約束を果たしましょう   作:燈台

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第ゼロ章 終幕「――暗転」

 ――ゴツン。

 

「―――ぁ?」

 

 後ろから、衝撃。頭に当たったのは多分段ボールだ。

 段ボールの角が、スバルの頭に当たって、なすすべなく前に倒れていく。

 

「―――っ」

 

 スバルが倒れていくとき、ナナオの手がロープから離れ、落ちていく。

 

 ――マズい。このままでは自分も、ナナオも死んでしまう。

 

「――ぃ!」

 

 回る視界の中で、半回転しながら、歯を食いしばってロープを右手、ナナオの手を左手で掴んだ。

 なんとか、死なずに済んだ。

 

 ――でも、足場がない。

 上に上がろうとしても、足に力を入れることができるための足場がない。

 上下左右、どこにも、ない。ない、ないないないないないないない――。

 

 歩いていても、座っていても、みんなと話していても、どこかで感じていた安心感は、常に重さを支えられるところがあったからなのかもしれない。

 

 ――それでも。それでも、どこかに足場があると信じて、足をバタバタ動かす。

 そのせいでナナオも落ちてしまいそうになっているが、そこまで気が回らない。スバルは、自分が助かる手段を探すだけで精一杯だった。

 

「――誰、だ」

 

 見下ろされている。顔は見えない、双眸だけが反射していた。

 

「誰だ!」

 

 冷酷な目、まるでバケモノを見るかのような目。

 自分が見た中で、その目は一番残酷なものだったのかもしれない。

 自分が人間とも見られていない、心の底から死んでほしいと願われているような目。

 

……ザァァ、……ザァァ、

 

 崖では、その波の音が聞こえていた。

 孤独を、焦燥を、恐怖を、感じるのが気のせいであると、そう思うたびに、音は大きくなっていく。

 

……ザァァ、……ザァァ、……ザァァ

 

 その音がだんだん耳障りに聞こえてきて、怒りが溜まる。そんな音を立ててないで、早く自分達を助けてくれなんてどうしようもない怒りが溜まる。

 でも、怒りをぶつける場所はどこにもなくて。

 

……ザァァ、……ザァァ、……ザァァ、……ザァァ

 

 足元を、見た。十数秒前に確認したときと同じく、頼れる足場はどこにもない。ただ、足元は自分を飲み込んでしまうと錯覚するほど暗く、冷たい。

 耳も、足も、手も、体全ての部位が冷たく凍り付いていくと錯覚する。

 雪の中に埋められるような、初夏では起こりえないはずの現象。

 

 ――死の恐怖、というものを感じたことはありますか?

 

 その質問に、多くの人はおそらく「いいえ」と答えるだろう。

 答えの中に「はい」と答える人間がいたとしても、本当に死んでしまうときの恐怖より、きっと何倍も何倍も、小さい。

 

 何時間も前、自分たちに火球が迫ってきたとき、スバルは死の恐怖を感じた、気がした。

 気がしただけなのは、それがきっと本物ではないから。

 あのときは、誰かが助けてくれるという安心感があった。これだけ『能力者』がいるのだから。一人くらいは英雄がいるだろう。――そして、予想通りナナオが助けてくれた。

 

「―――――! ―――!」

 

 ナナオが下で何か叫んでいる。耳元なのに、その文字を理解することができない。

 ――頭の中は、死に対する恐怖で埋め尽くされていたからだ。

 

 ――死の恐怖に、耐えられると思いますか?

 

 その質問に、おそらく全員が「知らない」と答えるだろう。

 だって、死んだことないし。死んでたらここにいないだろう。

 

 細くなっていくロープが、死が直前に迫っていることを感じさせる。 

 

 死の恐怖に耐えられるとしたら、それは一度だけだろう。一度だけなら耐えられる。

 命という、自分の中で一番大切な部分がすべて削り取られるのが死ならば、人間は一度だけしか耐えられない。

 いや違う、一度だけしか来ないから”耐えられる”なんて概念は生まれないのだ。死んでしまったらそこで終わり、もし地獄や天国があったとしても、そこで死ぬことはない。

 

 人生の終着点――だから、その先を考えなくていい。死んでいく痛みを感じるよりも先に、あちらへ逝けるのだから。

 それが意味があった死か、意味がなかった死なのかなんて、どうでもいい。意味があっても、意味があったと称賛されているところなんて見ることができないから。

 

 二人分の体重に耐えきれない。死ぬ、死んでしまう。ナナオも、スバルも。自分達を殺した後で、きっと『敵』はナナの方へ向かうのだろう。

 

「――父、さん」

 

 隣で一言、ナナオがそう言った。

 

 そうだ。忘れていた。1つだけ、自分が死んだあとの心残りがあったんだった。

 

 ごめんね。お母さん、父ちゃん。

 

 ――いってらっしゃい。

 

 いってきますって返せなかったよ。いってきますが必ず帰ってきますって、言えなかったよ。

 

 願わくば、あの人達が悲しまずにすみますように。

 ナツキ・スバルなんていう最低の人間を愛してくれた、あの人達が。

 

 ロープが千切れ、ナナオが先に転落していく中で、ナナオの手を握る感覚はなかった。途中で離してしまったのか、それとも離していないのか。

 どちらでもよかった。どうせ死んでしまうのだから、そんなことを考えても無意味だから。

 

 自分の上下と世界の上下が合わなくなって、視界もぐるぐる回って。

 こちらを見る、ナナオが、責任感に押しつぶされそうな表情をしていて。

 

 自分の肩から外れ、落ちていくバッグを見て、少し悲しくなったけれど、どうせその悲しみも忘れて自分は死んでいくのだろう。

 

 下から、ナナオの右ポケットに入っていたぬいぐるみがこちらを見つめている。もう少し、完成度が上げられたら良かったのに。

 

 そんな思いも全部置き去りにして、置いてけぼりにして、落ちていく。耳の中に響く風の音がどこまでもどこまでも冷酷で。

 

 最後に海へ飲み込まれる感覚だけが残っていて、そのまま死んだ。

 初めて『死』を理解する前に、死んだ。

 死んでから、スバルの、ナツキ・スバルの意識は暗転する。

 

 ――暗転、した。

 

 

 

 

 

 ―――いつかまた会えたのなら、あの約束を、果たしに行きましょう。

 

 

                             20XX年 6月13日 午後6時10分




第ゼロ章、最後まで読んでくださりありがとうございます!
次の話は一週間後の二十時十五分更新予定です。(仮)
リゼロ四期楽しみだー!!
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