世の中には、倫理観のネジが外れた悪党が一定数いることくらい知っていたけれど、まさかここまで悪質なシチュエーションが私の身に降りかかってくるとは思わなかった。
「各地方の有名人を模した恋愛シチュエーションゲーム……? なんですか、この、見るからにアングラな代物は」
職場の友人から「なんか面白いもの手に入ったからあげる」と押し付けられたUSBメモリを、私は自室でパソコンに読み込ませながら盛大に顔を顰めていた。
ダークウェブや裏ルートで高値で取引されているという違法ゲーム。
画面に表示されたタイトル画面には、どう見ても各地方のチャンピオンやジムリーダー、博士にアイドルに有名配信者、果てには俳優やアイドルたちの容姿がそのまんま描かれている。
名前の文字を少しだけ変えたり、髪型を僅かにアレンジしたりして言い訳の余地を残しているのが余計に小賢しい。明らかに出演者に許可なんて取っていないだろう。
「犯罪の片棒を担ぐのも嫌ですし、さっさと初期化してゴミ箱にポイですね」
そう呟いてマウスを握り直したものの、私の指先はなぜか『ゲーム開始』のボタンの上でピタリと止まってしまった。
……ほんの少しだけ。本当にただの怖いもの見たさ。一人の誠実な人間として、こういう違法なコンテンツがどんな実態を持っているのか、社会勉強のためにほんの数分だけ覗いてやる。そう自分に言い聞かして、私は画面をクリックした。……して、しまった。
ゲームが始まると、まずはプレイする『地方』の選択画面が表示された。ガラル、シンオウ、ホウエン、イッシュ。どうやら選択した地方によってストーリーや攻略ルートが丸ごと変わるらしい。
私が迷わず『ガラル地方編』を選択すると、次に驚くべき画面が表示された。
「……ふむ。誰を主人公にするか選ぶ……?」
なんと、その地方に実在する人物を模したキャラクターが百人近くリストアップされており、その中から一人を『プレイヤー』として選択できるシステムになっていた。選んだ主人公によって、周囲のヒロインの反応や、攻略難易度、出てくる選択肢までがガラリと変化するらしい。なんて無駄に手の込んだシステムだ。
呆れながらスクロールしていくと、メジャーからマイナーに至るジムリーダーや歴代チャンピオンのデータに混ざって、画面の端に見覚えがありすぎるグラフィックが表示された。
「……ちょっ、待って下さい!なんで私がいるんですか!?」
思わず椅子から立ち上がりそうになった。銀髪ロングで、ドクターコートを羽織って、本当にちょっとだけ小さな背丈で、相棒枠がゲンガー。……これって完全に私ですよね?
確かに、一部の界隈ではそれなりに名が売れてると自負してますが、世間一般から見れば、テレビに出るようなジムリーダーやモデルと違ってそこまで有名人というわけでもない。それなのに、小綺麗なドクターコートを着た私のソックリさんが、しっかりと百人の中にラインナップされている。名前は『レイラ』。完全に私でしょう。
誰がここまでニッチな層の需要の為に、私のデータを違法に起こしたのかと呆れが湧いてきたけれど、同時に妙な対抗心がメラメラと燃え上がってきた。
「いいでしょう。そこまで私を馬鹿にする気なら、このクソゲーの底を暴いてやりますよ」
私はカチリと自分のキャラクターを選択し、ゲームの幕を開けさせた。
ゲームが始まって数分、私はさっそく激しい怒りに震えることになった。画面の中の『レイラ』のセリフがいちいち鼻につくのだ。私のソックリさんのくせに、何か話すたびに頬を赤らめてツンツンとしたり、素直になれずにそっぽを向いたりする。
「な、何これ! 私の選択肢が全部ツンデレ気味ってどういうことなんですか!? 私はこんなテンプレみたいな性格してないし、こんなに面倒くさくありません! 」
