約束を果たしましょう 作:燈台
今夜の第二話も見るぞ!
読んでくださった方、お気に入りに登録してくださった方、本当にありがとうございます!
穴だらけで矛盾点も多いと思いますが、これからも読んでもらえると嬉しいです!
第一章 01「期待外れな能力」
深い深い、暗闇に飲み込まれていく。
上下左右がない。――否、正確には上下左右を感じる”感覚”がないといったところか。
終わりがないような。果てしなく――いや、これこそが果てなのかもしれない。
世界の端、前人未到の場所。
誰も話してくれない、誰も声を掛けてくれない、誰も見てくれない。
突きつけられる、孤独。
人はこれを、地獄と呼ぶのだろうか。
そこからは何も見えなかった。
――これでやっと、自分は世界からいなくなれるのだと、そう思っていた。
* * *
「――っていうかおめえの能力って結局なんだ?」
突如として、視界が開けた。
頭には岩と衝突したときの激しい痛みが残っている。
眼前には火をモチーフとした服を着た、悪人顔の少年。
「――は?」
何が起こったのかわからなかった。
え、今、いま何がどうなって。
頭が混乱する。
落ちた、崖から。
後頭部に強い衝撃と痛みを受けて、それから――?
何処かにいたような気がするが、思い出せない。
ただ一つだけ、ナツキ・スバルはあのとき、死んだ。
ナナオを助けることも、ナナのための時間稼ぎもできなくて、意味のない『死』を遂げたはずだった。
なのに、
「何で俺は生きてるんだ…?」
周りを見渡した。
目の前にはモグオ。
その奥には倒れているナナオと助けようとする教師、恰好をつけて立っているセイヤ。
左には必死にモグオを引き離そうと声を出しているナナ。
サァァ
風が砂をさらい、スバルの髪を揺らす。
上からは強い視線を感じる。多分、キョウヤだ。
動揺が止まらない。
何故死んでいない、
何故ナナオが生きている、
何故今は日が昇っている、
何故、何故、何故――、
「おい、おめえ、聞いてんのか? 能力、なんだよ」
「いや、だからねぇって…」
「はぁ。能力隠すなって、自信がねえんなら黙ってろ」
それだけ言って、決闘を再開したモグオの背中が見えることが本当にわからなくて、訊きに行く。
――訊きに行こうとした。
「ダメです!」
ナナが銀鈴の声を響かせる。怒りを堪えているようにも見えるが、それでも自分の感情を制御して引き留めていた。
「今入ったら、菜月さんが悪いことになってしまうかもしれません! ルール違反をしていたモグオさんたちが悪いことは必ず証明されます!」
そう言いながら、彼女はスバルの右腕を引っ張った。
「――え?」
この言葉を知っている。この言葉も、その前の言葉も、その前の前のモグオの言葉も。
視界が開けてから、スバルの耳に届く言葉は全て聞いたことがあった。
「大丈夫です! 絶対、綺麗な心の持ち主の中島さんなら! 能力がいくら強力でも、負けることだってあるんです!」
待て、待て、待て――、
「わたしは、心が読めます! でも、それだけ。ただ、それだけなんです。一般の人と違うところなんてそこだけなのに、どこか傲慢になってしまう自分がいます」
少し待ってくれ、
「――こう、思いませんか」
考えさせてくれ、少しだけ待ってくれ、
「強くて傲慢な人よりも、普通でも努力を惜しまない人の方が何倍も報われるべきだって!」
南東の風に髪をなびかせ、彼女が瞳に灯した強い光も、スバルは知っている。
彼女の言葉を聞いてすぐ、前方から熱風が飛んでくる。この温度も知っている。
何が何だかわからなくて、スバルは前に立った。
ナナがスバルの手を握って、涙目になりながら引き留めようとする姿も知っている。
その後、ナナオが助けてくれたことも、知っている。
「すごい、能力じゃないですか!」
今、起こったことすべて、すべて知っていた。
