『「三日三晩寝ずに働けないバフ師は無能だ」と追放された俺、前世の敏腕コンサル知識を思い出す。~極悪バフでゾンビ化していた聖女様を引き抜き、世界最強のギルドを設立します~』 作:うずつるぎ
ギルド『白銀の黄昏』の設立と、初となる仲間募集の公示から三日。
俺たちは、新たな「人財」との面接のために噴水広場に立っていたのだが……。
「……おい。ルオン。これはどういうことだ?」
公示直後、冒険者協会には俺たちのパーティーに入りたいという希望者が殺到したと聞いている。
今や飛ぶ鳥を落とす勢いの俺たちだ。当然の反応と言えるだろう。
だが、指定した集合場所に現れたのは、わずか二人だけだった。
「どうもこうも、当たり前でしょ?」
「……応募者は百人を超えていたはずだが」
隣で不機嫌そうに腕を組む藤色の狙撃手に問いかける。
ルオンは形の良い眉を不快そうに顰め、呆れたように薄い桜色の唇からため息を吐き出した。
「アタシが面接して志望動機を聞いてやったら、アイツらどう返したと思う? 『ティナちゃんと一緒に冒険したい』だの、『聖女様の癒やしてもらいたい』だの……そんな下卑た視線を仲間に向ける不純分子は、アタシが全員叩き落としておいたわ」
「……徹底しているな」
「経営者なら、リスクヘッジは基本でしょ? 変な『虫』が混じったら、パーティーの生産性が落ちるわよ」
ルオンは白磁のように滑らかな顔をぷいと背けてフンと鼻を鳴らした。
「アタシの『脚』は、アンタ一人で十分なのよ。他の男に気を使われるなんて、二度と御免だわ」
ルオンの冷徹な、だが仲間を想うがゆえの選別。
ティナは申し訳なさそうに身を縮める。
「うぅ、私のせいで人が減っちゃったんでしょうか……」
「大丈夫だよ、ティナちゃん。本当に必要な人は、ちゃんと残るから」
リアナはティナの背中を優しくなでながら、お姉さんらしく微笑んでいた。
そうして、残った「二人の精鋭」が俺の前に進み出た。
「……お初にお目にかかります、ラルス様。わたくし、カミラと申します」
一人は、一歩歩くごとに甘い残り香を漂わせる妖艶な美女。
漆黒のタイトなドレスに、急所だけを最低限守る革のチェストガード。腰には、芸術品のように美しい細剣(レイピア)を差している。
彼女は俺の正面に立つと、こちらを誘惑するように熱を帯びた湿っぽい流し目を俺に向け、スッと、俺の腕部に指先を這わせた。
「かつては王国に身を置いておりましたが……硬苦しい場所は性に合いませんの。自由都市で最も輝いている殿方の、一番近くでその剣を振るいたい……そう思って参りました」
彼女がしっとりとした唇を俺の耳元へ近づけ、囁く。
柔らかな吐息が肌をなでるたびに、俺の身体はビクリと震えあがった。
(えっっっっ、距離が近い。近すぎるだろ……!)
「ちょっと。アンタ、何してんのよ」
ルオンの声が一段と冷たく響く。
「あら、ご挨拶ですわ。なに、とは何のことでしょうか、ルオン様?」
カミラはわざとらしく優雅な動作でルオンを眺め、一歩退いた。
その余裕たっぷりの態度は、不気味なほどの「完成度」だ。
そして、もう一人は──。
「お、お、お初にお目にかかるでござる! 拙者はマフユと申します!」
そこには、どこかちぐはぐな印象を与える少女が立っていた。
髪は漆黒。高い位置で結ばれたポニーテールが、彼女の激しい動きに合わせて元気よく跳ねている。
大きな瞳は琥珀色で、彼女の純粋さを表したような輝きを放っていた。
服装は東方の隠密装束をベースにしているが、首元には、自分の身長ほどもある異様に長い真っ赤なマフラーを巻いている。
それが彼女の小柄な体躯をさらに強調し、まるで冬の小鳥のような愛らしさを醸し出していた。
……のだが。、
「遥か東方の帝国より、ラルス殿の――あわわっ!?」
元気いっぱいに名乗ろうとしたマフユは、何もない平地で自分の忍び靴を引っ掛け、ティナの豊かな胸部へ顔面から豪快に突っ込んだ。
「ひゃあああ!? マ、マフユさん大丈夫ですか!?」
「むむむ無論! ティナ殿の……その、たいへん柔らかい装甲が拙者に熱烈な接吻を求めてきただけでござる!」
「求めていませんよぉ!?!?」
鼻を押さえながら跳ね起きるマフユ。そのおっちょこちょいぶりに、ルオンは深い溜息をついた。
「……ねえ、ラルス。あのドジっ子、本当に戦力になるの? さっきから自分のマフラーに三回は足引っ掛けてるわよ」
「……見てみるしかないな」
俺は二人に【神の眼(コンサルタント・アイ)】を向けた。
【対象:カミラ】
【能力値:攻撃(SS) / 敏捷(A) / 隠密(A)】
【分析:極めて高度な戦闘技術を持つアタッカー】
【対象:マフユ】
【能力値:筋力(S) / 敏捷(S) / 器用(S) / 魔力(S)】
(カミラは俺たちのパーティーにとって申し分ない。マフユは全体的に高水準だが……)
「……あ゛っ!? 拙者、大事な財布をどこかに落としてしまったようでござる!! おお、これでは今日の団子代が……!」
「フーちゃん。マフラーの端っこに引っかかってるよ。ほら、ぶらぶらしてる」
「おおお! さすが聖女殿! 拙者の窮地を救うとは、これぞ神の奇跡にござるな!」
(相当のおっちょこちょいだな)
この時点で、俺はマフユの採用には否定的だった。
