約束を果たしましょう 作:燈台
「「「さようなら!」」」
ミシンで直した制服を教師に見せてから、スバルは支給されたバッグに入れた。
三人は靴を履き替え、学校から出ていく。
もうすぐ沈んでしまいそうな太陽を見ると、スバルは「もうこんな時間になっちまったな。
そんなスバルに二人は「大丈夫ですよ! むしろ、誘ったわたしの方が悪いですから」、「まぁ、結局、僕はぼっちになってたと思うからよかったよ」と優しく返してくれる。
「明日の午前中の授業すっ飛ばして決闘だな。頑張れよ、ナナオ!」
「頑張ってください。中島さん!」
「いや、君達が言ったんだよ!?」
金網フェンスを抜け、森に少し入ったところでスバルはとあることに気づいた。
「ここって寮なんだよな。……俺の部屋なくね!? やば!」
このままだと野宿になってしまう。いくら夏に近づいてきたとはいえ、この季節だと雨も降るため風邪をひいてしまうのが目に見える。
「じゃあ、わたしの部屋はどうです? 一緒に寝ましょう!」
「ダメダメ! 女子の部屋とか…絶対ダメだっての!」
ナナの提案は嬉しいが、絶対ダメだ。女子と一緒に寝たことなんてあるわけもないし、2人で寝ていたなんて事実が広まればナイフが飛んできそうだ。
「俺なんて野宿でも…あ、そうだ! 男子寮の廊下は?」
寝るだけなら廊下でも大丈夫だろう。そもそも、寝させてくれるだけでありがたいというものだ。
「なら布団貸すよ。風邪ひくと大変だから」
その提案に「え、いいの!? ほんとありがと! この恩は一生かけて返します!」などと大袈裟に返すと、ナナオは笑った。
「そうですよね。寮って大変です! ――あの、今日は記念日として」
「記念日?」 「なんの?」
ナナオの言葉に続けてスバルが口を開くと、ナナは「わたしたちが出会った記念日です! だってせっかく海に囲まれているんですよ? オーシャンビューじゃないですか!」と目を輝かせて近寄ってくる。
この場合、近寄ってくるとは元々真ん中にいたスバルと、左側にいるナナの距離がさらに近くなったことを意味する。
「―――海が見たいんです!」
右を向いて、ナナオと顔を見合わせる。
確かにそうだ。目覚めたとき少しは見たものの、あのときは異世界だと思っていたから森の方に興味がわいていた。それに、朝と夕方だ。太陽光が海に反射して、綺麗な橙色に染まっているだろう。
「賛成! ってことでナナオ案内よろしくな!」
「そこは僕に丸投げなんだね…」
ナナオは「ちょっとついてきて」と言うと、前に出て森をどんどん進んでいった。
ナナオについていく途中で、「食堂」と書かれた
……ザァァ、……ザァァ
土の道を歩いて、しばらくして現れたのは、ただの崖だ。
「うわぁぁぁ」
ナナの口から、そんな声が零れる。
スバルの口からは零れることはなく―――いや、正直零れてしまいそうだった。
そんな絶景、随分昔に数回だけ見たことがある気はするが、建物だらけの都会では綺麗な海を生で見ることはめったにない。
……ザァァ、……ザァァ、……ザァァ
今朝も聞いた波の音が耳の中に広がった。耳障りと感じたこの音が、今になってとても心地よく聞こえる。
「本当に綺麗ですね…! 『人類の敵』なんて、この世にいないんじゃないっていうくらい!」
「そうだね。でも、この島の存在は『人類の敵』も認知していて、もうすでにやってきているんだって」
「それ、嘘なんじゃないか? こんなに綺麗なのに、『敵』がいるなんて」
この絶景の前では、『人類の敵』など誰かの妄想に思えてしまう。そのぐらい、美しい。
「ナナちゃん、そのロープは古くて――」
サァァァァァ
「―――え?」
右手でロープを掴んだとたん、ナナオが何か言いかけたと思うと、無風だったはずの崖の上で、ナナだけをピンポイントに吹き飛ばした。
「ナナ!!」 「ナナちゃん!!」
前に倒れそうになるナナを支えるものがどこにもない。唯一、抑制できそうだったロープも強度がなく、支えることなく切れてしまう。
両サイドにつけた白い花形のゴムが揺れ、それを合図にナナも崖に――、
「「――掴んだ!」」
―――落ちることはなかった。スバルとナナオがほぼ同時に手を伸ばし、それがナナの体を支える。
