ゴージャスが何かを知りたいなら、アーネスト公爵邸を見ろ。
そんな揶揄がまことしやかに囁かれるほどの大邸宅。その屋敷に、建物に引けを取らないほど華美な装飾を施された馬車が一台、静かに止まった。
ドアが開くと同時に、門から玄関まで並び立つ執事とメイドたちが、一斉に頭を下げる。
その中央を、本来なら優雅に進むはずの令嬢、セシリア様が歩く。
後ろに付き従うわたしに使用人たちの視線が刺さる。
神殿での出来事は、もう知れ渡っているみたい。みなさん、興味津々といったご様子です。
あ、置いていかれてる。セシリア様、ちょっと早いです。
「あーもう。お嬢様、スキップ、スキップしちゃダメですー」
* * *
お嬢さまの背中のコルセットの紐をいそいそと緩めてあげると、彼女は解放感に息をついた。
「ふーぅ。どうどう。見たでしょ、ルナリア」
「何をでございますか。お嬢さま」
「何って見たでしょあの神殿にいた人たちの顔。そしてあの賞賛の声」
満面の笑みで、脱ぎ捨てられるコルセット。落ちる前にキャッチです。
「みなさま、ギフト『ルナリア』を、お褒めでいらっしゃいました」
「なんでギフトよ」
「でもね、そのギフトを授かりし、そうこの、セシリア・フォン・アーネストに対する惜しみなき喚声を聞いたでしょ」
絶賛、自画自賛中のお嬢様にナイトガウンを掛けながら、わたしは相槌を打つ。
「はい、素敵でしたお嬢さま」
ちゃんとメイドはできるんだ。
わたし、すごい。
次はゴージャスな鏡台にお嬢さまを座らせてお髪を梳いて差し上げます。
「部屋付きメイドも下がらせたことだし」
振り返り、キラッキラの視線を向けてくる。
「さあ見せて。あなたのスキル、デモン・ド・ラプラスをこのわたくしに披露なさい」
もう目の中、期待の天の川ですよ。セシリアさま。
《ショータイムですね。透香の出番ですよ》
(確かにこのキラッキラは裏切れないよね。期待に応えちゃいますよ)
《シナリオ出力開始》
ブワッとホログラム展開。例のト書付き台本が写し出される。
(いくわよルナリア。アクションスタート)
胸の前で手を合わせナノマシンを神々しく発光させる。
「我が主人様の仰せのままに。献上せしは大いなる魔道の極みか、世の理を紐解く深きっ」
不意にセシリアに下から
「ねえルナリア、それって必要なの」
ギクッ。
「誰もいないんだから能書も演出もいらないわよ」
《演出過多による露見と分析》
わたしの演出が。セシリア、恐ろしい娘。
ナノマシンの発光がションボリと消えていく。
「それと、出し惜しみは無しよ。全てをわたくしに差し出しなさい! わたくしの大いなる夢の実現の為にはどれだけ力があっても困りませんのよ!」
どんな野望を抱えてるのか、大変気になりますが、その貪欲な姿勢、さすがですセシリアお嬢さま。
「で、わたくしはどうすればいいのかしら」
「コホン。失礼いたしました。お嬢さまは何もなさらずとも大丈夫ですよ」
「これから魔法で賢者なんて小指の先でちょちょいってくらいの知識を、ナノマシ。いえ、エーテルに載せてお渡しいたします」
「そ、それって大丈夫なの、痛くない」
「大丈夫です、天井の染みでも数えてれば」
(ストップ。言い回しがなんかいかがわしいって)
《透香のデータベースからのラーニングです》
(うーん、腐ってたのはわたしか)
「ではお嬢さま、始めますよ。シーケンス、ラプラスの悪魔、開始」
《コネクテッド・データベース・アカシック》
《量子伝送システム開始。対象、セシリア・フォン・アーネスト》
《ナノマシン活性化。伝達プロセス。ゲットセット》
プラムがハードSF状態だ。セシリアの周りが発光を始める。
「こんな量のエーテルライトわたくし初めて見ましたわ」
「行きますよ。お嬢さま」
《インプット・デモン・ド・ラプラス・シーケンス》
セシリアに光が一気に集まりスパークした。
「プギャー」
ゴロンゴロンと転がる。
(えっ、なんでセシリアお嬢さまが床転がってるの)
《ナノマシン消失を確認。ラプラスの悪魔異常停止》
「うにゃー」
大丈夫。でもなんだろう。お嬢さまって、いい声、そしていい転げかた。なんか、ゾクゾクする。ルナリアまで惚けて見てるし。
「こ、ころがるチビッコ」
「誰がチビッコですって」
あっ起きた。
「痛いじゃないの。嘘つき。あーもう。で、何にも変わってる気しないんだけど」
涙目のキレ気味だ。
《量子伝達失敗。原因解析を提案》
『了解。コレよりお嬢様のアナライズを開始いたします』
「お嬢さま、解析のため口内粘膜細胞の採取を、開始いたします」
涙目キレっ娘のセシリアにお構いなく顔を引き寄せる。お嬢さまのアップ。まつ毛長い。肌マシュマロ。超絶カワヨ。
「ムー」
あっ柔らかい。
《口内粘膜採取完了。ナノマシン解析開始。ブッン》
(痛っ)
目を開けると外部視点モードに放り出されていた。
視界には抱き合ったままプシューっと煙を吹いているお嬢さま。完全にフリーズして白目を剥いているルナリアが映っていた。
《ナノマシン量子崩壊によりフリーズ確認》
《リブート開始。BIOSチェック》
(BIOSとかいちいち古いんだけど、どんなシステムなのよ)
《趣味です》
(それ、マシンが言うこと?)