ホワイト経営を標榜する以上、計算できないリスクを抱え込むわけにはいかない。
「よし。二人にはまず、数日間試験的に同行してもらう。俺たちのパーティーに馴染めるか、実力を見せてもらうぞ」
♦♦♦
翌日。俺たちは第36層、岩石と溶岩が入り混じる『獄炎の回廊』へと足を踏み入れた。
実地試験(トライアル)の開始だ。
「ラルス様、前方よりフレイム・リザードが三体。……私が先行してもよろしいかしら?」
カミラが艶然と微笑み、細剣を抜く。
彼女の動きは、まさに「流麗」の一言だった。
ティナがヘイトを買うよりも早く、最短距離で魔物の懐へ飛び込むと、目にも止まらぬ速さで急所を三度突き抜ける。
無駄のない軌道、最小限の力。それは洗練された暴力の芸術だった。
「一匹。……二匹。……ふふ、あと一匹ですね?」
「ルーくん。彼女、強いね」
「あぁ……」
返り血すら浴びず、踊るように戦場を支配するカミラ。
彼女は最後の一匹を仕留めると、報告のために俺の背後へと音もなく回り込み、不意に俺の首筋に熱を持った細い腕を回してきた。
「どうかしら、ラルス様? 私のこと、気に入っていただけた?」
「っ……カミラ、離れろ。今は戦闘中だ」
思わず振り払おうとしたが、カミラは蛇のようにより俺へと密着する。
革のチェストガード越しに伝わる柔らかい胸の感触が腕や背中に触れ、俺の理性が激しく火花を散らした。
「あら。優秀なメンバーへのご褒美は、早いほうがモチベーションに繋がるのではないかしら?」
「お、おい……」
挑発的な視線。鼻をくすぐる甘い香水の匂い。その距離の近さに、俺はドギマギしながらも困惑を隠せなかった。
それを後方から見ていたルオンの殺気が、魔物以上に膨れ上がっていく。
「……ラルス、アンタの鼻の下が伸びてるわよ。あと三秒以内にその女を引き剥がさないなら、バリスタの射線にアンタも含めるわよ?」
「ル、ルオンさん! 落ち着いてください! ラルスさんも困ってますから!」
一方、マフユはといえば――。
「主殿! 拙者も加勢するでござるよーっ! 忍法『火遁:不知火』……あ、あれぇ!?!?」
素早く両手で複雑な印を組むはずが、最後の最後で小指を噛んだのか、手順を間違えたらしい。
忍術失敗による不完全燃焼の煙が、マフユの目の前で爆発した。
マフユは大きな琥珀色の瞳を潤ませながら、懐から次なる得物を取り出す。
「も、申し訳ございませぬ。今度は手裏剣で──」
「マフユさん! そっちは危ないですっ!」
ティナが慌てて飛び出し、なぜだか飛び道具を握っているのに魔物へ飛び出したマフユの襟首を掴んで引き戻す。
そのせいでティナの防御陣形が崩れ、漏れた魔物がリアナの元へ向かう。
「させないわっ! 『ホーリー・バリア』!」
リアナが障壁を展開して防ぐが、パーティーの連携はガタガタだ。
マフユが何かをしようとするたびに、誰かがそのフォローに回り、全体の効率が著しく低下している。
「……あわわ! すみませぬ! すみませぬ!! 拙者、少しばかり気負いすぎたようです……!」
頭を下げて謝るマフユだが、直後に自分の鞘で自分の足を打って転倒。
もはや、笑うしかないレベルのポンコツだった。
♦♦♦
攻略を終え、夕暮れの自由都市。
いつもの酒場に戻り、一日の振り返りを行う。
「いやぁ、カミラさんは本当に凄いですね! 私が守る間もなく敵を倒しちゃうなんて。カミラさんがいれば、私たちもすぐにAランクになれそうです!」
ティナはカミラの活躍に、素直な感嘆の声を上げた。
実際、カミラの戦果は圧倒的だった。
彼女が加わってからの時給換算の利益は、従来の1.5倍を記録している。
だが……。
「フフ、ティナさんのガードがあるから、私は攻撃に専念できるのよ。これからも仲良くしましょうね?」
「はい! よろしくお願いします!」
カミラはテーブルの下で俺の太ももにそっと足を絡めてくる。
俺はコーヒーを飲むふりをしてそれをかわしたが、この妙な距離の近さはなんとかしてほしい。
(……理屈で言えば、カミラを採用するべきだ。効率、利益、即戦力。コンサルタントとしての判断なら、迷う余地はないだろう)
だが、俺の心にある「もやもや」とした違和感は、一向に晴れない。
カミラの剣は、確かに鋭い。
だが、そこには温もりがない。
俺の目を見て話しているようで、彼女の視線は俺の背後にある「何か」を探っているような、そんな薄気味悪さがあった。
そんな時、ふと、俺の脳裏に、今はもういない「元相棒」の背中が浮かぶ。
勇者ゼノン。
俺を裏切り、暴言を吐き、一方的に追放した男。
……それでも──あいつの剣は、真っ直ぐだった。
あいつと肩を並べて戦っていた時、俺は一度だって、あいつが「嘘を吐いている」と疑ったことはなかった。
(……俺は、何を求めているんだ? 最強の組織だろう? アイツを見返すための……)
「ラルス殿? どうかしたでござるか? 拙者の顔に何かついておるか?」
マフユが、鼻に包帯を巻いたまま首を傾げてくる。
その真っ直ぐすぎる琥珀色の瞳に、俺は静かに噛み締めていた唇を緩め、笑いかけた。
「……いや。なんでもない。実地試験はあと数日だ。じっくり判断させてもらうよ」
俺の声は、どこか自分自身に言い聞かせているようだった。