好き好き大好きソニアさん!!   作:灰色付

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「 ちょっとソニア、冗談でしょ。何よこれ」

 

 私は腕を組んだまま、ベッドの上のそれを見下ろして、心底信じられないという声を隠そうともしなかった。

 

 そこに転がっていたのはレイナだが、いつもなら私を見つけるたびにフンスと眉を釣り上げて生意気にも噛み付いてくる、あの忌々しい女にはとても見えなかった。

 服なんて下着しか着ていない。それも着崩れて肩紐が完全に落ちているし、いつも整えてる綺麗な髪はぐちゃぐちゃに絡まり、色白の肌をシーツに擦り付けながら、焦点の合わない眠そうな目でぼんやりと天井を仰いでいる。

 

 たるんでる、なんて生易しいものじゃない。完全にだらけきって、ただ呼吸をしているだけの、中身の抜けたダメダメな抜け殻だ。

 

「あはは、ごめんねルリナ。レイナちゃん、年に一回くらいの確率で、疲れやストレスが溜まると今みたいな怠慢形態になっちゃうのよ。いつもは私が付きっきりでお世話するんだけどさ」

 

 ソニアは悪びれもせず、むしろ楽しそうにスマートフォンのカメラを起動して、ベッドの上の抜け殻に向けて何枚もシャッターを切っている。

 

「今年はちょっと記念に、このレアな状態をたくさん写真と動画に収めたくて。ほら、私がカメラ構えてたらお世話できないでしょ? だから、今日のレイナのご飯とか着替えとかはルリナに任せた!」

「なんで私がこいつの世話をしなきゃいけないのよ! 自分でやらせなさいよ、手足はついてるんだから!」

「無理無理、今のレイナ、自分で立ち上がれるかすら不安なレベルだから。じゃ、よろしくねー!」

 

 ソニアはそう言うと、撮影できるアングルを探して部屋の隅へと移動してしまった。

 

 取り残された私は盛大にため息をつく。

 

 あいつ、普段は私に少しでも弱みを見せまいと必死なくせに、まさかこんな特大の爆弾を隠し持っていたなんて。いつもならこういう弱みは意地でも隠し通そうとするはずなのに、今のこいつにはそんなプライドの欠片すら残っていないみたいだ。

 

「……はぁ、仕方ない、か。おい、レイナ。起きなさいよ。いつまでそうやって怠けてるわけ」

 

 ベッドに近づき、あいつの脇腹を軽く小突いてみる。いつもなら「触らないでください!」と秒で弾かれるはずなのに、今のレイナは小突かれた反動でゴロンと横に転がっただけだった。

 

 開いているのか閉じているのか分からない薄い目から、私の姿が写っているはずなのに、何の拒絶の光も返ってこない。

 本当に文句の一言も言わないし、されるがまま。毒気を抜かれたどころか、生き物としての覇気が完全にゼロになっている。

 

「あーもう、本当に面倒くさい! ……ねえソニア、これどうすればいいの。そもそも何からやればいいわけ?」

「まずは起こして座らせてあげて! 体がふにゃふにゃだから、後ろから支えてあげないと倒れちゃうよー。あ、ルリナ、もうちょっと左に寄って。ツーショット撮るから!」

「撮らなくていい! ほら、起きなさいってば」

 

 嫌々ながらも、私はレイナの細い脇の下に両手を差し込んで、ベッドの上に上体を引っ張り上げた。

 

 ソニアの言う通り、本当に骨が抜けたみたいに体がふにゃふにゃで、驚くほど軽い。私の胸元に、あいつのぐちゃぐちゃな銀髪が遠慮なく預けられる。いつもなら絶対にあり得ない距離感に、なんだかこっちの調子が狂いそうになる。

 

「……あう、」

「あう、じゃないわよ。ほら、シャキッとしなさい。ソニア、次は?」

「あ、次はそこのテーブルにあるスープね! スプーンで一杯ずつ口元に持っていってあげたらパクパク食べるから!雛鳥みたいで可愛いんだよね」

 

 私はレイナの体を片腕で固定したまま、もう片方の手でスープの器とスプーンを取った。冷ましながらスプーンをすくって、あいつの締まりのない口元に近づけてみる。

 

「……さっさと口開けなさい」

 

 拒否されるのをどこかで身構えていたのに、レイナは本当に抵抗ひとつせず、小さな口を小さく開けて、スプーンのスープを大人しく迎え入れた。もぐもぐと、信じられないくらいスローペースで喉を鳴らす。

 

「……おいしい、です……」

 