* * *
午後の授業中、スバルはずっとノートに黒板の内容ではなく、頭の中にある既視感を書き出していた。
スバルは確かに、あのとき、死んだ。それは違わない。
だが、暗闇を抜けた後、時刻が変わっていた。
ナナオが生きていた。ナナは変わらず眩しかった。
全部、皆の表情全部を、スバルは知っていた。
つまり――、
「時間が巻き戻ってる」
何度も考えたが、結局そこに行きついてしまう。
予知夢じゃない。予知夢ならもっと大雑把なはずだ。
あの恐怖も、全部が全部、スバルの体に染みついている。
死んで巻き戻る、『死に戻り』の能力――スバルはそう名付けることにした。
「俺の能力が『死に戻り』だとして、また残酷というか、期待外れなのが来たな…」
正直、もっとこう、ファンタジーでわくわくするものがよかった。
モグオとかセイヤとか、わかりやすくて使い勝手の良い能力がよかったのだが、胸糞悪いというか、これでは『能力者』でないことに気付かないのも納得だ。
「ワンチャン、幸せ死にましたって思ったら巻き戻って永遠に死ねない可能性あるぞこれ…」
寿命で幸せに死んで、誰かに看取られるのかわからないが、一番重要なタスクを終えられた――と思ったら逆戻り。不老不死より辛いかもしれない。
そうを考えると寒気がしたが、一度置いておく。
「それよりも、あのとき何があったのかを確かめる方が大事だよな」
このままいくと、戻る前と同じ流れを辿り、ナナオとスバルは死んで、ナナも危険な目に遭ってしまうだろう。避けるべきだ、それでは意味がない。
だから、突破口を編み出すのだ。
『死に戻り』はこういうことのためにあるのかもしれない。
―――人生の終着点を回避するために。
「菜月くん、寮のことなんだけど。中島くんの隣の隣の部屋、使ってね」
教師から声をかけられる。――無論、スバルはこの言葉を知っているが。
「あ、すいません。野宿でもいいですよ?」
「だめです」 「だめだよ」
今の目標は、あの崖の上で、何が起こったのかを知ること。
――できればそれで、ナナオやナナを救うことができたらいいのだが。
まずそのために、スバルは同じ流れを辿ることにした。思い出せる限り、正確に。
そこに多少の違いが生まれてしまうのはしょうがないが。
「貸し出しできる布団があるから、一緒に来てください」
そう言って歩き出した教師を背に、スバルは「先帰っててくれていいぜ」と言う。
「わかりました! 崖のところで待ってますね!」
「うん、待ってるね」
今はただ、彼女たちが崖に行くのを止めない自分が腹立たしかった。
ナナがナナオへ渡したぬいぐるみを見ると、またスバルの心が締め付けられる。
――大丈夫、助けられる。助けられなくても、また。
「超遅くなるかもしれねぇから、そのときは待ってくれなくていいからな」
無自覚に”また”があると思っていたことに、スバルは気付かなかった。
――もし、”また”があるとして、ナナたちが襲われ、傷ついた事実は、スバルの心の中で永遠と残り続けるというのに。
* * *
「菜月くん、この学校はど――」
教師がスバルに問いながら振り向いたときには、スバルはバッグを投げ捨て崖の方へ駆け出していた。
「こら、菜月くん! どこにいくんだ!」
「ごめん、先生! ちょっと用事ができて、終わったらすぐ戻るから!」
せっかくスバルの気持ちを考えて訊いてくれたのに、それを無視して走り出すのは本当に悪いと思っているが、――人が死んでしまうかもしれない。だから、布団のことは後ででいい。
そのまま学校の敷地内から抜け、森の中に急いで入る。
「―――っ」
前方に体重をかけすぎて、転びそうになるのをなんとか堪えた。
それに安堵している暇もなく、走り続ける。
――大丈夫、大丈夫。きっと間に合う。
森が開けた先に、崖がある。日が少しだけ入りそうになっているが、夏至が近いのでまだ少し明るい。
