から供与された74式閃光をベースに独自改修を施した殲撃8型(J-8)を開発し、部隊配備を開始した。大陸特有の広大な平原での長距離哨戒任務に対応するため、センサー類の強化と燃料搭載量の増加が行われている。
1976年
BETA―――ユーラシア大陸を北進。H:04 ヴェリスクハイヴ・H:05 モスクワハイヴ建設開始
H:01から西進したBETA群は黒海沿岸を勢力下に収めた後に北進。ソ連領ヴェリスク、そしてモスコーヴィエン国家弁務官区が管轄するモスクワにハイヴの建設が相次いで開始された。
モスクワへのハイヴ建設は三極陣営に深刻な衝撃を与えた。モスコーヴィエンはドイツの支配下にあったが、モスクワという都市の象徴的・地政学的重要性は計り知れない。独逸は東欧防衛のための戦力投入を余儀なくされ、これが欧州全体の戦力配分に深刻な影響を及ぼすこととなった。
独逸―――標識計画発動
東アフリカ国家弁務官区・ミクミの核攻撃現場から回収されたBETA着陸ユニットの残骸がゲルマニア第一研究廠に搬入された。カール=ハインリヒ・フォルスター博士指揮のもと、米国のサイン計画と並行する形で敵性技術の系統的研究が開始された。
解析過程で人類未発見の元素群が発見され、発見者フォルスター博士のイニシャルから「F元素」と総称される。独逸はこの時点でアメリカのG元素研究の存在を情報機関を通じて察知しており、競争的優位を確保するために膨大な資金を本計画に投入した。
米国―――F-5戦術機の輸出開始
F-4ファントムより小型・軽量・廉価なF-5が輸出用戦術機として開発され、自由国家機構非加盟の友好国・中立国への供与が開始された。戦術機を持てない中小国家への普及を通じて自由国家機構の影響力拡大を図る政治的意図も持っていた。
独逸―――EW-39「ハインケル」戦術機配備開始
正式名称【EW-39「ハインケル(Heinkel)」】。モスクワへのハイヴ建設確認を受け、欧州戦線の急激な悪化に対応するため緊急開発・前倒し配備された機体である。開発を主導したメッサーシュミット=ハインケル社の名を冠した。
EW-37ティールと比較して小型・軽装甲の設計を採用し、その分だけ機動性と最高速度を大幅に向上させた。光線属種の照射から逃れるための高速回避能力が重視されており、生存率の大幅な改善が報告された。量産性に優れたその設計は多数の派生型を生み、欧州各国軍で広く運用されることになる。
【EW系譜注記:EW-37ティール(第1世代・1974年)→EW-39ハインケル(第1世代改修発展型・1976年)→EW-40ヴォルスング(第2世代試作先行型・1977年)→EW-45ジークルート(第2世代正式量産型・1982年)という開発系譜となる】
日本―――76式戦術機「潮騒」輸出開始
中華民国や東南アジア諸国では戦術機の絶対数不足が深刻な問題となっていた。日本は生産性の高い練習用戦術機「八雲(やくも)」(帝国航空宇宙軍の標準練習機)をベースに実戦改修を施した76式戦術歩行戦闘機「潮騒(しおさい)」を開発し、大東亜共栄圏加盟国への輸出を開始した。
74式閃光と比較して製造コストが大幅に低く、軽量かつ整備性に優れた本機は共栄圏加盟国から高い評価を受けた。一方で装甲と火力は閃光に劣るため、主に後方・沿岸・拠点防衛任務に充てられることが多かった。
イタリア——F-4AM「ファルコ」配備開始
F-4ファントムの基本骨格を流用しながら、市街地・山岳地形・地中海沿岸部での近接戦闘に特化した抜本的再設計が行われたF-4AM「ファルコ(Falco:鷹)」が開発・配備された。
