『「三日三晩寝ずに働けないバフ師は無能だ」と追放された俺、前世の敏腕コンサル知識を思い出す。~極悪バフでゾンビ化していた聖女様を引き抜き、世界最強のギルドを設立します~』 作:うずつるぎ
「――ラルス。お前は今日限りでクビだ。このパーティーから出て行け」
自由都市アテルナのど真ん中に大穴を開く、ダンジョンの第48層。
山のように巨大な階層ボスを倒し、本来なら勝利の宴(うたげ)を開いているはずの場所で、勇者ゼノンは冷酷に言い放った。
「え……? 今、なんて……?」
俺――支援術師のラルスは、耳を疑った。
視界がぐらりと揺れる。立っているのがやっとだ。
それもそのはず、俺たちはもう三日三晩、一睡もせずにこの深部まで進軍を続けてきたのだから。
「耳まで腐ったのかしら? 無能はいらないと言っているのよ」
「……」
大きな魔女帽子を被った女魔導師、マルレーヌがゼノンの隣に立ち、妖しくその腕を絡めとる。
ゼノンは黄金の聖剣を鞘に収め、何も言わないまま、忌々しそうに俺を睨みつけた。
彼の背後では、他のメンバーも疲れ果てた様子で座り込んでいる。
特に聖女のリアナはひどい。
透き通るような白銀をしていた髪はボロボロ。頬はこけ、目は虚ろだ。
まるで魂の抜けた人形のように、ただ地面を見つめている。
「ゼ、ゼノン……冗談だろ? 俺のバフがなきゃ、みんなとっくに倒れてる。この三日間、誰も倒れずに戦い続けられたのは、俺の【不眠不休の活力(エターナル・フォース)】があったからだ」
俺の魔法は支援魔法。
攻撃力や魔力、敏捷にバフを掛ける支援魔法とは違い、対象の疲労感を遮断し、強制的に肉体を稼働させる支援魔法だ。
これがあるからこそ、このパーティーは他が数週間かけるダンジョンを、わずか数日で踏破できる。
『お前のバフが欲しい。オレ達の力になってくれないか』
かつて、ゼノンがそう言って熱く手を差し伸べてくれたから、俺は彼を信じて今日まで尽くしてきたのに。
「それが気に入らないんだよ!」
ゼノンが地面を強く踏みつけた。
「お前のバフは地味なんだ。ただ『眠くない気がする』だけ。そんなもの、オレたちの根性があればどうにでもなる!」
「こ、根性って、そんなのじゃ」
「それよりも俺は、派手な爆発魔法で敵をなぎ倒すアタッカーが欲しい。一人じゃモンスター一匹倒せない支援役よりも、一匹でも多くモンスターを倒せるメンバーが必要だ!」
ゼノンの背後で、マルレーヌが口角を吊り上げた。
彼女の指先が、ゼノンの首筋を愛撫するように這っている。
「そうよ。あなたみたいな『バフしかできない寄生虫』に分ける経験値はもうないの。お分かり?」
「寄生……!? 毎日、全員を魔法でコーティングして、疲労を防いでいるのは俺だ。魔力の回復速度を上げているのも俺なんだぞ!」
「うるさい! 黙れ低能が!」
ゼノンは俺の胸ぐらを掴み、力任せに壁へと叩きつけた。
俺を見るゼノンの眼は深く曇っていた。
「いいか? お前が今日までS級パーティーの看板を背負ってこれたのは、オレという『天才』の傍にいたからだ」
「本来なら、あなたみたいな無能が払うべき『教育料』は金貨一千枚を下らないのよ」
マルレーヌは口元に手を当てて、嘲るような流し目を俺へと向ける。
「ほら、勇者様。彼から教育料を頂いては?」
「……あぁ」
ゼノンは笑みを引き攣らせ、俺の腰に提げていた財布をひったくった。
「これは違約金として預かっておく。……さあ、消えろ。二度とオレの前に面を出すな」
俺は、ダンジョンの冷たい床に放り出された。
ゼノンたちは俺を置き去りにして、転移魔法のスクロールを破る。
「それではごきげんよう。無能のラルスくん」
「ま、待ってください、ゼノンさん! 彼は──」
去り際、聖女リアナが消え入りそうな声で俺を呼んだ気がした。
だが、彼女もまたゼノンに腕を引かれ、光の中に消えていった。
静寂。
カビ臭い空気と、魔物の死臭だけが漂う暗闇。
三日間の不眠不休。魔力は底を突き、体は鉛のように重い。
(……ああ、そうか。俺は、捨てられたんだな)
頼られ、尽くしてやり、だと言うのにこの結末。
理不尽な怒りと、虚無感が同時に押し寄せてくる。
視界がチカチカと火花を散らし、激しい頭痛が俺を襲った。
『――君、今の状況を客観的に分析できているか?』
不意に、脳内に聞き覚えのない自分の声が響いた。
今の自分の情けない声じゃない。もっと冷徹で、論理的で、何百人もの部下を率いていたような、力強い声。
(……え?)
『この組織(パーティー)は、典型的なダメ企業だ。
トップは現場を理解せず、精神論でリソースを使い潰す無能。
パーティーメンバーは燃え尽き症候群寸前。
そして君は――コストに見合わない過重労働を強いる、悪質な『ブラック・バフ』の供給者だ』
濁流のような情報の波が、俺の意識を塗り替えていく。
背広。高層ビル。会議室。数字。契約書。
前世。俺は、日本という国で、数々の倒産寸前の企業を立て直してきた、敏腕経営コンサルタントだった。
「……はは、はははは!」
俺は、暗闇の中で笑い声を上げた。
頭が冴え渡る。
先ほどまでの絶望が、今はただの「現状分析」の材料にしか見えない。
【神の眼(コンサルタント・アイ)、覚醒】
脳内に響く声と共に、両眼の奥が透き通る。
俺は徐に右眼を覆った。
「そうだ。俺が間違っていた。
あいつらに『不眠不休』なんてバフをかけてやる必要はなかったんだ。
休息を削り、生産性を無視し、ただ時間を投入するだけの冒険に、未来なんてあるわけがない」
「……だが、こんな形で俺を追い出したことだけは、後悔させてやる」
俺はゆっくりと立ち上がった。
視界には、今まで見えていなかった「数字」が浮き上がっている。
【対象:ラルス(自分)】
【状態:重度の過労・魔力枯渇】
【資産:ゼロ(不当な搾取による)】
【今後の戦略:新規事業の立ち上げによる、既存勢力の市場駆逐】
「ゼノン……お前は言ったな。俺の支援魔法は気休めだと。
だから見せてやるよ。
本当の『支援(コンサルティング)』が、どれほどの価値を生み出し、どれほど残酷に――お前たちを破滅させるかを」
俺の固有スキル【支援】が、前世の知識と融合し、冷たく光り輝く。
「まずは……ヘッドハンティングから始めるか。
聖女リアナは、あそこにいちゃダメだ。もっといい『居場所』がある」
ラルスは、もうふらついていなかった。
前世から持ってきた最強の武器――『経営学』という名の魔法を胸に、彼は暗いダンジョンを、確かな足取りで歩き出した。
世界一ホワイトなギルドを作るために。
そして、自分を捨てたブラックな連中に、本当の「絶望」という名の請求書を叩きつけるために。
一度は王道(?)に挑戦するべきだと思いました。