『「三日三晩寝ずに働けないバフ師は無能だ」と追放された俺、前世の敏腕コンサル知識を思い出す。~極悪バフでゾンビ化していた聖女様を引き抜き、世界最強のギルドを設立します~』   作:うずつるぎ

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綻ぶホワイト経営

 ルオンという最強の「射手」が仲間となり、盤石な布陣を整えた俺たちは、破竹の勢いで依頼をこなしていった。

 

 回避タンクのティナが魔物を翻弄し、ルオンが、俺が算出した最適の射線から一撃で沈める。

 その無駄のない攻略ぶりは瞬く間に噂となり、自由都市アテルナの冒険者において、俺たちの名を知らぬ者はいなくなっていた。

 

「おい、見ろよ……例の三人組だ」

「左右に銀髪と藤色の美女を連れて……羨ましいったらないぜ」

 

 ギルドへの道を歩けば、周囲からは隠しきれない羨望の視線が突き刺さる。

 

「ラルスの奴、追放されたらしいがよ……正直いまが一番ノってるだろ」

「あぁ。直近の依頼達成率で言やぁ、『黄金の暁』以上じゃねぇかありゃ……」

 

 俺の右側には──。

 

「な、なんだか最近よく見られませんか……? 恥ずかしいです……」

 

 長身を犬の尻尾のように丸めて、あちらこちらへ大きな瑠璃色の瞳を泳がせる白銀のボブカット――ティナ。

 そして左隣には。

 

「堂々としていればいいのよ。ティナ、アンタはもう少し平常心を持ちなさい」

 

 退屈そうに前髪を弄りながら、凛とした佇まいで歩く藤色の狙撃手――ルオン。

 

(両手に花とはまさにこのことだな……)

 

 パーティーで仲がよろしいのは大変すばらしいことだが、彼女らは妙に距離が近い。

 距離が近すぎるあまり二人の身体に挟まれて左右の移動は不可能であるし、女性の甘く柔らかい香りに包まれて、もう非常に大変なことである。

 

 具体的に言えば ティナの吸い付くような白い肌と、ルオンのしなやかで熱を帯びた肢体に挟まれているのだ。

 しかしこんな時でも、俺の頭にいる前世の俺は今も冷静に今後のキャッシュフローと次なる「人財」の確保のことだけを考えてくれているのだから素晴らしいものである。

 

「……ラルス。歩くのに疲れたわ。アタシの脚になりなさい」

「は?」

 

 何を思ったのか道端で急に立ち止まったと思ったら、ルオンが俺の首に白磁のような細い腕を回し、体重を預けてきた。

 衆人から野次とも歓声ともつかぬざわめきが挙がる。

 ルオンの露出の多い軽装から覗く、汗に湿った艶めかしく控えめな谷間が視界の端にチラチラと入り込み、俺の心拍数を跳ね上げる。

 

「あっ! わ、私も肩貸しますよ!」

「おい」

 

 とかなんとか早口で言って俺の方へ飛びついてくるティナである。

 おかげで俺の顔は、長身なティナのダイナマイトな胸部へ無慈悲に押し付けられ、柔らかな弾力と温もりに窒息した。

 

(平常心平常心平常心平常心平常心平常心平常心平常心平常心)

 

 落ち着け。こういう時こそ戦略を考えろ。

 

(ルオンが加わったことで、時間あたりの収益(利益率)は従来の3倍に跳ね上がった。このペースで稼げば、一ヶ月以内にギルド設立が可能になる。これを原資にティナとルオンの『あぶない水着』を調達することで俺の思考速度を100倍に……)

 

「違うが!」

 

「ひゃい!?」

「なによ、いきなり」

 

 俺は思わず二人を振り払って青空に叫んだ。

 危ない危ない。これはギルド設立とリアナ救出の為に使う資金だぞ。パーティーメンバーに貢いで溶かしてどうする。

 

 俺は大きく深呼吸をして心の平穏を取り戻し、目の前に迫った白亜の巨塔のように街を威圧する冒険者協会の前に立った。

 だが、その平穏を破るように、協会の入り口から荒々しい足音が響いた。

 

「――ラルスッ!!」

 

 現れたのは、かつての仲間、勇者ゼノンだった。

 だが、その姿にかつての輝きはない。

 装備は薄汚れ、眼窩は落ち込み、極度の疲労からくる苛立ちが全身から溢れ出していた。

 

 黒ずんだ赤いマントを引きずり、かつての英雄の面影を失ったゼノンの姿を見つめ、俺はなぜだか口の端を吊り上げていた。

 

「……ゼノンか。顔色が悪いな。ゾンビの方がマシに見えるぞ?」

 

 ごくごく自然に、ゼノンを煽る言葉が零れ落ちた。

 ゼノンは血走った目で俺に詰め寄る。

 

「なぜだ……なぜお前ばかりが上手くいっている! 俺たちは……俺たちは、第49層の突破記録さえ、魔術師ギルド○○の連中に奪われたんだぞ!」

「ほう。暁の英雄も落ちたもんだな」

 

 意外だな。ギルド○○はリスクの高い最前線攻略にはあまり手を出さない連中だったが……活動方針でも変わったのか?