日伊同盟(1966年の大東亜共栄圏と3頭連合の協定)に基づく技術情報の部分共有が本機の開発を後押しした側面もある。F-4AMは3頭連合諸国のみならず中東・北アフリカにも輸出され、欧州南部〜地中海圏における標準的な近接戦闘機としての地位を確立した。
1977年
BETA―――ウラル山脈に到達。H:06 クラスノヴィシェルスクハイヴ建造開始。
ウラル山脈南端に達したH:01のBETA群がソ連領に深く侵攻。国家弁務官区北西部までを支配下に置き、H:06 クラスノヴィシェルスクハイヴの建設を開始した。ウラル山脈という自然の防壁を超えたBETAの進撃は欧州諸国に「次は我々の番だ」という現実的な恐怖をもたらした。
世界各国——オルタネイティヴ計画誘致の動き
オルタネイティヴ第三計画(オルタネイティヴ3)も決定的な成果には至らず、国力を残している一部の国は他国に対BETA戦略のイニシアティブを握られることを嫌い、次期オルタネイティヴ計画の誘致に向けた基礎研究への大規模な予算配分を開始した。米国はBETA由来技術(G元素研究・サイン計画・HI-MAERF計画)を精力的に推進しており、オルタネイティヴ計画の主導権争いで優位に立ちつつあった。
独逸もF元素研究(標識計画)を通じてBETA由来技術の解析を続けてはいたが、欧州戦線が直接的な脅威にさらされており、軍事費・前線戦力の維持に国力の大部分が割かれていた。このため純粋な研究投資ではアメリカに後れをとっていた。
世界各地―――対BETA陽動効果の実証実験を開始
オルタネイティヴ3で得られたBETAに対する陽動効果の有効性を検証するため、ユーラシア各地で追試を兼ねた実戦規模の戦闘が展開された。結果として以降の対BETA戦略の根幹をなすBETAの戦術情報伝播モデルの推定に至ったが、実験中の戦闘は8割方が人類側の敗北に終わっており、その情報は莫大な血によって贖われた。
米国―――A-6攻撃機配備開始
戦術機とは異なる運用概念として開発されたA-6(正式名称:A-6「イントルーダー」)が配備開始された。長距離精密爆撃と対ハイヴ支援攻撃を主任務とし、戦術機部隊の突入前の火力準備に投入された。
独逸——世界初の第2世代戦術機「EW-40ヴォルスング」を配備開始
正式名称【EW-40「ヴォルスング(Völsung)」】。北欧神話の英雄王族ヴォルスング家に因んだ名称。
BETAによる欧州侵攻の拡大を前に、独逸は実証データをほとんど得られていない段階での先行配備を決断した。高重量・高火力を設計思想の核心に据え、少数機体で大量のBETAを正面から殲滅することを目標とした機体である。
【第2世代先行型としての位置づけ】EW-40は「完成された第2世代機」というより「第1.5世代的な技術で急造した第2世代先行型」という性格が強い。実証データ不足のまま配備されたため信頼性の問題も多く、後に開発されるEW-45「ジークルート」(正式量産第2世代機・1982年)への技術蓄積と教訓を提供する橋渡し的な存在となった。
【補足:「世界初の第2世代配備」は1977年のEW-40であり、正式な量産第2世代6機種が出揃うのが1982年という整理になる。EW-45ジークルートはEW-40の実戦データと改良成果を反映した「完成形」として理解されたい】
日本——77式攻撃機「海神」配備開始
正式名称【77式強襲歩行攻撃機「海神(わだつみ)」】。アメリカのA-6イントルーダーを参考に、大東亜共栄圏の海洋戦略に特化した形で開発された。
本機の特徴は変形機構を持つことであり、潜水母艦からの海中発進・沿岸強襲上陸という独自の作戦様式に対応している。母艦となる「天津風(あまつかぜ)」級中型潜水艦が同時に配備開始され、後に大東亜共栄圏諸国でライセンス生産が行われるようになった。
独逸——「EW-41ドナー」攻撃機配備