危なかった。あともう少しで、ナナが深い海へと飲み込まれてしまうところだった。
「良かった、ナナちゃん」
「助かり、ました……」
安堵して地面に座り込むナナを、大丈夫か?、と心配してあげたいところだが、スバルは気が抜けてしまい、気遣うことができない。
数秒、波しぶきの音だけが耳に届いて、スバルが切り出した言葉は一番声に出したかったナナへの心配ではなく、単なる疑問だった。
そちらの方が、ナナへの心配よりも勝ってしまった。
「――今の、なんだ……?」
後ろから魔法のように飛ばされた。強風だとしても、威力が強すぎる。
誰かが能力で突き飛ばしたのか。いや、それだとナナを突き飛ばす意味がわからない。
――もしくは、今突き飛ばした何者かが『人類の敵』だとでもいうのか。
そうなると、『人類の敵』も『能力者』と同等の力を有している可能性が出てくる。『能力者』になりすました『人類の敵』が日本――否、世界を滅ぼそうとしているのか。
「いきなり…風が襲ってきたような…? とにかく、中島さん、菜月さん、ありがとうございます! お二人は命の恩人ですっ!」
先ほどまで命の危機にさらされていたというのに、彼女は笑顔で答えた。
あまり緊張感を感じさせないところも美点と言えようが、それでは彼女自身のSOSも届きづらいということだ。
守ることができるように、『人類の敵』を倒すことのできるように、約束を果たすことができるように―――。
そう誓っ「あ、そうそう。菜月さんって、なんで不登校だったんですか?」
誓いを邪魔されてしまったことは、しょうがない。
「さっさっさー。ここにいると危ねぇから寮に行くとしますか!」
少しだけ触れられたくないところに触れられそうになったので、スバルは急いで立ち上がって、来た道を戻る。
後ろから、「菜月さん、待ってください!」と言うナナの声や、「ちょっと、待って二人とも!」と置いてけぼりにされるナナオの声をスルーしながら寮へ向かった。
そうして、鬼ごっこのようなことをしながら、二階建ての男子寮についた三人――ナナはついてきただけだ――は解散する前に、先ほど起こったことについて話し合うことになった。
「なぁ、さっきの、やっぱり『人類の敵』だと思うか?」
ナナは「風が襲ってきた」と発言していたが、直前までそんなに強い風を感じなかったスバルには、やはりただの強風とは考えづらい。
「その可能性はあるよね。噂は本当だったのかな…」
首を傾げながら考えるナナオを見て、ナナは「そうかもしれませんね…」と視線を下げる。
「――先生に言った方がいいよな」
足りない頭で考えて、スバルが出した答えはそれだった。
もし、もしもこの島に『人類の敵』が来ていたとしたら、いつ大量虐殺が起こってもおかしくないということだ。自分達であれこれと考えるよりも早く教師たちや軍に連絡をしたほうがいいだろう。
「でも、もし来てなかったら、島中どころか国中を騒がせただけになるんじゃ…」
肩にかけていたバッグを上の位置に戻しながらナナオは言った。
そうだ、気付いていなかった。
現状、島は『人類の敵』から国を守るために作られた大切な場所だ。
『人類の敵』が来たと伝えて、もしただの勘違いであった場合、謝るだけでは済まない可能性もある。
「情報が集まるまで、わたし達で留めておく、というのは?」
「…え? でもそれじゃあ、襲ってきたとき、対処できないだろ」
ナナの発言が少しだけ怖かった。もし話さなかったら、スバルたち三人だけでなく教師たちや島の『能力者』全員が死んでしまう可能性だってあるのだ。
「中島さん、人の姿をした『人類の敵』もいるんですよね? それから上陸してきてるとかきてないとか。なら、『能力者』に紛れている可能性だってあるんじゃないですか? ――それなら、信用しあえるわたし達で、ちゃんと説明できるようになるまで秘密にしておいたほうがいいと思うんです」
証拠がないときに打ち明けるよりも、証拠が集まってから。
ナナの発言はもっともだった。だが、不安はまだ――、
「もしかしたら、わたしは『人類の敵』の心の声が聞こえるかもしれません。襲ってきたときにすぐに知らせれば、逃げ切れるかもです!