 消え入りそうな声で、ぼそりと呟いた。

 トゲが完全に消え去った、あまりにも無防備で素直な姿に、私の胸の奥がドクンと妙な跳ね方をした。

 いつもはあれだけバチバチに火花を散らしているのに、こんな風にされるがままの、ただの小さくて手のかかる子供みたいになられると、なんだか調子が狂って仕方ががない。

 

「おいしいならさっさと飲みなさいよ。ほら、まだあるんだから」

「……ん……」

 

 文句を言いながらも、私は次の一杯を口元へと運んでやる。ソニアは横で「いいねいいねー! すっごくお姉ちゃんっぽいよルリナ!」なんて言いながら、カシャカシャと狂ったようにシャッターを切り続けている。

 

「ソニア、次は? 服着せるわよ。こんな格好のままにしておけないし」

「うーん、クローゼットから大きめのパーカー持ってきて! 袖を通してあげたら、多分あとは勝手に丸まるから!」

 

 言われた通り、私はレイナの体をベッドに一度横たえ、クローゼットから大きめの部屋着を引っ張り出してきた。再びあいつを引き起こし、下着を整えてからぐにゃぐにゃと動く細い腕を片方ずつ袖に通していく。

 頭からすっぽりとパーカーを被せると、レイナはフードの隙間から、相変わらず寝ぼけた目をほんの少しだけ覗かせた。

 

 ……私にこんなだらしない姿を見られたと知ったら、顔を真っ赤にして怒り狂って、部屋から私を追い出そうとするんだろうな。

 明日、こいつが正気に戻った時、今の動画や写真を突きつけて思いきりマウントを取ってやろう。そう思えば、この面倒な介護も少しは報われる気がした。

 

「……ルリナ」

 

 パーカーの裾を握りしめながら、レイナが微かに私の名前を呼んだ。

 

「なによ、今更文句言っても遅いから」

「手が……あったかい、です……」

 

 そう言って、あいつは私の服の袖を小さな手でぎゅっと掴んだまま、力尽きたようにスースーと規則正しい寝息を立て始めた。

 

「ちょっと、寝るなら手を離しなさいよ……」

 

 掴まれた袖を引っ張ってみるけれど、無意識のくせに案外強く握られていて、上手く外せない。もやしっ子のくせに。

ソニアが、撮った画面を沢山見せてくるけれど、私はフンと顔を背けた。

 

「明日になったら、この貸しはきっちり返してもらうんだから。で、次は何すれば良いの?」

 

 握られた袖の温かさがなんだかやけに気恥ずかしくて、私は自分の長い髪を少しだけ引っ張りながら、不機嫌そうな声をわざとらしく部屋に残すのだった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 二十数年の生涯の中で、最も最悪な朝がやってきてしまった。目が覚めた時、頭の芯にかかっていたモヤのようなものは綺麗に消え去っていて、体もすっきりと軽くなっていた。

 年に一度あるかないかの、少し恥ずかしいけどソニアさんに介護されるはずだった役得状態から、私は無事にいつも通りを取り戻したのだ。

 

 ……取り戻して、しまったのだ。

 

「……ソニアさん。あの、ちょっとお聞きしたいことがあるのですが……」

 

 ソニアさんの隣にちょこんと座りながら、恐る恐るその綺麗な横顔を覗き込んだ。

 

 まだ頭が完全に追いついていないけれど、かすかに残っている昨日の断片的な記憶が、私の脳内で不吉な警報を鳴らし続けている。

 私のあの、下着姿で髪もぐちゃぐちゃの、言葉すらまともに喋れなくなる最低最悪の状態。あれは、私の人生における最大級の弱点であり、絶対に、この世で最もプライドが高くて鼻持ちならないあの女――ルリナにだけは、死んでも知られたくない秘密だった。

 

 それなのに私の記憶の隅っこには、あの色黒の長身が、あいつのうるさい声が、無駄に綺麗な長髪が、そして私の口にスプーンでスープを運んできたあの長くきめ細やかな指の感触が、嫌なほどはっきりと残っているのだ。

 

「おはよー!やっと復活したんだ。ちょっと遅かったねー」

「おはようございます、じゃありません! ソニアさん、まさかとは思いますけど……昨日、私の部屋にルリナを入れましたか……!?」

「え? 入れたっていうか、昨日のレイナちゃんのご飯に着替えに歯磨きにー、後お風呂と髪の手入れと寝かしつけとかかな?まあ、全部ルリナにやってもらったんだよー。私、カメラマン役で忙しかったからさ」

「な、……な、ななな……っっ!!」

 

 ソニアさんがのんきに放った一言に、私の心臓が文字通り飛び上がりそうになった。見られたどころかお世話をさせた。ご飯を食べさせられ、服を着せられ、裸を見られた。ルリナに。よりによって、一番見られたくなかった、隠し通してきたはずのあの無防備すぎる姿を、最初から最後まで全部見られていたのだ。

