約束を果たしましょう 作:燈台
「えー、それでは決闘を始めます」
校庭の真ん中にはナナオ、モグオ、セイヤと教師の四名。
生徒達は昇降口前の石段から応援している。
予定通り午前の授業を丸々潰して行われるこの決闘は、生徒達の気分を最高まで盛り上げた。
「モグオさん、頑張ってくださいっす!」
「セイヤくーん、頑張って!」
風が校庭の砂をさらう。
全生徒が見ているようにも思えたが、キョウヤが怪しげな目つきでスバルたちを二階の窓から値踏みするように見下ろしていた。
正直、ナナオのことを、スバルとナナ以外、誰も応援していないことに腹が立ったが、そこは今突っ込むべきことではない。
ナナは左手でぬいぐるみを持ち、「お父さんも応援してますよー! 頑張ってください!」と誰よりも声を張っている。
不気味なことがあったばかりなので気分が上がらないが、ナナオのためにも、ナナのためにも頑張って応援するしかない。
「頑張れー!」
スバルとナナの応援に、ナナオがこちらを振り向いて恥ずかし気に笑った。
敵意だらけの他二人に対して、ナナオだけがひどく健全に見える。
「まともにやりあったらナナオくんが死んでしまいますよ」
「はっ、ナナオが死んでも誰も悲しまねえよ」
「は、はは……」
「なんてこと言ってやがる、あのモグっちめ…」
誰かが死んで、悲しまない人がいないなんてことはない。きっと、いや、絶対にナナオの父は悲しむのだろう。
「そういうことは言っちゃダメだと思います!」
むすっと頬を膨らませたナナの顔は可愛かったが、今はそれよりも決闘について考えなければ。
もしナナオの能力が戦闘向きでなかった場合、ナナオは真っ先に二人に集中攻撃されるだろう。
「大けがしたら困るからね。じゃあ、三人で普通に殴り合いをするということで」
「「ええっ!?」」
「ナイス、先生!」
スバルの心が読めたのかと思ったが、教師は『能力者』ではないため、タイミングが良かっただけだろう。
ただ、能力を使用禁止にしたのならばナナオの勝利率が飛躍的に上がるといえる。
「地面に倒れたら負けです」
教師がそう言って右手を振り下ろすとナナオがこちらを見て微笑んだように見える。
――「てめえ、わかってるよな、セイヤ」
――「命令されるのは嫌だな。ただ、論外のナナオくんと戦うのは気が引けるね」
そんな会話が聞こえたような気がして、ナナオから視線をそらし、とっさに二人の方に向ける。
だが、遅かった。――否、早く見えていたからといって止められるものではないだろう。
ボゥゥゥ、パリン
次の瞬間、直感的に目をつむってしまうほどの暴力がナナオにふるわれた。
* * *
ボゥゥゥ、パリン
「――ぐっ」
音が鳴りやんでから瞼を開けると、ナナオが校庭で倒れているのが目に入る。ナナオの額から血が垂れ、頬が少しだけ膨らんでいるのが見えた。
先ほど聞こえたのは、火が燃え上がるような音と、硝子が割れるような耳につく音だった。
その能力の影響をナナオの体は受けていないようだが、能力が使われた証拠として、襟のところが焦げ、ナナオの周囲に小さな氷が散っているのが見える。
「―――っ!」
スバルは堪えきれなくなって立ち上がる。
どうして、そんなことをしたんだ。
教師がナナオに駆け寄って「ナナオくん!」と呼び掛け、その後に二人へ向けて「能力は禁止ですよ!」と注意をする。
教師の言葉に賛同したいが、恐怖を感じて踏み出せない、強く当たることができない。
――だから、スバルは睨みつけることしかできなかった。
「オイ、てめえ。なに睨んでんだよ」
気づいたときにはモグオが眼前まで来ていて。
「なんでって、お前らが能力を使ってナナオをけがさせたからだろ!」
これでも握力には大分自身がある。
少しだけ、ナナオの仇みたいなものをとらせてくれたっていいんじゃないか。
そんな考えに至って、スバルは右手でモグオの胸ぐらをつかんだ。
「フン、”自称リーダーくん”がなれるもんじゃねえんだよ。――っていうかおめえの『能力』って結局なんだ?」
「……俺の、能力」
