約束を果たしましょう   作:燈台

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お、そくなりました!(一ヶ月以上。書けなくなってる間に『喪失編』が終わってしまった……)
いつもより二千字くらい長くなりましたが、最後まで読んでいただけると嬉しいです!

昇降口のところは直したつもりですが、直されていないところがあったらすみません。

前に、「掌」を「手の平」と表記したことがあったのですが、それが見つからないんですよね。(後から直そうと思って)他にも表記揺れが多すぎる。

次回の投稿はもう少し縮められるか……? 


第一章  05「逃げて逃げ続けたその先」

「――っていうかおめえの能力って結局なんだ?」

 

「――――」

 

 先ほどまで体を支配していた痛みはどこにもない。

 震える足を通して、確かにナツキ・スバルは大地に立っている。

 道に横たわっているわけでも、胸に矢が突き刺さっているわけではない。だから、スバルの拍動は途切れることなく続いている。

 

「おい。聞こえてねえのか? てめえの能力なんだって聞いてんだよ」

 

「……ぁ」

 

 戻ってきたのだと、二回繰り返しても変わらぬ悪人顔を見て、実感する。

 同時に、質問されているのだと、急かす気持ちが込み上がってきた。

 上手く答えろ。初めてのときと同じくなぞるだけでは意味がない。予知能力者と名乗っても、さらに警戒されて殺されただけだ。

 打開策を、考えろ。

 

 どうする。どうするんだナツキ・スバル。ここで止まっていたら、助けられないぞ。

 

 

 ――なぁ、どうするんだよ?

 

「―――ぇよ」

 

「あ?」

 

 能力。心を読めて能力を無効化できて炎を生み出せて氷を操れる。そして、『人類の敵』からみんなを救える。――それが、それこそがきっと能力。

 そんな、都合の良い能力だったら、

 

「そんなもんはねぇよ……っ!」

 

 ――そもそも、こんなことになってない。

 

 胸に突き刺さったあの矢の痛みが、スバルの『魂』に残り続けて離れない。

 死にたくない、死にたくなかった。死なせたくなかった。

 能力がもっと強かったら。――否、ナツキ・スバルがもっと強かったら、あるいはナツキ・スバルではなかったら、こんなことにはなっていないのに。 

 

 眼前のモグオの胸ぐらを掴み、前方に押し出す。

 

「何すんだよ!」

 

 反撃を試みようとするモグオよりも速く、スバルは石段を下りて砂利の上を走り、校舎へ向かおうと――、

 

「菜月さん!?」

 

 自分のせいで犠牲になってしまったはずの少女が制服の裾を引っ張る。ナナは、スバルの左手を掴んで真横に立った。何をしているんですかとでも、言いたげな顔で。

 

 心を読める彼女は、スバルの『死に戻り』の全てを知っている。ならば、今までのスバルの醜態を、全て見てきたはずだ。

 勝手に嘆いて、何もできなくて、誰かを救おうとして、誰かを取り零す。その、全部を。

 ――たったの三回で、心が折れてしまったナツキ・スバルを。

 

「……わかるだろ?」

 

「解りませんよ、何も」

 

 スバルの自分勝手な行動に、ナナは声を上げて下を向く。だが、彼女の眼光は強く、真っ直ぐなままだ。

 

「――――」

 

 信じている、何をしたいのか教えてくださいと、そう瞳だけで問うてくる少女にスバルは何も答えられない。

 掴んでくれていた手を振りほどいて、スバルは目を逸らした。

 

「菜月さん―――っ!」

 

 自分の名を呼ぶ声が聞こえても、振り返れない。

 

 このまま逃げていたらきっとみんな死ぬ。『人類の敵』にみんな殺される。 

 その現実にも目を逸らして、全部投げ捨てて、ナツキ・スバルはただみんなが死ぬところを”見たくないから”走り続ける。

 その背中はあまりに、滑稽だった。

 

 

 

 

「――――」

 

 

「昴くん、なんで……?」

 

 応援するって言ったのに。

 なんで、応援してくれないの(見捨てたの)と嘆く少年が、砂の上に転がっていた。

 

 

  × × ×

 

 

 ふらふらと、階段を上っていく。

 

 きっと大丈夫だ。だって、ナナは『死に戻り』のことを全部知っているはずだから、『人類の敵』の襲撃だって対抗できる。

 間違ってない、間違っちゃいない。スバルは何も出来なかったのだ。頭が良くて、優しいナナの方が、ずっと上手く回せるはずなのだ。

 スバルがいなくたってナナオは立ち上がり、クラスのリーダーになる。ナナがみんなを、ナナオを救ってしまえば解決する。――俺がいなくたって、どうにかなる。

 

