「厩務員のみなさん、ご協力ありがとうございました」
「おう、セシリア様によろしくな!」
「はーい」
これで準備OK……なのかな? 一応、飲み物とお菓子も準備しておきましょう。
中庭のテラスのそばに積まれた牧草。
「ルナリア、準備、できているようですね」
「あつ、はい。お嬢さま、厩務長様おすすめの牧草です」
お嬢さまが、タッタッタと小走りでバフン! と牧草の山にダイブ。
「うーん、ふわふわでいい香り」
寝返り打って仰向けになると、空いた横をポンポンと叩いてお誘いですね。
バフン! とお嬢さまの横に寝そべる。思った以上に気持ちイイ!
寝ながら見上げる青空が、気持ちよさに拍車をかけます。
「気持ちイイですね、お嬢さま」
「でしょ!」
お嬢さまとふたりで至福の時間でございます。
「気持ち、良さそうですな」
「うわっ! びっくりした!」
「あっ、セバス様。あの、コレは……すいません」
飛び起きて、服についてる牧草を叩いて落とす。
「いや、叱っているわけではない」
わたしを手で制しながら、お嬢さまへと向く。
「お嬢さま、本日お招きしたお客様がいらっしゃいました」
「おっ、なんだよ。俺の牧草に匂い付けして、誘惑する気か? 大胆だな」
お嬢さまが、声のほうを見て、不審な表情を浮かべる。
「あなた、誰? セバス、なんで魔族なんて屋敷にあげてるのですか、近衛は仕事放棄ですか?」
お嬢さま、全然動揺しませんね。
と思ったら、足が震えてます。なんとなくは、理解したみたいですね。
それにしても、チラリと魔族の来客を見る。
軽く2メートルを超える背に彫刻のように引き締まった筋肉。白銀に黒メッシュの髪は無造作に後ろに流されている。
好戦的な大胆不敵な表情なのにどこか女性的な艶めかしい顔。
そして、眉間に白択と同じ赤の魔石と後ろに湾曲して伸びる対のツノが魔族を主張する。
まだ、少年の幼さを残してなければ、ヤバいところです。
「ようこそ、お越しくださいました。えーと……」
「シャムロックでイイよ、メイドさん」
「では、シャムロック様、あちらのテラスに……」
「なんだよ、食べさせてくれないのかよ。俺のために用意してくれたんだろ」
そう言った途端、魔族のお客様が、大山羊に一瞬で変化。変面師並みの速さです。
「メーェェェ!」
牧草にダイブでモグモグタイムです。
牧草の山の上でお嬢さまが、ポカーンと、口開けて固まってます。
「何、なんですの、魔族だったんですのぉぉ!!」
お嬢さまが、絶叫をあげた!
「知らないで、招待したのかよ? メイドさんは、わかってたみたいだけど?」
山羊がこっちを向いた。
「ヒィィィィィッ!!」
もう体が勝手に動いてセバス様の後ろに逃げ込んだ!
「なにあれ、なにあれ、……ヒィィィィィ!」
「なんだ、アレ?」
山羊が、お嬢さまに向き直る。
お嬢さまが、山羊をじっと見つめる。
「キモッ!!」
「んっだよ、それ!! 人の顔見て気持ち悪いとか失礼だろ!」
お嬢さまが、もう一度目を凝らして見つめる。
「いや、キモいわよ! どう見たって人面山羊ですもの!」
そうなんです。顔だけ先程の美男子に戻ってるのよ、顔だけよ!! 山羊の頭に人の顔が張り付いてる!
無駄にイケメンの顔が、不気味を増長させ恐怖も倍々! SUN値がゴリゴリ削られる。
人面山羊です! 都市伝説です! ホラーです!
ホラー大の苦手なわたしは、セバス様の背中からチラッと覗いてひっ!と戻る。
絶対無理! 生理的にも無理! 今夜、一人でトイレ行けないです。
「そんな気持ち悪いか?」
お嬢さまが、コクコク頷く。
「でも、白択の顔じゃ言葉話せねーんだわ、面白いだろ」
「笑えませんけど、難儀ですわね。食べ終わったら、魔族に戻ってちょうだい。そのままじゃ、ルナリアが気絶してしまうわ」
「ルナリア? あーメイドさんか。苦手なんだこういうの」
人面山羊が、こっちを見てニヤリと笑った!!
もう……ダメ……ガクン!
《透香プロトコル、意識喪失。強制覚醒開始します》
「キャン!」
うわっ! ビリッときたー!
《覚醒成功です》
わたしの意識の扱いが雑だわ。
「ルナリア、お客様が、お食事中よ、お水を差し上げて、あとわたしにはお茶をくださいな」
「は、はい、お嬢さま」
内心、エエッ! マジで! とは、思いましたが、メイドの職務は全うしなきゃ特級メイドの名に傷がつくわ。
「ところで、セバスまだ何かようがあるのかしら?」
いつもなら、さっと姿を消すのにずっといるので気になったみたい。
「来ていただいたお客様がお客様なので、失礼を欠くわけにはいきませんので、それと……」
「なぁーに、他にも何か?」
「お客様の来訪を知った、オーク・リー将軍がこちらに向かっているとのことなので」
「ブッ! 早く言いなさいな。まずいわね」
ゴニョゴニョ何か密談してらっしゃいますね……
「あの、お水と岩塩をお持ちいたしましっ」
「ヒイィ!」
「ありがとう、ルナリアさん!」
変面師のように人面山羊に早変わりです。
思わず、持ってたお盆をひっくり返して水を被っちゃいました。岩塩は山羊の頭を直撃。
「痛っ!」
痛み分けです。
「なにをやっているのかしら、あなた方は?」
後ろから、お嬢さまの声がした。振り返ると呆れ顔でこっちを見てる。
「いやあ、メイドさんのリアクションが、良くてからかってた」
いけしゃあしゃあとこの人面山羊め!
