夜中に、そっと部屋を抜け出して、
そして、わたしの落ち着ける場所。
大きな書机の立派な革張りの椅子に座る。
背もたれをキコキコと鳴らして、肘掛けに手を掛け、上を見上げる。
変わり映えのしない天井。あたりまえだよね。
机に目をやれば一冊の本。
隣接するノクスリア魔族帝国の初代皇帝の伝記――
兄さまと夢中になって読んで、憧れた本。
初代皇帝といっても、そんなに古い話じゃない。
まだ、20年もたたない王の話だ。
人族よりももっと小国に分かれて争っていた時代。
最弱の部類の獣人族の若き王が、覇を成し、魔族を統一に導いた英雄譚。
人族からすれば敵対する魔族の英雄譚。でも、兄さまもわたしも心を躍らせた覇王の物語だ。
兄さまは、偉業を成し遂げた強き王の姿に心を躍らせた。
でも、わたしはそれとは違う王に惹かれた。
王は、誰よりも強いわけでもない。
それでも、数々の強敵を知恵や機転を利かせて制してきた。
とりわけ統一が進む後半は、武力での直接衝突はかなり少ない。
物語には直接書かれてはいないけど、智略や謀略なんて絡め手を相当使って敵を下したことが、端々から読み取れる。
人によっては、卑怯で小賢しい王と言う者も多いけど、わたしには違って見えた。
この王様は、戦争や争いが嫌いなんだ。幼いわたしは直感で理解した。
徹底して、戦わず勝つ方法を考え、それを見事なまでにやってのけた英雄。
その姿に憧れ、わたしもそうなりたいと心に決めた。
幼き日の憧れと決意は、今もなおわたくしを突き動かしている。
わたくしは、女だから力では男性には敵わない。ましてや、生まれつき小柄なわたくしは、同性にさえ劣っている。
じゃあ、知の方はといえば、勉強は嫌いじゃないし、悪くはないと思いたいけれど、神童と呼ばれる兄さまには勝てた試しがない。
だから、血の盟約で最上級なんてギフトが当たった時、心の中で、ついに神様がわたしに微笑んだ。そう思った……
魔法完全耐性で、スキルが伝えられない。
すまなさそうに伝えるルナリアの顔が浮かんだ。
手に入ったと思ったものが、するりとこぼれ落ちた。
悔しくて情けない思いでいっぱいになる。
自分の決意が揺らぎかける。
でも、ダメだった。
諦めようとすれば、あの7年前の戦火が――父の姿、母や兄、逃げ惑う領民、そしてアーネストの受けた裏切りと屈辱。
それらが、消えぬ怨嗟の中から、ただ一つ見出した希望を呼び起こす。
「わたしが、人族を統一して、この大陸をも統一して戦争をなくす!」
少女の夢物語と笑われようが、これは譲れないのよ。
これは多分、わたしにかかった我が身を滅ぼす呪いなんだろう。でも、止まらないし止めたくない。
いつの間にか椅子から立ち上がり、窓を見ていた。
窓に映る自分の顔に、先ほどのルナリアの情けない表情が重なる。
「酷い顔ね」
同時に、ドア越しに聞こえた、部屋から追い出したメイドの声。
「何にもできなさそうだけど、絶対守ってみせます」
間抜けな宣言。わたくしの何も知らないくせに……
「まったく駄メイドですわね」
そう言ったのに、どこか期待してる自分に気づいておかしくなった。
「ふふ、おやすみなさい、ルナリア」
* * *
――ごめんなさい、お嬢さま!
寝てないです。
何せ頭の中に女の子3人詰まってるからね。
1人でもキャッキャッと女子会できちゃうんですよ。
まあ相手はロボとAI娘なんだけどね。
それならお前だって女の子って歳かよってセルフでツッコミ。
まあそんなわけで、今は1人で自室。
ルナリアは、新しいビクトリアンスタイルのメイド服が気に入ったのか、姿見の前で1人ファッションショー中。
くるっと回ってスカートの裾を指でつまんで、にっこり。
フリルふわふわ太ももばっちりのフレンチメイドとは、安心感が違うよね。
脳内会議の方では、私がおしゃべり担当。
だってお嬢さまの部屋を追い出された後、よく考えたら行くところがなかったんだもの。
ドアの前で泣きつく覚悟を決めた、その時。
「――執事長のセバスだ」
……どこから出てきた?!
執事長っていうからおじいちゃん想像したのに、セバス様ってばロマンスグレーの短髪に口髭。眼光がどこか鋭くて、執事長っていうより軍人さん。
「部屋まで案内する。こっちだ」
口調も軍人さんだ。
「先ほど、職務上仕方なく、部屋でのやり取りを聞かせていただいた」
えっ!あれ聞かれたの!? ドキッとする。
《センサーに盗聴の形跡なし。A+以上の潜伏スキル保有者と推定》
やっぱりダンボール箱に隠れる系じゃない!
「スキルが使えない事情は把握した」
「安心しろ。このことを口外するつもりはない」
ちょっと安堵。
「ただ、お前がセシリア様を守ると言ったのを聞いて」
「盗み聞きを隠しておくべきではないと思っただけだ」
えっ!さっきの声に出てたの!?恥ずかしい!
「着いたぞ。ここがお前の部屋だ」
セバス様にお礼を言おうと向き合うと――
「セシリア様には、お前のような者が必要なのかもしれんな」
そう言って、セバス様が目を細めて少し微笑んだ。
その笑み反則!
あんな執事がいるとか、アーネスト家侮れないわ。
それにしても渋いおじ様だったな。声もダンディだったし。
(ねえ、プラムもそう思うでしょ)
《好感度の高いタイプと統計上分類いたします》
(そうよね、あの声で「待たせたな!」とか言ってもらいたい)
《ところで透香、一つ質問があります》
(なーに? プラム)
《透香の記憶野には、この世界をゲームとして作ったというログがあります》
(確かにあるわよ。んで?)
《軽いですね。で、今後どう振る舞うつもりですか》
……少し、考える。
(正直ね、最初は転生ものの王道どおりに救おうと思ったのよ)
(破滅エンド回避、チート全開でね)
《ゲーム脳ですね》
(うっさい)
(でも今日、セシリアを見て思ったの)
(あっ、この子、ちゃんと生きてるって)
(考えて、選んで、怒って、笑うんだってね)
(それを「知ってる未来」で縛るの、違う気がするんだよね)
《では、どうするのです》
(んー、それよね……)
(そうよ、ゲームなんて忘れる!)
(セシリアの選択を隣で見て、メイドとしてできることをする)
(決めたわ! セシリアと一緒に、わたしも全力でこの世界を楽しむ)
《いい案ですね》
なんかAIって必ず肯定から入って、まずは褒めるよね。
でも今は感謝!
「疲れたー。もう寝るー」
ルナリアAIが姿見の前から帰ってきた。
うん、私たちも寝ようか。
《わたしは睡眠を必要とはしません》
いいな、それ。
(じゃあみんな、おやすみー)
――おやすみなさい、セシリア