正式名称【EW-41「ドナー(Donner)」】。北欧神話の雷神トールの別名に因んだ名称。
EW-40ヴォルスングと並行して開発された拠点防衛・火力支援特化型の戦術機。機動性を大幅に犠牲にした代わりに携行火力と装甲を極限まで高めており、ハイヴ周辺での陣地防衛や大規模BETA群の足止めを主任務とする。前線の盾として配置され、軽量型のEW-39ハインケルとの役割分担(重厚な防衛ラインの形成)が期待された。
1978年
欧州―――パレオロゴス作戦・ヴォルフデータ入手
パレオロゴス作戦は、統一条約軍・自由国家機構軍・3頭連合軍によるモスクワハイヴ(H:05)攻略作戦であり、三極協調体制発足以来最大規模の共同軍事作戦であった。
約2ヶ月に及ぶ多方面陽動の末、帝国陸軍第43戦術機甲師団・第666独立戦術機連隊「ヴォルフ・スルーデル」をモスクワハイヴ地下茎構造への突入に成功させた。連隊は突入の数時間後に全滅し攻略作戦そのものは失敗に終わったが、全滅までの間に連隊が記録・送信したハイヴ内部の地下茎構造観測データ「ヴォルフ・データ」―――は以降の戦術機開発・衛士練成・ハイヴ攻略ドクトリンに決定的な指針を与えることになった。
【補足:ヴォルフ連隊を送り込んだのが独逸帝国陸軍部隊である点は、1963年のドイツ内戦・1965年以降のゲーリング体制という文脈で重要な意味を持つ。内戦で消耗した独逸が、わずか15年で三極共同作戦の突入部隊を担えるほどに再建されていたことを示している】
BETA——ユーラシア北西部を部分制圧。
パレオロゴス作戦の直後からBETAの大規模反攻が始まった。前作戦で消耗した欧州戦線は全面的に瓦解し、モスコーヴィエン国家弁務官区が崩壊。戦場はオストラント国家弁務官区へと移った。
中東——第一次聖戦連合軍結成
BETAの侵攻圧力に対抗するため、中東諸国はスンニ・シーア・その他の宗派の枠を超えて聖戦(ジハード)を宣言し、第一次聖戦連合軍を結成。一斉反攻作戦によって一時的に戦線の押し上げに成功した。独逸はエネルギー資源の大部分を中東の石油に依存していたため積極的に本連合を支援。イタリア率いる地中海諸国も地理的・政治的利害から支援に参加した。
日本―――第1世代ESP能力者を作成
大日本帝国は1968年に採択されたオルタネイティヴ3予備計画の一環として、第1世代ESP能力者の人工的作成に成功した。
ESP能力者は、対象の思考を直接読み取る「リーディング」と、言語を介さずにイメージ・概念を投射する「プロジェクション」の能力を持つ。BETAとの直接思考交信によるコミュニケーション確立、もしくは停戦交渉の糸口を掴むことが本計画の究極目標であった。
第1世代能力者はESP素質保有者同士の人工授精・遺伝子操作・人工培養によって作成された。能力の安定性・強度ともに試験的な水準にとどまっており、実用化には更なる世代の改良が必要とされた。この計画の詳細は帝国の最高機密として管理されている。
米国―――A-10A攻撃機配備
正式名称A-10A「サンダーボルトⅡ」。A-6の後継として開発された対地攻撃特化型戦術支援機。大口径ガトリング砲を主兵装とし、重装甲BETA群への水平射撃制圧を主任務とする。戦術機部隊の前面制圧支援として前線各地に配備された。
1979年
米国―――ムアコック・レヒテ機関の臨界実験成功
HI-MAERF計画において、カールス・ムアコック博士とリストマッティ・レヒテ博士の共同実験が成功し、抗重力機関(ムアコック・レヒテ機関)の製造技術が確立された。これは人類の物理学・エネルギー工学における革命的成果であり、G元素の特異な物理特性が抗重力場生成に応用できることが実証された。
米国——G元素応用兵器の基礎研究開始
