Muvluv The New Order   作:不凍港

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贖罪

「三四式戦術歩行戦闘機《閃光(せんこう)》」

と室田は言った

 

喀什落着(地球侵攻)の報を受けて、元々月面に投入されていた【甲型零号機】*1三ヶ月で地球転用改修を完了しました。本来三年かかる作業です」

 

「三年かかるものを……三ヶ月で?」

橘は機体を見上げながら言った。

「……どこかに無理が出ているだろう?それどころかまず動くのか?」

「一応動くことはできますが……やはり無理は出ています」室田は即答した。

「まず補正制御装置が未実装です。跳躍ユニットの出力が足りず、水平噴射飛行はできません。垂直と斜めの断続機動のみ。現場では『蛙跳び』と呼んでいます。関節部の制御精度も荒削りで、習熟した操縦者でなければ基本機動すら危険な状況です」

 

こいつは何を言ってるんだ?

 

「お前はこいつに「乗れ」って言うのか?」

「はい。」

 

「……なぜなんだ?」

室田は少し間を置いた。

 

「少佐は《疾風》のテストパイロットでした。機体が限界に近づいたときの兆候を身体で知っている。補正制御のないこの機体を、最初に乗るべき人間は、機体の悲鳴を聴ける人間でなければならないと思いました。そして前線から戻ってきているのはあなただけです。」

 

橘は機体を見上げ続けた。

 

人型兵器、という発想は奇妙だった。戦前に誰かがそんな兵器を提案したら笑われただろう。しかし月面で、元々宇宙作業用の大型機動ユニットがBETAと戦い、データを残した。そしてあの日——BETAによって空が奪われた日―――航空戦力という概念そのものが終わってしまった。

 

「光線級は飛翔物を優先的に狙う傾向がある。」

橘は言った。

「低空を戦闘機のように複雑に動き、遮蔽物に隠れながら前線を上げることができるのなら、この兵器は……人類の寿命を伸ばせるかもしれない……か。」

「―――はい。」

「こいつをBETAの群れの中に突っ込ませ、そこから戦車や、砲弾をぶち込む……」

「―――だからこそ、装甲と継戦能力が必要です。この機体の最大の強みは骨格の余剰強度です。設計値の150から170%。元々宇宙用として作られた骨格の正直さ。―――ですが、それでも限界に近づけばきちんと悲鳴を上げます」

 

橘は機体の足元まで歩き、見上げた。近くで見ると、その大きさが別物になる。頭部センサーが、橘を見下ろしていた。

 

「こいつの悲鳴を聴けばいいんだな?」

橘は言った。

「―――はい。お願いします。」

 

橘は室田を見た。

「乗る」

と橘は言った。室田が、初めて笑った。

 

昭和四十八年十一月 東京湾沖・訓練空母「千歳」甲板上

荒天だった。

 

11月の東京湾は風が強い。その日の波は3メートルを超えていた。空母の甲板が大きく揺れる。そんな条件の下で、艦上着艦試験は強行された。

 

「なぜ今日やるんだ」

橘は抗議した。

 

「政治的な理由です」

室田は言った。顔が蒼かった。

「参謀本部が実証データを求めています。予算会議が来週にあるからです。」

 

「人を殺す理由にはならないだろ」

「……わかっています。しかし命令なのです」

コクピットの中で、橘は怒りを噛み殺した。怒りを出力に変換する技術(スキル)を、テストパイロット時代に覚えていた。感情を燃料にして、冷静さを保つ。そして、今日の試験には、自分以外にもう一機が参加していた。浜田誠一中尉。26歳。橘の教え子のひとりで、宇宙統合軍の生き残りパイロットの下で訓練を積み、閃光の操縦を最も早く習得した若者だった。

 

「―――浜田」

橘は左右にある操縦桿のすぐ近くにある通信機に手を伸ばした。

「今日はやりすぎるなよ。まだ補正制御装置はないんだ、波に弾かれたら手動で立て直す余裕はないからな?」

『了解です、少佐』

浜田の声は若かった。そして緊張と興奮が混ざっていた。

『でも、僕は大丈夫ですよ。昨日も同じ機動を地上でやってみましたし』

「地上と海の上は全然違う。」

『わかってますよ少佐。気をつけます』

 

橘は先に着艦した。波を読みながら、スロットルを細かく調整する。補正制御のない機体は、予測外の動きをする。しかし橘は機体の悲鳴を知っていた。傾き始めの、あの微妙な振動パターン。それを感じた瞬間に手動修正を入れる。橘の艦上着艦は成功した。

 

次は浜田だった。

橘は機体から出て、甲板の端から浜田機を見守った。接近してくる。姿勢は悪くない。速度も適切だ。だが——

 

波が来た。

 

3mではなかった。観測の外から来た大波が、空母の艦首を持ち上げた。甲板が傾く。着艦寸前だった浜田機が、傾いた甲板に接触した瞬間、横転した。

 

橘は走った。

意味はなかった。間に合う距離ではなかった。走りながら、橘は機体が甲板から滑り落ちていくのを見た。海面に激突する轟音。それから聞こえる静寂。

 

冬の海は暗かった。

 

引き上げられた機体のコクピットを開けたとき、中には誰もいなかった。正確には——もう、人と呼べるものはなかった。室田が橘の隣に来た。二人は海を見た。

 

激しい雨が体を突きつける。長い沈黙の後、室田が言った。

 

「間に合わせます」

声が震えていた。眼鏡の奥が赤かった。

 

「補正制御装置を。必ず。こんな死に方が、二度と繰り返されないように」

橘は何も言わなかった。ただ、その言葉を聴いた。

 

その日から、「生きて帰れ。」が橘の言葉になった。誰かに言い聞かせるためではなく、自分に言い聞かせるために。あの日、荒れた海の上で、自分は何もできなかった。二度とそういう日を繰り返さないために

 

―――いや、繰り返すとわかっていても―――せめて言い続けるために。

 

生きて帰れ。

 

生きて帰れ。

 

生きて……帰れ。

 

昭和五十年四月 甘粛省・酒泉基地

*1
1967年この世界の超大国の日・独・米は、独自の対BETA宇宙兵器開発計画を進行していた。米が成果を挙げたFP兵器の情報をゲットした日本・独逸は各自の大型MMUをベースに《新概念全領域戦闘機》とも呼べる新兵器を開発した。【甲型機動兵装開発計画】を発足させた日本は概念実証機【甲型零号機】を開発した

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