モグオが目つきを悪くしてスバルに問いかけた。顔を近づけてくる。
能力だなんてそんな便利なもの――、
「ねぇ、よ」
自分の無力を隠し切れなくて、弱弱しく答える。
「能力隠すなって、自信がねえんなら黙ってろ」
隠してなんかない。本当にスバルには思い当たることがないのだ。
それだけ言って決闘を再開したモグオの背中が本当に嫌で、教師に目を向けた瞬間、殴りに行く。
――殴りに行こうとした。
「ダメです!」
モグオとのやり取りで一度も口を開かなかったナナが、銀鈴の声を響かせる。
「今入ったら、菜月さんが悪いことになってしまうかもしれません! ルール違反をしていたモグオさんたちが悪いことは必ず証明されます!」
そう言いながら右腕を下に引っ張った。
「大丈夫です! 絶対、綺麗な心の持ち主の中島さんなら! 能力がいくら強力でも、負けることだってあるんです!」
「なんで、そんなこと…」
言い切れるのだろう。彼女は心が読めるだけで、未来が読めるわけではない。なら、何故言い切れるのか。
このままだったらナナオが委員長になれない。せっかく前へ向き直ったところなのに、汚い手で防がれてしまうのを見たくない。
「わたしは、心が読めます! でも、それだけ。ただ、それだけなんです。一般の人と違うところなんてそこだけなのに、どこか傲慢になってしまう自分がいます」
瞳に光を反射させながら、『能力者』――少しだけ他の人と違う力を持った少女が言う。
昔のことを振り返っているような、自分自身を責めているような、そんな目をして。
「でも、中島さんは傲慢なところなんて一つもない! 今も、自分を悔やんでいるだけなんです」
南東の風に髪をなびかせ、優しい少女が言う。
「――こう、思いませんか」
「強くて傲慢な人よりも、普通でも努力を惜しまない人の方が何倍も報われるべきだって!」
「ナナ……。――ぁ?」
スバルがそう口にした瞬間、校庭の真ん中で見たことないほどの火球が出現する。
熱風が吹き荒れ、石段の方に迫ろうとしていた。
回避不可能、出現させたモグオも操作不能になっているのがわかる。
「後ろに…!」
スバルがナナを庇おうと前に立つが、ナナがスバルの手を握り、「死んでしまいます! あの火球にあったら、菜月さんも!」と涙目になって言った。
きっとこれは誰にも止めることができないだろう。
「――ごめん」
死ぬかもしれないと、そう思ったとき、前に誰かが立ち塞がった。
腕を広げ、火球に耐えるように少年が立っていた。
火球は、風船がしぼんだような音を出しながら、見事に消えていた。
何が起こったのか、そう思って少年を見る。
「言ってなかったよね。僕、人の能力を無効にできるんだ。それだけなんだよ」
緑髪の、たった一人の少年――ナナオが、あの大きい火球を消したのだ。
「すっ、ごい」 「す、げぇ」
「能力じゃないですか!」 「能力じゃねぇか!」
大した能力じゃないと言っていたが、これは本当にすごい能力だ。
スバルがあれこれと考えても無力だったのに、ナナオは行動に移して、成功させた。
心が広すぎる。やはり、このクラスの学級委員長は、ナナオしか、いない。
「二人とも中島くんのことを能力を使って倒したね!? ルール違反です」
* * *
「――菜月くん、寮のことなんだけど。中島くんの隣の隣の部屋、使ってね」
学級委員長がナナオに決まり、午後の授業を終えたあと。教材をバッグに入れているとき、教師が声をかけてくる。
「あぁ、すいません。急に転校生にさせてもらったのに、野宿でもいいッスよ?」
「だめです」 「だめだよ」
気を遣って言ったつもりだったのに、ナナとナナオに止められてしまう。
一日どころかずっと廊下で寝るのも迷惑だろうし、正直なところ、本当に野宿でもいいのだが――。
「貸し出しできる布団があるから、一緒に来てください」
「ナナ、ナナオ。先帰っててくれ」
布団は、学校の非常用倉庫にあるらしい。
取りに行くのに時間がかかって、ナナたちを待たせることはしたくない。
「わかりました! 崖のところで待ってますね!」