ムアコック・レヒテ機関の開発過程で理論化された新型爆弾G弾——の概念は、BETAに対して在来の核兵器とは根本的に異なる「重力場による物理的破壊」を与えうる兵器として、米国の基本戦略に強い影響を与えた。米国は莫大な予算を投じ研究と実験を推し進めていった。
日本―――教育基本法改正
BETAの地球侵攻が長期化し、戦線が拡大し続ける中で、大日本帝国は将来にわたる国土防衛能力と対外抑止力の持続的強化を国家目標として掲げ、教育制度の全面的再編を実施した。
改正の主眼は優秀な戦術機衛士の育成と国民全体の資質向上に置かれた。全国の教育機関において衛士適性発掘体制が整備されるとともに、技術・科学・医療分野における高度専門教育制度の拡充が推進された。
米国―――サンタフェ計画発動
HI-MAERF計画の参加研究者より、「ML理論に基づく戦略的破壊兵器に関する覚書」が大統領に極秘裏に提出された。ムアコック・レヒテ機関を単純な臨界超過反応兵器として応用する別計画―――サンタフェ計画が同年にスタートした。G弾開発の核心を担うこの計画は、最高機密指定のもとで進められることになる。
バンクーバー協定―――発効
統括のない各国個別の対BETA戦闘がBETA支配域の急拡大を招いているとの認識が三極陣営間で共有され、バンクーバー協定が締結・発効した。
主要内容は以下の通りである。
- ハイヴ攻略作戦をはじめとした大規模対BETA作戦は大日本帝国・大ゲルマン帝国・アメリカ合衆国の主導のもとで実施される
- 各陣営加盟国及び他国家の対BETA交戦権は自衛権および集団的自衛権の行使に限定される
- 作戦で得られた鹵獲品・技術資料は各陣営盟主の管理下に置かれる
- 協定違反国には段階的な経済制裁が科されることが定められた
この厳しい制裁規定により、反対する国はほとんどなかった。バンクーバー協定は三極陣営間によるBETA対処の国際的枠組みを正式に制度化するものであり、以後の対BETA戦争の政治的・軍事的な基本秩序となった。
【補足:バンクーバー協定は1973年の宇滅作戦における日本の単独行動の失敗を直接の教訓として設計されている。日本が協定の主導国の一つに名を連ねていることは、失敗の当事者が自らその反省を制度化したという政治的含意を持つ】
1980年
独逸―――欧州統一政策・次世代戦術機開発計画を承認
欧州戦線の長期化と加盟各国の戦力の疲弊を受け、独逸は帝国領および各国家弁務官区・友好協力国との軍事技術統合政策を推進することを決定した。
1980年、帝国軍需省および帝国陸軍統合総司令部はECTSF(Europäisches Combat Tactical Surface Fighter:欧州統合戦術機計画)を正式承認した。本計画の目的は以下の通りである。
- 欧州全域における戦術機規格の統一
- 整備・兵站負担の軽減と補給線の単純化
- 衛士戦力の均質化と相互運用性の向上
開発の中核は帝国本国工業圏(メッサーシュミット=ハインケル社・クルップ重工)が担い、各国家弁務官区は部品生産・試験運用・研究補助を担当。1985年の制式採用を目標として研究開発が進められた。
【この計画の成果がEW-45「ジークルート」(1982年正式採用)の先行試験型と位置づけられる。ECTSF計画は当初1985年目標だったが、BETAの欧州侵攻の加速を受けて3年前倒しで正式採用が決定された】
ソ連―――MiG-23戦術機配備開始
MiG-21バラライカの実戦データをもとに、ミコヤン=グレヴィッチ設計局が開発したMiG-23がソ連軍に配備開始された。バラライカのF-4系技術基盤を継承しながら、跳躍ユニットの出力向上・センサー統合・兵装搭載能力の拡大が図られている。