不安、だ。不安だ、けど――、
「みんなで、『人類の敵』を、倒すぞ――っ!」
「うん!」 「はい!」
誓いを、約束をここに。
それから「バイバイ」と挨拶をして、ナナとナナオは自室、スバルは廊下で寝るために向かった。
* * *
―――いってらっしゃい。
* * *
チッチチチチ
朝、小鳥のさえずりが、スバルを覚醒させる。
そういえば制服に着替えることを忘れていた。
手にはナナオから貸してもらったバスタオルが強く握りしめられていて、全身に冷や汗をかいていた。
床に優しく置いたはずのバッグは、スバルが寄りかかる廊下の壁の反対の方向に叩きつけられたかのようにくしゃくしゃになっている。
アイロンかけなきゃな、とか。
制服せっかくつくったのにな、とか。
早く片付けなきゃな、とか。
ナナオにもう一度お礼を言わなきゃな、とか。
そんなことを思う暇なんてなかった。頭の中を支配しているのは、夢の内容だ。
どうやら自分は、悪夢を見ていたらしい。
今までこんなに
「――昴くん、早く準備しないと遅刻するよ」
気づいたらナナオが扉から出てきていて、スバルもとっさに立ち上がる。
「ごめんな、バスタオル貸してもらって」
「いいよ、謝らなくて。それより、今日の学級委員長を決める決闘、やっぱり断っていいかな…?」
随分と気まずい表情をして苦笑いするナナオを見ると、悪夢の内容も忘れてしまいそうだった。
「ナナの前でそれ言えるか? つっても、ナナには聞こえるから意味ないか…」
「いや、まあ言えないけどさ、でもモグオくんとセイヤくんだよ…? 僕が敵うわけないよ」
モグオは昨日ナナオから聞いた話だと、手から炎を出すことができるらしい。
まだスバルが一言も話したことのない相手――
THE魔法みたいで個人的にはとても羨ましいことは羨ましいのだが、強敵となることは間違いなしだろう。
「大丈夫だって。応援グッズで精一杯応援するからさ、一番目立つように」
ナナオの前でグットポーズを見せると、ナナオは「う、うん。目立つようにはやらなくていいからね」とまた苦笑する。
「ところで、ナナオの能力ってなんなんだ?」
そういえば、彼はかたくなに能力を明かさない。もしかして、コンプレックスなのだろうか。
それなら、今の質問はすぐにでも取り消した方が――、
「ごめん、そんなに深い理由はないんだ。ただ、僕の能力は他の子たちと比べて全然大したことないっていうか…」
「いやいや、能力があるだけですげぇよ。俺なんか、思い当たるとこ一つもないぜ?」
「自覚してないだけで、もしかしたらすごい能力が眠ってるんじゃないの? そういうこともあるだろうし」
「つってもなぁ」
いくら昔を振り返ってみても、手から結晶だの結界だのを生み出すことができた記憶もないので、やはり自分は『無能力者』なのだろう。
「やっぱり思い当たらねぇな。まぁ、いいや。制服に着替えるから先行っててくれ」
「うん、わかった」
ナナオを見送ってから、バッグから青色の制服を取り出す。
ジャケットのサイズは少し大きいが、ズボンの調整はナイス自分と言ってやりたい。
脱いだ服をバッグに入れて、スバルもナナオを追いかけようと立ち上がったときだった。
「――お前さん」
「――!?」
ナナオの隣の部屋から、銀髪の少年――キョウヤが出てきた。
まるで気付かなかった。後ろからナイフを突き立てるような寒気があったことを自覚したのは、スバルが話しかけようとしたのと同時だった。
「菜月・昴って言ったか。お前さん、後ろには気を付けておいた方がいいぞ。誰に狙われているかわからんからな」
「後ろ…?」
「じゃあな。出来たらいつか俺と友達になってくれると助かる」
それだけ言い残して、銀髪の少年は歩いて行った。