 ――ふらふら、ふらふら。

 

 彼女が『死に戻り』を持っていれば良かった。無能な自分が持っていたって、何もできない。だから、しょうがない。

 いくら彼女が”前”のことを知ろうとも、スバルが死ねばそこで終わりだ。彼女が考えたことを全部無碍にして、踏みつぶした。

 心の中は、言い訳だらけだ。ナナも、ナナオも全員見捨てて、その理由を探し続けている。

 

 ――ふらふら、ふらふら、ふらふら。

 

「……俺は、」

 

 謝りたい。

 

 ――謝ったら解決するのか?

 

 

 『人類の敵』を倒したい。

 

 ――全部ナナとナナオに押し付けて?

 

 

 家に帰りたい。

 

 ――自分から出ていったくせに?

 

 

 死にたくない。

 

 

 ――みんなの方がもっと死にたくない。もう三回死んだお前は、慣れっこだろ。

 

「――慣れるわけない!」

 

 二階への階段を上りきって、自問自答の末にスバルは自分を否定し続ける『自分』の声を遮って怒鳴った。

 

 慣れるわけない。それもたったの三回で。一回目は溺死、二回目は頭を強打、三回目は、心臓を――。

 

「……ぉえ」

 

 体制を崩して、両手をついて床を睨みつける。

 全部全部違う痛みで、一回目と二回目は誰かが傍にいたけれど、三回目は一人だ。

 

「独りは」

 

 独りで、死ぬのだけは。

 このまま、独りで何度も死んで、誰にも助けられることなく死んでいくのか。

 

「……嫌だ」

 

 

「――お前さん、ここで何してるんだ?」

 

 決闘直前、前回の下駄箱――そして、今回。

 その少年とは、三度目の邂逅だった。

 

 

  * * *

 

 

「……キョウヤ?」

 

「上から見ていたら急に走り出して、声を掛けに行こうと思ったらお前さんがそこにいた」

 

 スバルが立ち上がると、キョウヤは床に指を差した。

 

 数秒沈黙が続くと、キョウヤは歩き出す。

 何を考えているのか、何をしたいのか、全然わからない。

 

「おい! ……どこに行くんだよ」

 

「教室の方が広々してるだろう。お前さんと、話したいことがあるんだ」

 

 

 キョウヤの後を追いかけて、そのまま教室へと入る。

 教室は薄暗く、電気はついていない。決闘が始まる前の記憶を探り出して、やはりキョウヤは教室から生徒たちを見下ろしていたのだと再確認する。

 キョウヤは、ナナオの席とその前の生徒の席の間に立ち、開けてあった窓の下を覗き込んだ。

 

「話したいことってなんだよ」

 

「お前さんは、なんで急に走り出したんだ?」

 

 キョウヤの口から切り出された話。それは、予想外でキョウヤにとってはどうでもいいじゃないかと思うものだ。

 

「なんでって、お前には関係ねぇだろ」

 

「リーダーが誰になるのか。それはこのクラスの生徒なら誰でも関係があると思うが」

 

 キョウヤは窓の下を指差して、見るように目くばせする。スバルは一歩、また一歩と近づいていく。ナナオとスバルの席の間、気の進まないまま外を覗き込んだ。

 

「―――ぁ?」

 

 

 校庭に転がるナナオと、それを気にも留めず戦い続けるモグオとセイヤ。ナナは、石段で応援し続けている。

 おかしかった。立ち上がれているはずだったナナオが、校庭に転がったままで。

 おかしかった。作られる火球が、抹消されていない。 

 

「――みなさん、逃げてくださいっ!」

 

 間一髪、ナナがすぐに気が付いたようでクラスメイトは怪我をせずに済んだ。案外、学校に衝突した火球の影響は少なく、少し焦げた匂いが伝わってくる程度だ。おそらく、モグオが願ったから少し火力が小さくなったのだろう。――おかしかった。

 

「ありがとう、ナナちゃん。ナナちゃんがいなきゃあたし死んでたよ! ……シンジに会えなくなっちゃう」

 

「「まあ、ナナちゃんならいっか」」

 

 眉を下げて、頭を掻くモグオと、いつも通りの立ち姿でセイヤが声を重ねる。

 

 おかしかった。

 

 

 