第2世代機であるMiG-27アリゲートルの開発が並行して進んでいたが、MiG-27の生産数が極めて限定的であるため、MiG-23はソ連の実質的な主力機として当面機能し続けることになる。
米国―――LWTSF計画始動
近接戦用戦術機技術研究の一環として、軽量・小型・高機動の機体技術実証試験が開始された。ゼネラルダイノミクス社とノースロック社の二社がそれぞれ概念実証機YF-16・YF-17を開発。当初は制式化の予定なしとされたが、後にHi-Low-Mix構想の出現を受けて実戦機開発計画へと昇格する。
1981年
BETA―――北欧圏侵攻の阻止に成功。前線が押し上げられる
欧州北部への侵攻を試みたBETA群に対して独逸軍・北欧連合軍が効果的な防衛作戦を展開し、北欧圏への直接侵攻を阻止することに成功した。この成功は欧州市民に久しぶりの心理的安堵をもたらしたが、前線の安定は局地的・一時的なものにすぎず、BETA全体の勢力減衰にはほど遠かった。
SHADOW―――部分運用開始
戦略防衛構想(SDI)の実施段階として建設が進められてきた対宇宙全周防衛拠点兵器群SHADOWが部分的な運用を開始した。軌道迎撃システムの一部が稼働状態に入り、着陸ユニットの早期探知・迎撃能力が格段に向上した。
米国―――ATDP計画始動
米国防総省高等研究計画庁(DARPA)・陸軍・NASAによる、第3世代戦術機技術を模索・確立するための先導技術実験機計画(ATDP:Advanced Technology Demonstrator Program)が始動した。既存機のパーツを流用することで低コスト化と早期実行を図り、実験機X-29が製造された。
日本―――次期戦術機先導技術開発計画始動
帝国技術庁・陸軍・帝国航空技術研究所による第3世代戦術機技術の確立を目的とした先導技術実証計画が始動。開発期間短縮と低コスト化のため既存戦術機の部品・システムを流用した実証機技研1号機「神鳳」が開発された。神鳳で得られた技術成果は次期主力戦術機計画へと継承される。
1982年
欧州要塞化計画―――爆発的速度で進行
BETAによる欧州侵攻の現実的脅威に直面した大ゲルマン帝国は、欧州各国との協議のもと大規模要塞化計画を決定・推進した。欧州各国が資金と労働力を提供し、戦略的要衝各地に大規模恒久要塞が建造・運用される体制が整えられた。
アメリカも欧州が陥落した場合に大西洋方面からのBETAの脅威が及ぶ可能性を深刻に懸念し、資金提供・技術支援に参加した。この協力は自由国家機構と統一条約の関係を、形式的な三極体制を超えた実質的な安全保障共同体へと近づけるものであった。
日本―――82式戦術機「天海」配備開始・74式改を加盟国に配備開始
正式名称【82式戦術歩行戦闘機「天海(あまみ)」】。甲型機動兵装開発計画・次世代先導技術開発計画の集大成として完成した日本初の正式量産第2世代戦術機。
同時に74式閃光の改修版である74式改(74式戦術歩行戦闘機改「閃光改」)の大東亜共栄圏加盟国での生産・配備が開始された。旧型機の刷新が困難な加盟国への技術移転・ライセンス生産支援も合わせて推進された。
米国——F-14「トムキャット」戦術機配備開始
正式名称【F-14「トムキャット」】。LWTSF計画から発展した第2世代戦術機として完成。高い機動性と先進的な制御演算システムを特徴とし、第2世代機の技術的基準を示す機体として世界的に注目を集めた。
1度書いたものをAIに任せ、わかりやすくしたやつです。専門的な軍事知識・政治知識等持ち合わせてないので、矛盾点やおかしい所が多々あります。改定案等あったらぜひぜひコメントや誤字修正等々お願いします。
2026.6.4.22.05修正