 思っているうちに協会の出入り口から、ゼノンと共にダンジョンに潜っていただろう連中の影が細々と伸びる。

 

 そこには、幽霊のように痩せこけ、意識を保つのさえ危ういリアナの姿があった。

 

「リアナ!」

 

頬はこけ、瑠璃色の光を失った瞳は虚空を見つめ、首は今にも折れてしまいそうな枯れ枝のように垂れている。

 その光景に思わず手を伸ばすと、バチンと、激しい音を立ててゼノンに手を払われた。

 

「何するんだ!」

「黙れ! お前がいなくなってからだ……! リアナの祈る力も弱まり、バフの効果も薄れている! お前、何か細工をして出て行ったんじゃないのか!? お前は悪知恵と手先の器用さだけはあるからな!!」

「そういうお前こそリアナを乱暴に扱ってるんだろう! リアナがあんなに疲れているんだぞ! 休ませてやれ!!」

「『不眠バフ』使いとは思えねぇ発言だな!」

「突っ込むしか能がない馬鹿が良く言う!」

「おっ。こりゃ始まるぜ。酒だ! 酒持って来い!!」

 

 次第に両者の言葉が短くなり、暴熱を帯びる。

 周囲の冒険者たちは面白そうに俺たちを見物し、賭けまで始めている。

 ゼノンと俺が同時に互いの胸ぐらを掴む。琥珀色の瞳と、濁った赤色の瞳が険相に交錯した。

 

「一人じゃ10層にもいけねぇ雑魚が!」

「なんだと脳筋!」

「あぁ? テメェ!!」

 

 黒い衝動が、胸の底から爆発した。

 瞬間、俺たちは互いに己の武器へ手を掛けようとして──。

 

 とその時、横から鋭い冷気が放たれた。

 

「……熱くなりすぎよ。アンタたち」

 

 ルオンが氷色の瞳で俺たちを射抜き、腰の短剣へ伸びた俺の手を冷たく払いのけた。

 

「相手を貶める言葉を使うなんて、アンタらしくもないわね」

「け、喧嘩は駄目ですよ!?」

「離せ!テメェは関係ないだろ!!」

 

 ゼノンもまた後ろからティナに羽交い締めにされ、俺の前から引き剥がされた。

 やがて、苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てる。

 

「……チッ。いいだろう。マルレーヌが、知り合いの優秀な新人をギルドへ勧誘してくれると言っている。次こそは、俺たちが層突破を成し遂げてやる……」

 

 ゼノンはふらつく足取りでその場を発つ。

 

「おい、行くぞテメェら!」

 

 号令と共に、幽鬼のような足取りで続くギルド員たち。

 ゼノンは、今にも崩れ落ちそうなリアナの細い手を、乱暴に引っ張っていく。

 

「リアナ! 待てっ!」

 

 俺は思わず彼女を呼び止めた。

 だが、疲れ切って倒れる寸前の彼女の耳には、俺の声は届かない。

 虚ろな瞳を彷徨わせたまま、なされるがままに街の雑踏へと消えていく。

 

 前世の知識が訴えかけてくる。

 あれは、抵抗力を失った過労の最終段階だ。

 

 リアナが壊れてしまうまで、もう、時間はないだろう。

 

 だが……。

 

(……不味いな)

 

 懐に隠した金袋の重みは、まだ足りない。

 

 俺の中に、初めて「焦り」が生まれた。

 

「……」

「ラルス、唇かみ締め過ぎ。血が出ても知らないわよ」

「だ、大丈夫ですよ! 私たちも層突破できるぐらい強くなれますから!!」

「……あぁ」

 

 資金は、順調に溜まっているのだ。

 しかし、リアナを引き抜き、法的な違約金を支払うには、まだ額が足りない。

 

(もっとだ。もっと効率を上げ、もっと依頼をこなさなければ……!)

 

(俺はリアナを、救い出せない!!)

 

 その日から、俺の「ホワイト経営」に暗雲が垂れ込め始めた。

 俺は焦りに身を任せ、休養時間を削り、休日を削って、経費を切り詰めてまで高難易度の依頼を次々と詰め込んだ。

 

 資金はすべてにおいて最優先だった。

 他の何かを省みる必要はないと思った。

 

「ラルスさん……次は、もう行くんですか? まだポーションの補充が……」

「問題ない。君の回避能力なら、補給なしでもクリアできる計算だ。……行くぞ、時間が惜しい」

「……わ、わかりました」

 

 ティナの美しいボブカットは乱れ、その白い顔には隠しきれない疲労の色が浮かぶ。

 本来なら、経営者として絶対に見逃してはならない予兆。

 

 だが、リアナの崩壊する姿が脳裏に焼き付いた俺は、その警告を無視してしまった。

 

 ♦♦♦

 

 第28層。

 狂暴化した『ブラッド・ベア』の群れとの戦闘中。

 

「ティナ、右から来る三体をまとめて引き付けろ! ルオン、狙撃の準備を!」

「……っ、はい!」

 

 ティナがいつものように、銀色の閃光となって戦場を舞う。

 

 だが、その足取りは明らかに重かった。

 回避タンク。それはパーティーで最も神経を研ぎ澄ませ、最も体力を消耗する役割だ。

 

 連日の強行軍で、彼女の集中力は、既に限界に達していた。

 

「あ……」

 

 ほんの一瞬。

 疲労からくる膝の震えが、彼女の完璧なステップを狂わせる。

 

「危ない!」

 

 思わず喉から溢れた悲鳴。

 けれど、ブラッド・ベアの巨大な鉤爪は、逃げ場を失ったティナの脇腹を容赦なく食い込み。

 

「……っっ!!」

 

 白銀のインナースーツから弾ける鮮血。

 ティナの身体が人形のように地面を転がったと思ったら、糸が切れたように動かなくなった。

 

 ほとんど同時に後方から響いたバリスタの発射音。

 ブラッド・ベアが崩れ落ちるや否や、ルオンが氷色の瞳を驚愕に見開き、蒼白になった唇を動かす。

 

「……ティナ!」

 

【パーティーメンバー:ティナ 腹部の裂傷『深』。多量出血】

 

 俺の【神の眼】が、かつてない『赤』を点滅させていた。

 

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