「「「ナナちゃんが、このクラスのリーダーだよ!」」」

 

 

 

 ナナオでも、モグオでも、セイヤでもなく、ナナがリーダーになる流れへと変化していた。

 別に、それが問題ではないのだ。でも――、

 

 気づきそうだった――否、本当は気付いていたはずのことを、スバルは言葉にできなくて。

 

 

「――菜月は中島に、あんな顔をさせたかったのか?」

 

 ――違うと、喉元まで出かかったその言葉を、キョウヤは許さない。

 

「……俺、は」

 

 泣いて、立ち上がることのできないナナオを遠目に見て、スバルは言い訳できない。

 言い訳など、許されるはずがない。それ以上に、ナツキ・スバル自身がそれを赦さない。

 

 遠目から見て後悔するなど、結局は何も出来ていない傍観者と同じだ。――否、加害者だ。

 中島ナナオが立てていたのは、ナナと、スバルがいたからだった。無理やり学級委員長を、リーダーを決める決闘に誘いこんで、”二人”が応援してくれるならと、頑張ってくれた。だから、応援者が欠けた今、ナナオは立ち上がることができない。

 

「……俺がいなくても」

 

 そう思っていた。けれど、今のナナオにはナナとスバルの応援が必要だった。

 すべては、ナツキ・スバルが逃げ出したから。

 

 

「――お前は、」

 

「ん?」

 

「ナナがリーダーになるのが嫌なのか?」

 

 自分の口から出た言葉が嫌いだった。自分が、ナナオのことをどうでもいいと思っているようで。

 でも、先ほどのキョウヤの発言が妙に引っかかったから。

 

「嫌ってわけじゃない。ただ、柊が明るいなと思っただけだ」

 

 みんなに囲まれているナナを見て、キョウヤは言った。

 

「……明るい?」

 

 キョウヤの言葉に眉を顰めつつも、スバルはふと、キョウヤの瞳を見た。邂逅から一度も目を合わせていなかったのに、何故か気になった。

 

「――っ」

 

 それは冷酷な目で、疑り深く何を考えているのかわからない。

 最初に崖から落とされたときに見たあの双眸と、少しだけ似ている気がして――。

  

「お前さん?」

 

 短く声を上げたスバルに対し、キョウヤは首を傾げた。その、青い双眸のまま。

 

 じくじくと、矢が突き刺さっていた胸が痛む。

 

「どうしたんだ。いきなり何も言わなくなったが」

 

「触るな――ッ!」

 

 左肩に触れようとしたキョウヤの手を、思い切り押しのける。

 

 目の前にいるこいつが、ナナを風で突き落とそうとしたのか。

 目の前にいるこいつが、ナナオとスバルを突き落としたのか。

 目の前にいるこいつが、前回の周回でスバルの心臓を矢で突き刺したのか。

 

 巧妙な罠も、全てお前が。

 

「お前が、お前が犯人なんだろ!?」

 

「何を――」

 

 前回の周回で、後ろから矢を放てるのは、スバルが外へ走って行ったのを知っているキョウヤしかいない。

 ナナが言ったように『人類の敵』が『能力者』として学園に潜み、『能力者』たちを殲滅しようと企んでいるのかもしれない。

 キョウヤは単独行動が多かった。学級委員長を決める決闘でも自分だけ二階の教室に居たまま下りてこない。それは、ナナオたちを殺そうという作戦を立てているからで。

 

 

「お前さんは何を言ってるんだ……?」

 

 

焦燥、殺意。どちらでもない。ただ、キョウヤの頭には困惑だけが浮かんでいるようで。

 

 

「――は? とぼけるなッ! お前が俺たちを殺すんだろ!? 前やったみたいに――」

『――――』

 

 

 な、んだ?

 

 生徒たちの声も、風が砂をさらう音も、キョウヤの困惑の表情も、スバルでさえも止まる。

 全てが、止まる。

 いや、違う。おかしい。何故スバルの思考は止まっていない。本当はキョウヤの意識も止まっていないのか。

 

 何があったのか、まるでわからない。

 『人類の敵』の攻撃か。だが、そんな素振りをキョウヤは一度も見せていない。

 

 無音。自分の意識だけがそこに――

 

 ――コツ。コツ。コツ。

 

 否、違った。音が全く聞こえないわけではない。

 

 後ろから足音が響く。

 

 ――コツ。コツ。コツ。コツ。コツ。

 