走って走って走って。
この先に二人が立っているはずだ。スバルのことを襲われる直前まで待っていてくれたはずだ。
間に合う。絶対に間に合わせる。ナナがリュックサックを置いて、ナナオを置き去りにしてしまうことを悔やむ、その前に――。
「…はじめて、声が聞こえなくなりました…!」
崖の上には、手をつなぐ、緑髪の少年と桃髪の美少女が立っていて。
「――良かったぁ…」
ナツキ・スバルは、地獄が始まる直前に、――間に合った。
* * *
「菜月さん? 布団の準備、終わったんですね!」
手をつないだまま、ナナはこちらを見る。
バッグも置いてきてしまっていたので、ナナは、スバルがすでに寮に置いてきたのだと思ったのだろう。
「いや、違う。ナナ、ナナオ。聞いてほしいことがあるんだ」
「昴くん? 何の――」
「これからここに、『人類の敵』が来る」
「「――ぇ?」」
ナナとナナオは声を合わせて、きょとんとした表情をする。当然だ。いきなりそのようなことを言われても、理解できるわけがないだろう。
「詳しい説明は後だ。早く寮に逃げるぞ!」
スバルはナナたちに近づいて行って、2人の手を上から握った。
――もしかしたら、わたしは『人類の敵』の心の声が聞こえるかもしれません。
――襲ってきたときにすぐに知らせれば、逃げ切れるかもです!
そうだ、前に、ナナが言っていた。
「――ナナ、近づいてきてる『人類の敵』の心の声、聞き取れるか?」
あのときの『人類の敵』に対する作戦会議はスバルだけでなく、ナナやナナオも覚えているはずだ。
スバルの言葉に、ナナとナナオは顔を見合わせる。
何を言っているのかわからない、という顔ではない。――昨日言ったことがもう起きてしまったのかという顔だ。
それにスバルは悲しくなって、同時に少し安心した。頭ではわかっていたはずだが、彼らからスバルとの思い出が全て消え去ってしまっていたわけではないのだと。
「――やってみます。中島さん、手を」
「うん」
ナナはそう発言して、ナナオの手を離した。もしかしたら、ナナオと触れていると能力が無効化されるのかもしれない。
「――ん」
ナナは奥深くに眠る感覚を引っ張り出すように目をつむる。
それから誰も話さない時間が数秒続いた。スバル、おそらくナナオもナナの集中を切らしたくないと思ったからだ。
「――後ろ。……後ろです。『人類の敵』が、今森の中に」
ナナが最後の方、声を潜めてそう言った。それほど近くに『人類の敵』がいるのだろう。
ナナの声を聞いて、スバルはすぐに周りを見渡した。
誰も見えない、が、きっと誰かいる。二人を襲って、ついにはナナオを突き落とした悪意の塊である『人類の敵』が。
「『人類の敵』とは違う方向の、森の中に隠れましょう」
小声で、屈みながら少しずつ足音を立てずにナナが進み、その後ろにナナオが続く。
スバルが来た道には人影は見えないが、なるべくそこからも視認できないような位置へと。
「――――」
「昴くん、早く」
立ち止まったスバルを不思議に思い、ナナオが手を差し出した。
だが、スバルはその手を取らない。
「ナナオ、ナナ。俺が囮やるから、二人は逃げろ」
ナナオは目を見開き、ナナは後ろを振り向いた。――何を言っているんだ、と。
無論、今の提案はスバル自身も無謀と感じるものだ。
「何を言っているんですか!? ……すみません、声を張り上げてしまいました。でも、菜月さんが囮をやって、死んでしまったら、わたしは嫌です」
眉間にシワを寄せ、今にも泣きそうな顔でナナが言った。
――死んでしまったら。
そうかもしれない。だけど今大事なのは、スバルが死なないことよりも、『人類の敵』がどういう
「心配してくれてありがとな。――でも、今一緒に逃げるよりは、ナナたちが先生を呼んでくれた方が、生存率は高いと思う」