クスッとした顔を直して、お嬢さまが、深いカーテシーを取る。
「はじめましてでいいかしら? ノクスリア魔族帝国、シャムロック・グラリス皇子様」
魔族の人型に戻って返答を返す。
「これは、ご丁寧にどうも。お招きいただき光栄です。セシリア・フォン・アーネスト公爵令嬢殿」
大袈裟に手を胸に当ててシャムロック皇子が礼を返す」
お嬢さまが軽く微笑んで、いつもの素に戻る。
「迂闊でしたわ。魔族だとは、思ってましたが、まさか帝国の皇子だとはさすがに思いもしませんでしたわ」
セバス様は、シャムロックの正体を把握済みでしたのね。知ってて、ここまでお通しするのは、さすがは、アーネスト家です。考え方ぶっ飛んでます。
「こっちは、お嬢さまの正体を知ってて、ユニコーンから助けたんだけどな」
「そうなのでしょうね。何が目的なの?」
キッとした目でシャムロック皇子を睨む、
「おい、おい。目的も何もないだろ、招待したのはそちらだろ。逆になんの目的で、山羊を誘ったのか聞きたいね」
少しイジワルな笑みを浮かべ、腰を屈めてお嬢さまの顔を覗きこむ。
いきなりイケメン顔の接近と、知らずに招待してしまった迂闊さ。恥ずかしさのダブルパンチに、お嬢さまが顔を逸らし頬を染めた。
「いえ、あの……そのですね……わたくしの召喚獣の真似を……してくださらないかしら?……なんてお願いしようかなーとか……」
「プッ! なんだよそりゃ! ハッハハ」
「ですから、皇子だなんて思わなかったんですって!」
「いいぜ! なっても」
「はい? 今なんと?」
お嬢さまが、戸惑って聞き返す。
「だから、お嬢さまの召喚獣役をやってもイイぜ」
「えー!!」
これはわたしです。 びっくりした。
「あなた、なにを企んでますの?」
「オレのギフトの白択は、頭がいいんだよ。それに、あのメイドさんのことも知ってるみたいでな」
顔を再度近づけて囁く。
「お嬢さま、あんた……」
「ギフトの能力が使えないんだろ」
マズイ! お嬢さまの秘密が!
後ろからは、セバス様の殺気が膨らむ。
ヒャー!!
「どうしてそれを!?」
お嬢さま、こっちを疑いの眼差しで見ないでー!
ちぎれんばかりに首を横に振って否定します。フルフルルナリアです! セバス様の殺気がこっちを向きそうです。
「大丈夫だよ。そんなに警戒しなくても。もちろんただでやってやるなんて言ってないから」
「そうですの、少しホッとしましたわ。見返りは、なにを要求されるのかしら?」
ただじゃないと聞いて、お嬢さまが安心なさってる。無償の善意なんて信じませんものね。
「そうだな、オレのお嫁さんなんてどう?」
「素敵な話だけれども、お断り……ムグッ!」
シャムロックがお嬢さまの唇に人差し指を当てて遮った。
「これは、冗談だけど、否定の言葉はまだ聞きたくないんだ」
イタズラ気に小さく舌を出す。絵になるのが腹立しいです。
あんの人面山羊が! お嬢さまの唇に触れおって! 今度ハクタクくんが
そんな怨嗟の念は届くことなく二人のやりとりが続く。
「本当はね、オレも手伝って欲しいことがあるんだ。学園でね」
「学園で、てすか? 魔族のあなたが学園?」
「そっ、学園。実はねオレ、秋から学園に新入生として紛れ込むの!」
しれっととんでもないこと言ってる。お嬢さまもさすがにびっくり……でもないわね。
「なるほどね。それでわたくしに協力しろと?」
「話が早くて助かるよ。目的は併設の王立図書館の禁書庫にある魔導書『グリモアール』を調べて奪取することなんだよ」
「魔導書ですか? そんなにあっさり目的まで話して大丈夫ですの?」
シャムロック皇子が、魔族、いえ、悪魔的な笑みを浮かべる。
「大丈夫だろ、セシリア様は王国嫌いだろ」
お嬢さまの鋭い目線が、シャムロックを射る。
「ふう……。どこまで調べて、どこまでが直感なのかは、測りかねますが、よろしくてよ皇子さま。契約成立ね」
「よろしくな、相棒!」
ふたりとも、ずる賢い笑みで握手を交わす。
でも、それは大人のズルさじゃなくてイタズラする時の子供の顔ですよ。
その時遠くから、ドーン、ドーンと地響きがした。
お嬢さまが、地響きの方を向いて、悔しげにつぶやく。
「もう来ましたの。速すぎるわよ将軍め」