 重苦しい雰囲気を漂わせ、スバルは今にも押し潰されてしまいそうな感覚に陥る。

 おかしい、後ろには自分の机と椅子、ロッカーしかないはずだ。歩いてくるなど、壁を突き破らない限りできない。そして、そんな壊れる音は聞こえなかった。

 

 ――コツ。コツ。コツ。コツ。コツ。コツ。コツコツコツコツコツコツ。

 

 不可解、後ろから迫る足音が速くなって、後ろに立ったナニカの気配が色濃く感じられる。先ほどまでナニカがいた位置よりも何百倍も息苦しい。

 金縛りになったように動けなくて、迫りくるナニカの姿が視認できない。

 

 ――コツ。

 

 後ろの足音が止まり、しかし直近で聞こえた音は一番近いものだ。

 ナニカはスバルの体に抱きつき、千切れてしまいそうなほど強い力を掌に込めながら、囁いた。

 

『――ダメ』

 

 やめ、てくれ。何をするつもりだ。

 

 ――ぐしゃり。

 

 心臓が握り潰された音が聞こえて。

 それが何なのか、スバルは何もわからないまま――、

 

「――おい! 菜月!?」

 

 

 ――確かな鼓動の音が聞こえて、安堵とともに深い闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――愛してる』

 

 

  × × ×

 

 

「――知ら、ない天井だ」

 

 目を開ければそれが見えたことに、スバルは寝かされているのだとわかった。

 

「……よっ」

 

 起き上がれば、周りは碧色(へきしょく)のパーテーションで囲まれており、薬品臭から保健室だと推測できる。

 

 逃げて、逃げて。それからキョウヤと対峙して、『死に戻り』で見た事実を、話して、問い詰めようと――。

 

「――ひっ」

 

 心臓を握り潰された。死にそうになった。殺されそうになった。逃げれなかった。

 

 あれは、なんだ。

 あの、世界中の悪感情を全て押し込んだような、ナニカ。

 『死に戻り』で見たことをキョウヤに話そうとして、決して口にしてはならないとスバルの心臓を握り潰そうとしたバケモノ。

 

 そもそも、何度かひとり言で『死に戻り』のことを口にしたときは何も反応がなかった。

 それならば、スバルの『死に戻り』は口にしてはならないではなく、()()()はならないということ。

 

「……最悪だ」

 

 どちらにしろ、同じ答えが出ていた。ナツキ・スバルが『死に戻り』を他者に話せないのなら、逃げ出した弁明をどうすればいい。

 これからの問題を、予知能力者と名乗らず、『死に戻り』のことも話さずに切り抜けなければいけないのだ。

 

 ――そもそも、逃げなければ良かった話だろ?

 

「逃げたくせに、呆れさせたくせに頼ろうとして……。馬鹿だよな、本当に俺は」

 

 キョウヤがおそらく保健室へ連れてきた。あいつは『人類の敵』なのか。その答えを出す前に意識を失ってしまった。

 

「俺は……」

 

 真っ白な掛布団をどけ、スバルはこの保健室から出ようと床に足をつけ、――ふと、右を見た。

 

 

「―――ッ!?」

 

 

 茶色く塗装された窓枠。問題はその外の光景だ。

 

「やばいっ。やばいやばいやばい――ッ!」

 

 外は暗く、もう少しで日が落ちきってしまいそうだ。

 何を寝ていたのか。これでは、ナナとナナオ、みんなが死んでしまうというのに――!

 

 この異様な静けさ、学校にいる生徒全員が殺戮されてしまったのか。寮に帰っているからだと信じたい。

 

 窓を急いで開け、そのまま置いてあった上履きも履かず外に飛び出す。通ったことがないようで、通ったことがある道。男子寮の近くの道だ。ここを右に曲がれば男子寮があり、そこから何メートルも歩いた道の先、崖がある。

 

「……行かなきゃ」

 

 迷っている時間など、ナツキ・スバルにはありもしなかったのだ。最初に死んだ、おそらくあの時から。

 

 

  * * *

 

 

「――ナナ、ナナオ! 勝手に逃げてごめん。『人類の敵』に殺されたく、なかったんだ……」

 

 崖へと続く道を走りながら、スバルは大声で彼女たちの名を呼ぶ。前回自分が死んだ場所、思い出すだけで前へ進む足が止まりそうになり、それでも走り続ける。

 自分勝手で、卑怯な言葉だ。ナナオの学級委員長に、リーダーになりたいという思いを踏みにじって、自分の安全を優先した。

 