「で、でも、昴くん一人だけ、危ない目に遭うっていうことじゃないか」
「三人とも死ぬよりも、そっちの方がマシだろ? ナナは心読めるし、ナナオは能力を無効化できるし。……何もない俺が生き残るよりは、な」
人類のためになるだろうだなんてそんな大きいことは言えないが、多くの人を救えるのは、スバルではなくナナやナナオだ。
だが、死んでしまったら『死に戻り』が発動して逆戻りだ。
このようなことを言ったとて、スバルはわざと死にに行くわけではない。
「菜月さん…」 「昴くん…」
二人とも、顔を沈めた。――沈めたけれど、顔を上げて、走っていく。
スバルの方を見て、覚悟を
「来いよ、『人類の敵』――!」
そう言ってから、スバルは辺りを見渡した。
木の葉がぶつかり、擦れる音と波しぶきの音が崖の上に広がる。
生徒の声は不自然なぐらい聞こえない。ただ、前方のだれもいない道に妙な威圧感を感じ、後ずさる。
そう思ってから、何分が経っただろうか。
『人類の敵』が襲ってこないが、ナナたちも来ない。何かあったのか。
いつからか下を向いていた顔を上げ、再び森林に目を凝らすが、やっぱり誰もいない。
死んでしまった時刻は超えただろうか。
このまま何もなく、教師たちが来ればいい。ただのスバルの勘違いで、崖で落とされたことも全部夢だったらいい。
そして、やっと道に見えたのは。
「――ナナ?」
こちらに走ってくる少女、ただ一人だけだった。
* * *
「ナナ?」
ナナたちが教師たちを呼んできてくれたのかとも思ったのだが――、見間違いではない、ナナ一人だ。
制服を泥だらけにしていた。
「―――っ! 逃げてください、『人類の敵』が目の前で中島さんを!」
銀鈴の声の悲鳴が、崖上に響く。
「クソが!」
自分はどうやら、『人類の敵』の眼中にもなかったらしい。その事実に腹が立って、スバルは思い切り地面を蹴った。
何の意味もなかったのか、ただ、ナナオを殺してしまっただけなのか。
ならばいっそ、今すぐ『死に戻り』をして、助けるべきではないか。
ナナはスバルの近くに来て、「林はダメです。……『人類の敵』が」と眉を下げて言った。
「助かる方法は、崖から飛び降りるしかありません…」
少しでも、という意味だろう。
死ぬかもしれないが飛び降りるか、死ぬか。その2択しかないのだと悟った。
「中島さんを助けられなかったわたしは、もう生きる価値なんかないかもしれません。――でも、菜月さんには何とか生きていてほしいんです」
エメラルドグリーンの瞳を瞬いて、ナナはスバルの手を引いた。
「ナナ! 俺は」
『死に戻り』があるのだと、そう言おうとしたが、彼女の微笑みに阻まれてしまった。
「――すみません、こんなことしかできなくて」
日の入りが始まった時刻、ロープが切れた崖上で、スバルは――、
「生き残れたら、先生に伝えてください。――『人類の敵』が来たのだと」
温かい手に押され、宙を舞い、海に落ちていく。
もし生き残れたら、――多分そんなことはない。生き残れるほど、スバルに運はない。
――なぁ、ナツキ・スバル。世界はお前に、「死ね」とご所望らしいぜ。
大岩に激突する硬い感触の後、スバルの意識は少しずつ黒く染まっていき、――途絶えた。
* * *
「――っていうかおめえの能力って結局なんだ?」
もう三度も見た、悪人顔の少年。
次、もし救えずに死んだら、どう決めていた。
「俺は――」
足りない自分の頭で、考えて、出した答え。
今まで「ない」と答えていたものを、「ある」と答えたら。
『死に戻り』よりも、もっとハッタリを利かせよう。『人類の敵』も警戒してしまうくらいな。
「予知能力者だ!」
この嘘が、見破られてしまいませんように。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
第一章02は、来週水曜の同じ時間に投稿予定です。