「うん、待ってるね」
「あ、すみません。渡すのを忘れていました」
ナナがぬいぐるみをナナオに渡した。
ナナオは少しだけ目を開き、「あ、うん。ありがとう」と言いながらポケットにしまうと、スバルに手を振る。
「お、おう。超遅くなるかもしれねぇから、そのときは待ってなくていいからな」とだけ言って、スバルはその場を離れたのだった。
* * *
「菜月くん、この学校はどう?」
ふと、教師が言った言葉にスバルは少しだけ目を見開いた。
この教師も、やはりちゃんと考えていたのだ。
理由はスバルも教師もわかっていないが、急にこの島に来たということだけわかっている。心配してくれていたのだろうか。
「大丈夫ッスよ、全然。接しやすいというか、むしろ、ナナとナナオが俺に優しすぎるというか…」
「良かったよ」
後ろからなので教師の顔は見えなかったが、少しだけ、笑ったような気がした。
非常用倉庫の鍵穴に鍵を入れ、回して扉を開くと、倉庫内は非常食や簡易トイレで埋め尽くされていて、その一角に「非常用 毛布」と書かれた段ボールがいくつか積み上がっていた。
「この段ボール持ってってね」
段ボールを外に置いて、カチャリ、と鍵を閉めた教師は、学校の方へ戻っていく。
言われた通りスバルは段ボールを持って、ナナたちがいるはずの崖の方に向かった。
* * *
……ザァァ、……ザァァ
「ナナとナナオ、まだいるかな」
森の先に見えるのは、昨日も来た崖。
遠目から見てもいないと言える。ナナとナナオの姿はどこにもなかった。
その光景はとても自然なはずなのにどこか焦りを感じる。
それを自覚すると、スバルは前へ足早に進んでいく。
「――?」
森を出て、崖の上に置かれたものが目に入った。
「――ナナの」
桃色のリュックサック。
昨日も今日も、大切に彼女が背負っていたものだ。
それが乱雑に、まるで大切にしていないように置かれている。
――それはつまり、何かあったということではないだろうか。
「いやいや、そんなわけ…」
ただ、リュックサックが置かれていただけじゃないか。それだけで異変があったと思うのは早とちりというものだ。
「――ナナ、ちゃん」
「――っ」
声が聞こえた。
どこから――下から。
誰を呼んだ――ナナ。
誰が呼んだ――ナナオ。
その事実を理解するまでに、軽く見積もっても数秒は経っていただろう。
「――ナナオ?」
下、下ってどこだ。崖に下なんてないだろう。だって、海面から崖まで三十メートル以上あるじゃないか。第一、そんな下から何故声が聞こえる。今の声は、もっと近い。そう、数メートルもないようなそんな距離だ。
目先でロープが大きく揺れている。古いロープ――、
前へ数歩出て、遠い――否、近いところを見た。
「ナナオ!」
ボロボロのロープを両手で掴んで、ぶら下がっているナナオが、顔を恐怖で染めていた。
「今引き上げるから、耐えてくれ!」
段ボールを後ろに置いてから、崖の先端でしゃがみ、思い切り手を伸ばした。
ギリギリ、ナナオの手が届く距離でホッとする。
「俺の手、掴め!」
後はナナオが手をロープからスバルの手の方に移動させれば、大丈夫。大丈夫だった。
引き上げようとして、足に力を入れる直前だった。ナナオがスバルの手を握らない。
「早く!」
「――ナナ、ちゃんが」
ナナオの言葉が耳に入って、先のリュックサックがフラッシュバックする。
乱雑に置かれていたあれは、まるで誰かから逃げようとして、荷物を捨てた証拠なのではないか。
もし、誰かに突き落とされたナナオを助けようとして、ナナが手を伸ばしたが、間に合わず逃げることしかできなかったのなら。
誰か――否、『人類の敵』がナナオを突き落としたのなら。
昨日、『人類の敵』がナナを風で突き落とそうとしたが、未遂に終わったのなら。
―――お前さん、後ろには気を付けておいた方がいいぞ。誰に狙われているかわからんからな。
キョウヤの忠告が再生される。
狙われ、ている。
――ゴツン。
「―――ぁ?」
後ろからの衝撃が、スバルを崖の下へと導いた。