『「三日三晩寝ずに働けないバフ師は無能だ」と追放された俺、前世の敏腕コンサル知識を思い出す。~極悪バフでゾンビ化していた聖女様を引き抜き、世界最強のギルドを設立します~』   作:うずつるぎ

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不当契約の解除

 ティナとルオン、二人の仲間が託してくれた「信頼」という名の資本金。

 俺は懐に忍ばせた金袋を固く握りしめ、かつて所属していたギルド『黄金の暁』の本拠地へと足を踏み入れた。

 

 そこは、白金と黄金で彩られた、洋城のように豪華な館だ。

以前の俺なら、それを成功の証として眩く見上げていただろう。だが今の俺には、装飾過多な柱や無意味に高価な調度品の数々が、社員の命を削って積み上げられた「呪われた負債」にしか見えなかった。

 

 玄関の重厚な扉を叩き、大理石のロビーに立ち入る。

 

「ラルスだ! 聖女リアナを呼んでくれ!」

「ラルス……ラルスだと?」

 

 俺の叫び声に、ロビーにいた数人のギルド員たちが一斉に視線を向けた。

 だが、彼らの目に宿ったのはかつての仲間への情ではなく、歪んだ愉悦を孕んだ醜い嘲笑だった。

 

「おいおい、誰かと思えば『不眠バフ』しか能のない追放者のラルスじゃねぇか」

「無能が何の用だ? またゼノンに養ってほしいのかよ」

「聖女様はお前みたいな雑魚と違って、このギルドの『最高戦力』なんだよ。気安く呼ぶんじゃねぇ」

「御託は不要だ! リアナに伝えてくれ! 俺が来たと!!」

 

 卑俗な言葉が投げつけられるが、俺は一歩も引かない。

 声を大にして言い返すが、しかしその声すら彼らには愉悦の対象だった。

 それでもめげずに俺が喉から声を張り上げていたところ──。

 

「あら。最近ちょっと名前が売れているみたいだけど、またアタシのギルドに入りたくなったのかしら?」

 

 カツ、カツと、正面の吹き抜けになった大階段の上から響く高く不快な靴音。

 

 マルレーヌだ。

 大きな魔女帽子を被り、扇情的なドレスを揺らしながら、彼女は俺を路傍の石ころでも見るような目で見下ろした。

 

「そうね……そこで裸踊りでもしてから、アタシの靴を舐めて土下座してくれるなら、また『寄生』させてあげなくもなくって」

「お前のギルドじゃないだろ。ここはゼノンの組織だ」

「似たようなものよ。だって――」

 

 マルレーヌは周囲の屈強な男たちを見渡し、白く細い、だが毒を孕んだ蜘蛛のような指先で俺を示した。

 

「──この無能を叩き出しなさい」

 

 体格の良いギルド員二人が、俺の両肩を掴む。

 重厚な装飾に囲まれた玄関先で藻掻く俺を見て、、マルレーヌは三日月のように目を細め、その紅い唇を嗜虐的に歪めた。

 

「ほら、この通り」

「放せ! 俺はリアナに会いに来たんだ! リアナ!!」

 

 ゼノンというアルテナの街最強に惹かれたギルド員たちは、当然ながら能力に優れる。

 一介の支援術師に過ぎない俺では、どれだけ腕を振っても、その鉄鎖のような拘束から抜け出せないのは自明の理だった。

 

 それでも、俺が玄関口の縁にしがみつき、必死に抵抗していた――その時。

 

「……ルー、くん……?」

 

 階段の踊り場に、幽霊のような人影が現れた。

 

「……リアナ!」

 

 思わず階上へ手を伸ばす。

 だが、視界に入った彼女の姿は、あまりに凄惨だった。

 頬は削げ落ち、白銀の髪は美しかった輝きを失って枯れ草のようにパサついている。その細い身体は、冬の嵐に晒された小枝のように、今にも折れそうなほど激しく震えていた。

 

「リアナ! 話をさせてくれ!」

「……うん。みんな、ルーくんを放してあげて」

 

 リアナの力ない、だが不思議な重みを持った言葉に、ギルド員たちは俺を解放した。

 

 マルレーヌはそんなリアナを、「使い古した道具」を見るような、忌々しげで鬱陶しそうな視線で眺めている。

 しかしリアナの濁った瞳は生気を失っていた。

 それは、彼女がこれまでどれほどの地獄を潜り抜けてきたかを雄弁に語っているようだった。

 

 彼女はもう、立っているのが奇跡なほどに限界を迎えている。

 俺は彼女の元へと駆け寄り、その氷のように冷え切った、震える手を握った。

 

「リアナ、こんな場所にいたら死んでしまう。……俺のパーティーに来てくれ」

 

 瞬間、周囲からドッと爆笑が沸き起こった。

 

「ハハハ! 追放者が何言ってやがる!」

「聖女を引き抜く金がどこにあるんだよ! お前のような無能に払える額じゃないんだよ!」

「少しはマシだった頭も弱くなったわけで?」

 

 マルレーヌも鼻で笑い、優雅に扇子を広げた。

 けれど、リアナは野次など耳に入らないかのように、疲労で重く垂れ下がった瞼の奥で、優しく、どこか懐かしむように目尻を細めた。

 

「ルーくん……噂は聞いてるよ。めげずに頑張ってて、偉いね。……でも、私はここに居ないと。だから、私のことは気にしないで……」

「気にするさ! リアナが居なきゃダメなんだ!」

 

 俺は懐から金袋を取り出し、床に叩きつけた。

 重厚な、金属同士がぶつかり合う音が館に響く。

 

「これまでずっと、兄弟みたいに支えてくれただろ! これはその恩返しだ。……リアナ、お前が幸せになってなきゃ、俺は納得がいかない。頼む、俺と一緒に来てくれ!」

 

 リアナは、床に置かれた金袋と、俺の目を交互に見た。

 そして最後に、チラリとマルレーヌを覗き──沈黙。

 

 やがて、彼女は今にも消えてしまいそうな、桜色の震える唇をそっと動かした。

 

「……わかった。そこまで行ってくれるなら、ルーくんについていこっかな」

「なっ……!? そんなはした金で、この聖女が買えると思ってるの!?」

 

 マルレーヌが激昂し、階段を駆け下りてきた。

 彼女は捲し立てるように、爪を立てた指先で俺の鼻先を指差し、高圧的な態度で唾を飛ばす。

 

「彼女の契約金は金貨数千枚を下らないはずだわ! お前ごときが──」

「いや。それで足りるはずだ」

 

 俺は短く割り入り、氷のような無機質な声音で言葉を返した。

 

「リアナがこのギルドに加わった際、雇用主であるゼノンが提示した条件は破格だった。だが、彼女はそれを拒否した。当時既にメンバーだった俺という『身内』がいたから、彼女は契約金を『寸志』程度にまで下げてサインしたんだ」

「な……っ!?」

「つまり、その金袋の中身だけで、彼女の法的な移籍金は十分に成立する」

 

 マルレーヌが言葉を失い、唇を激しく噛み締めた。

 

「行こう、リアナ」

 

 俺はそんな彼女を一瞥もせず、リアナの細い手を優しく、だが二度と離さないという意志を込めて握り、扉を押し開く。

 

「……ふん。まぁいいわ。そんなボロ雑巾のような女、欲しければ持っていきなさい」

 

 背後で、マルレーヌが急に表情を消し、何かを企んだような、勝ち誇った笑みを浮かべた。

 

「そんな『お荷物』、こっちから追放よ。あはははは!」

 

 嘲笑が響く館を、俺たちは脱出した。

 

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