画面に向かってキレ散らかしながら進めていると、物語の舞台であるスクールの裏庭に、問題の2人が現れた。
ワンパチスマイルでオレンジ色の明るい髪をした『ソニエ』と、スタイルの良い色黒の『ルーナ』だ。
このゲームを何回かプレイして分かったけど、私がプレイヤーだと基本仕様として、ソニエとルーナが常に2人セットで現れるようになっている。
「あー、もう! なんで私がソニア先輩と2人きりで甘い雰囲気を作って楽しもうとしてるのに、一言目にはこの女もついてくるんですか!?邪魔! 画面の端に映り込むだけでもイライラします!」
ルリナへの愚痴を叩きつけながら、私はとにかくソニアさんを攻略するために必死に選択肢を選び続けた。画面のソニアさんは、少しギャルっぽくて面倒見が良くて、本物そっくりで可愛い。もちろん、まだまだ再現性が甘いところもありますが、まあ及第点でしょう。
途中で、画面が暗転して『夜の研究所で2人きり……』というイベントが発生すると、ソニアさんが少しはだけた服装で、恥ずかしそうにこちらを見つめてくるサービスシーンが画面いっぱいに広がりました。
「……っっ!?」
私は狂ったようにキーボードのスクリーンショット機能を連打した。カシャカシャカシャカシャと、保存を告げるシステム音が部屋に鳴り響く。
「素晴らしい、これですよこれ! このゲームの開発者は最低最悪の犯罪者ですけど、このグラフィックの完成度だけは認めざるを得ませんね!」
ホクホク顔でスクショを大量生産していると、次のイベントでは今度は、モデルの撮影イベントとしてルリナが水着でのお色気シーンが画面いっぱいに出てきた。
「はいスキップ。こんな露出狂煽り女の画像なんて、一ドットだって私のハードディスクの容量を割く価値はありません」
私は、画面上で照れくさそうにこっちを見ているルリナを鼻で笑いながらマウスを連打し、ルリナのシーンを音速でスキップした。
しかし、ここからゲームの難易度が急激に上がってきた。
ソニアさんの好感度を順調に上げていると思っていたのに、途中でたった一つの選択肢を押し間違えた瞬間、画面の中のソニアさんが、前チャンピオンのダンデと親密な雰囲気を醸し出し始めたのだ。
「えっ、嘘でしょ……? 待って、ソニアさんが、私を捨ててデートに行こうとしてる……? いや、いやだ、行かないでくださいソニアさん!!」
画面の向こうで他の男に笑顔を向けるソニアさんの姿に、私の胸に致命的なダメージが突き刺さる。あまりのショックに頭を抱え、慌てて直前のセーブデータからやり直した。
ところが、今度は慎重に進めていたはずなのに、後半のイベントの分岐で、なぜかルリナの好感度が急上昇するバグのような現象が発生した。画面の中のルリナが、いつもの憎まれ口を叩きながらも、やたらと私との距離を詰めてきて、画面の下に『ルーナルート突入!』という最悪のテロップが表示される。
「はあぁぁ??? なんでこの女のルートに入るんですか!? 誰がルリナなんかと結ばれたいって言いましたか! バグですかこれ!?」
机を叩いてキレ散らかしながら、私は泣く泣くもう一度データをロードした。
けれど、このゲームの悪意はそれだけに留まらなかった。ルートの選び方によっては、私が完全に当て馬にされ、私が画面の端で見守る中で、ソニアさんとルリナが何故かめちゃくちゃ良い雰囲気になって付き合い始めるという、理解不能で地獄のようなバッドエンドまで用意されていたのだ。
「なんで主人公の私が2人の恋路を応援するモブになってるんですか! おかしいでしょ、このゲーム作った奴は、どれだけ私を馬鹿にすれば気が済むのよ!」