「ブィーン。再起動完了」
コラ! 唇に指当てて余韻に浸らないの、そんな艶っぽい表情はダメです。禁止です。
「ルナリア! あんたねなんて事するのよ。この高貴なクチビルに口づ……ああん、もう!」
こっちも起きたわ。唇押さえてプルプルしてる。カワイイ♡
「たんなる検査です」
また、しれっとこの娘は。
「で」
「原因が判明致しました。お嬢さまはナノマシン、いえ、エーテルの干渉を全く受けない能力者でございます」
「それってつまり」
「お嬢さまは、魔法をすべて完璧に無効にいたします」
またキタワー状態になってますよ、お嬢さま。でもなんか引っ掛かるな。
(ねえプラム。この世界の魔法ってナノマシンで起こす科学現象だよね)
《はいその通りですよ。透香》
(なら直接ナノマシンで攻撃する事ってある)
《回答、ほぼ皆無です。非効率すぎます》
なんとなく察しがついたわ。言わない方がいいんじゃないかな。
「すごいじゃない。わたくし。やはりこの世界に選ばれてるのね」
お嬢さま、多分選ばれてません。むしろ逆でございます。
「治療魔術や強化魔法それにわたしのスキルも、すべて無効です。特に治療魔法はエーテル密度が濃いので、痛みを伴う場合があります」
早口で誤魔化してるし、
「……。ちょっと、待ちなさい今なんて言いましたの」
「治療魔法が痛いことですか。激痛の場合もありますよ。あと、魔法で起きた火や雷とか物理現象は防げませんので、お気をつけてください」
「違う。その前よ。ルナリア。あなたのスキルが効かないってどういうこと」
あーあ、気づいちゃった。
「そのお嬢さま、効かないわけではなくてですね。あの……そうです。ラプラスの悪魔のスキルはアカシックレコードに蓄積された、この世の全ての記録を使えるまさに神とも匹敵するスキルなんですよ」
「でー」
お嬢様もさすがに察しがついたみたい。ベッドにヘニョって座り込んじゃった。
「ただ。その知識を伝えるのが魔法が効かないとですね。その、お嬢さまに送れなくてあの」
「ふーん」
「あっ。もちろん口頭で伝えることはできますよ。一〇〇〇年かかるエルフの大賢者レベルの知識なら、わたしにかかれば三〇〇年で教えて見せますよ。エッヘン」
「わたし、人間だから五〇年くらいしか生きられないんですけど。残念ね」
意外と寿命短か。さすが中世ファンタジーね。
「なるほどね。で、結論は。ル、ナ、リ、ア」
下向いてプルプルしてる。うん、悔しいね。わたし。けど顔をあげてニコリと微笑んで見せるのよ。涙目だけどね。
その瞬間わたしはパッと発光した。
《ナノマシン完全抗体者用保護装備構築完了、装備移行します》
そんなプラムのインフォメーションの中、光が消える。
キャピキャピフリフリのフレンチメイドスタイルから、由緒正しい長丈スカート、白エプロンのビクトリアンメイドスタイルに変わってた。
突然のコスチェンに驚いてるお嬢さま。
(タイミングは今しかないわルナリア)
「お嬢さま、初めまして。AI搭載型ヒューマノイド『ルナリア』でございます。御身辺のお世話だけならなんでも、このメイド検定特級のルナリアにおまかせください」
いい笑顔でご挨拶っと。
そーっと顔あげて、チラッ。あっ、駄目だ。
「こっこの。駄メイド!!」
お部屋から放り出されました。でもねドアを閉めるときお嬢さま。
「そっちの衣装の方がいいわね」
って言ってくれました。
「何にもできなさそうだけど絶対守ってみせますよォー」
でも、肝心のチートスキルが伝えられないなんて、このままではふたり揃ってポンコツ無能です。
お嬢さまの野望の前途は多難でございます。