 

「 なんでルリナなんかに言っちゃうんですか!!ソニアさんのバカ!意地悪!! 悪魔!!」

「だ、だってさ、たまには喧嘩してない二人が見たくて。ほら、これ見れとかすっごくよく撮れてるでしょ?」

 

 ソニアさんは困ったように笑いながら、楽しそうに自分のスマホの画面を私に見せてくれた。

そこに表示された写真のデータを見た瞬間、私は恥ずかしさのあまり、頭から湯気が出そうになった。

 

「ひゃあああああああああああ!!!! いや、いやです、消してください!! 今すぐそのデータを消去してくださいソニアさん……っっ!!」

 

画面の中で、オーバーサイズのパーカーをすっぽり被った私が、ルリナの服の袖を小さな手でぎゅっと掴んで、安心しきったようなマヌケ顔でスースーと眠りこけている。その横で、ルリナがこれ以上ないくらい嫌そうな、でも完全に勝ち誇ったようなニヤニヤを隠しきれてない顔でカメラを指差していた。

 

動画のデータまであった。再生すると、私はスプーンを近づけられて、いつものキレを完全に失った消え入りそうな声でルリナのスープを大人しくモグモグ食べている様子が、バッチリ音声付きで記録されている。

 

「う、嘘です……こんなの私じゃありません……。これは捏造です……!!」

「捏造じゃないわよ。あんた昨日、すっごく可愛い声でおねだりまでしてたじゃない。覚えてないの?」

 

 「ピ、」と、喉の奥から変な悲鳴が出た。

 

 居間のドアがいつの間にか開いている。そこには、無駄にスタイルを見せびらかす服装で、ドアに身体を預けたルリナが立っていた。

 

その顔には、先ほど見た写真と全く同じ、いや、それ以上に意地悪で、私を底の底まで見下して煽り散らすための最高の笑みが張り付いている。

 

「ル、ルリナ……っっ!!」

「なによ、元気になった途端また噛み付くわけ? 昨日はあんなに大人しくて私にされるがままだったくせに。ねえ、もう一回おねだりしてみなさいよ。その動画、あんたの知り合いに流してあげよっか?」

「や、やめてください!! 本当に最低ですあなたは!! 悪趣味です!!」

 

 いつもなら、秒で十倍くらいの皮肉を組み立てて「これだから単細胞は~」と怒鳴り返すところだ。なのに、今の私は顔が耳の裏まで真っ赤に熱くなっていて、怒ろうとすればするほど、昨日の自分がルリナのされるがままになって甘えたような台詞を吐いていたという事実が頭の中をグルグルと駆け巡って、上手く言葉が出てこない。

 

 お世話をされたのは、本当なのだ。

 ルリナの持ってきたスープを大人しく食べ、ルリナに服を着せられ、ルリナに身体を隅まで洗われ、あろうことか、あいつの服の袖を掴んで寝落ちした。そのすべての証拠が、ソニアさんのスマホの中に完璧に残っている。

 

「べ、別に、私は、あなたに頼んでなんか……っ。体が、勝手に動かなかっただけで、私の本心じゃ、ありませんから……っっ!!」

「はいはい、言い訳が見苦しいわよドチビ。感謝される筋合いはないけどさ、せめてお礼の一言くらい言いなさいよね。誰のおかげでその小綺麗な部屋着を着ていられると思ってんの?」

「う……、……ぅ、ぐっ……!」

 

 ルリナが腰に手を当てて、勝ち誇ったように私を見下ろしてくる。

 

 反論したい。こいつの顔面に、今すぐゲンガーのシャドーボールをぶち込んでやりたいくらい悔しい。なのに、昨日の自分の大失態のせいで完全に主導権を握られてしまっていて、言葉が全部喉の奥でつっかえてしまう。

 私は顔を真っ赤に染め上げたまま、涙目でルリナをキッと睨みつけるのが精一杯だった。

 

「……っあ、ぁりがとう、ご、ざいますっ……!!」

「そんな目で感謝されても説得力がないんだけど。まあ、及第点ってところね」

 

 ソニアさんが横でずのんきに笑いながら、今度は顔を真っ赤にしてプルプル震えている私と、それを楽しそうに煽っているルリナをカシャリと撮影した。

 

「もう知りませんっっ!!」

 

 私は自分の頭を両手で抱え込むと、これ以上の屈辱に耐えかねて、ソファのクッションに顔を思いきり埋めて、バタバタと足を暴れさせた。

 

 これから、ルリナにどんな顔をして会えばいいのか全く分からない。人生最大の弱みを握られた悔しさと恥ずかしさで、私の脳みそはパンク寸前だった。

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