夜中に静まり返った自室で、私は発狂寸前になりながらひたすらリトライを繰り返した。
そして格闘すること数時間。外がほんのりと明るくなり始めた頃、私はついに、すべての障害を乗り越えて『ソニエ完全攻略ハッピーエンド』の画面に辿り着いた。画面の中のソニアさんが、私だけを見て「大好きだよ」と抱きしめながら頭を撫でてくれている。
「……ふう、当然の結果です。ソニアさんの隣に立つのは、この私だけなんですよ」
大満足でUSBを初期化し、てきとうにゴミ箱に放り投げると、私は泥のように深い眠りについた。
次の日の昼下がり。
私は馴染みのカフェのテラス席にいた。目の前には、相変わらず明るくて美人なソニアさんと、なぜか今日もついてきたルリナが座っている。
普段通り談笑しているけれど、いまだに昨日のゲームの興奮が鮮烈なほど脳裏に残っていた。画面の中で私とソニア先輩が迎えた、あの情熱的で甘やかなハッピーエンド。
そうだ、現実の私も、いつまでもルリナ相手に子供っぽい喧嘩ばかりしていないで、大人の女性としてソニアさんにああやって情熱的にアプローチするべきなのだ。
私は、サッと前髪を指先で軽くかき上げた。昨日ゲームの中で見た、主人公の振る舞いをそのまま真似て、ソニアさんの目をじっと見つめながら距離を詰める。
「ソニアさん……、いや、ソニア。あなたは、いつも太陽のように眩しく地中の私を照らしてくれる。その美しい髪を触れる度、香る度、私の胸の鼓動は、あなただけの為にリズムを刻むのですよ」
低めの、心持ち格好をつけた声を意識して、精一杯のキザな台詞を投げかけてみた。これでソニアさんも、ゲームの中のヒロインのように顔を真っ赤にして私にときめいてくれるはず――。
「…………」
「…………」
静寂が流れた。
ソニアさんは、手に持っていたフォークをピタリと止めたまま、完全に呆気にとられた顔で私を見つめている。その隣で、ルリナが信じられないものを見るような目で私を凝視していた。
数秒の沈黙の後。
「ぶっっっはははははははは!!!!! ちょっと、何それ、お腹痛いんだけど!!!!」
最初に爆発したのはルリナだった。テーブルをバンバンと叩きながら、涙目を浮かべて爆笑し始める。
「あはははは! どうしたの急に!? どっかで恋愛映画でも見てきたの!? セリフが浮きすぎててめちゃくちゃ面白いんだけどー!」
続いてソニアさんまでが、お腹を抱えてゲラゲラと笑い出した。
「な……っ、ななな……っ!!」
途端に、脳の奥まで一気に血が上るのが分かった。
恥ずかしい。恥ずかしすぎて死にそうです!昨日のゲームのノリをそのまま現実に持ち込んで、2人の前で全力でスカした台詞をのたまわってしまった自分の痛々しさに、今更になって気づいて全身から火が出そうになる。
「な、何がおかしいんですか!! ルリナ、あんたはうるさい!!笑いすぎです!」
「だって、ひぃ、お腹痛い……っ! レイナ、あんた鏡見てきなさいよ、あんな気取って何が太陽よ、バカじゃないの!?」
「もう、レイナ最高! もう一回言って!」
「う、うわぁぁああっっ!!」
私はパイの乗ったお皿を置き去りにしたまま、勢いよく椅子を蹴立てて立ち上がった。顔が耳の裏まで真っ赤に熱くなっているのが自分でも分かる。笑い転げる2人の声を背中に浴びながら、私は髪をめちゃくちゃに振り乱して、その場から逃げるように全力で走り出した。
「待ちなさいよレイナ! 逃げることないでしょ、あははは!」
後ろからルリナの容赦ない笑い声が追いかけてくるけれど、私は一瞬たりとも振り返らず、ただひたすら恥ずかしさから逃れるために猛ダッシュを続けた。あのクソゲー、家に帰ったら絶対に製作者を特定してやると心に誓いながら。