「『人類の敵』が来てる、かもしれねぇ。今すぐ、その崖からにげてくれ――ッ!」

 

 『死に戻り』の代償が怖くて、とっさに言葉を変える。

 二人に届くかどうかわからない。届かないかもしれない。

 

 崖が見え、どうか生きていてくれと手を伸ばす。

 

「……はぁっ。はぁ。お願いだ、聞いてく――」

 

 ――崖の上には、誰も、何もなかった。

 

 

「―――ッ」

 

 奥歯を噛む。視界が歪んで、泣きそうになる。

 泣く資格などあるはずもない。間違いなく、彼女たちを危険にしたのはスバルだ。

 

 スバルは三度も助けられなかった。二回、彼女らを救えなくて、一回、彼女らを見捨てた。本当に情けなくてろくでもない、ナツキ・スバルの失態だ。

 

 きっとナナオは突き落とされ、ナナは逃げていたとしても逃げ切れるかどうかはわからない。

 周りはおそらく『人類の敵』に囲まれている。崖へ向かうスバルに気付いただろうに何もしてこなかったのは、警戒するまでもなく弱く、滑稽な見せ物として嗤っていたからだろう。

 

「――ふざけるな」

 

 もっと、賢かったら。もっと、強かったら。ナツキ・スバルの精神が『死』の恐怖に打ち勝てていたら。

 そんな願いが浮き上がってきて、でもスバルは投げ捨てた。

 ないものなど、叶いはしないものなど願ったってどうしようもない。今願うべきはそこではない。

 

「ふざけるなッ! お前ら(『人類の敵』)なんかに、殺されてたまるか!」

 

 今、願うべきはそこではない。やり直した後、彼女たちを救うことができますようにと、それだけだ。

 崖の先へつま先を向け、歩き出す。

 

 足の震えは止まらない。『死』に慣れたわけではない。

 調子の良い奴だと、冷笑されるかもしれない。

 確かにそうだ。自分から見捨てたくせに、死んでしまったら嫌だからと救える確証もないまま救おうとする。

 

 ――ザァァ、……ザァァ。

 

 崖の先端に立ち、『死』を孕んだ海が下で待ち構えているのが見える。

 

独りは嫌だ。死にたくない。

 

「……俺は、」

 

 ――それでも、

 

 

 

「――俺は、みんなと居たい」

 

 自分が生きたい未来を生きれるように。

 

 見失ったはずの道標()が、夜空を染め上げている。

 

「――嘲笑いたいなら勝手にしろぉ? ま、俺星好きだからやんねぇけど」

 

 星へ向かってそう言い、スバルは右足を前に出し、勢いよく左足で地面を蹴った。

 

 飛び出した先では景色が立てに引き伸ばされ、高速で下へと落ちていく。

 運悪く――否、運良く頭が下になり、下には角ばった石が見え、それに目がけて落ちる。

 

 ――ザァァ、……ザァァ、……ザァァ。

 

 冷たく、嫌な痛みだ。

 頭蓋が砕かれた音など、不愉快極まりない。

 

 死んでしまう直前、少年は運命に願う。

 

 

 

 ――必ず、俺がお前たちを救ってみせる。

 

 

 

 それはそれは、遅い誓いだったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  × × ×

 

 

「――――」

 

 風が吹き、スバルの髪を撫でる。

 必ず二人を救う。必ずだ。

 

「―――。――――」

 

 迷う理由などない。迷う時間など残されていない。すぐに能力を持っていたことを謝ろう。そして、『人類の敵』が来ていることを伝えるのだ。

 

「―――。――――。―――――――――。」

 

 早く来いよ、モグオ。お前の問いかけにはもう屈してやらねぇよ。

 

「――――?」

 

 あまりにも、長い時間が空いている。『死に戻り』をしたらすぐ、モグオの問いかけが待っているはずだったのだが。

 

 ()()()()が鼻腔を通り抜け、ザァァと、()()()()()()の音が鼓膜に届く。

 

 おかしい。おかしい。おかしい。

 

 異変を感じスバルはつむっていた瞼を開ける。

 

「――は?」

 

 目の前にあるのは星空。昼ではありえないもの。

 

 広がる光景、星の位置は、飛び降りる前と数ミリも違わなかった。

 

 

「――。―――は?」

 

理解などしたくない。みんなが死んでしまう前に、戻ることができなかったなんて。

 

 

 ――見上げた空。

 ―――そこに浮かぶ星々(運命)は、ただひたすらに、ナツキ・スバルを嘲笑っていた。

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