『「三日三晩寝ずに働けないバフ師は無能だ」と追放された俺、前世の敏腕コンサル知識を思い出す。~極悪バフでゾンビ化していた聖女様を引き抜き、世界最強のギルドを設立します~』 作:うずつるぎ
ギルド『白銀の黄昏』に志願者を招き入れてから数日。
俺の執務机の上には、暫定的にパーティーに加わっている二人の志願者、カミラとマフユに関する膨大な分析データが並んでいた。
「結果は残酷だな」
独り言が、静かな部屋に溶ける。
俺の【神の眼】が弾き出す「純粋な戦力評価」では、カミラが圧倒的だった。
彼女のレイピアは、魔物の急所を吸い込まれるように穿つ。
彼女が加わってからのダンジョンの踏破速度は凄まじく、経営的な指標であるROI(投資対効果)で見れば、彼女こそが「正解」であることは疑いようもなかった。
そして、もう一人の候補、マフユ。
彼女の評価指標は、惨憺たるものだった。
「主殿! 拙者が先行するでござるよーっ! ……あわわ、刀の緒が脚に絡まったでござるぅーっ!」
「アンタねぇ……いい加減学習しなさいよ」
昨日も、彼女はただの平地で自爆し、魔物の群れのど真ん中に突っ込んだ。
能力値は全項目「S」という、神の悪戯のようなポテンシャル。
だが、それを発揮する確率は、俺の計算によれば1%にも満たない。
「ティ、ティナ殿! 茶菓子はお好きでござるか! 拙者、故郷の味を再現してみたでござる!」
「大好きですよ! わぁ、このお団子、もちもちしてて美味しい……!」
「あらあら、フーちゃんすごいねぇ。お料理の才能はあるんじゃないかしら」
パーティー内での人間関係は良好だ。ムードメーカーとしての素質はある。
しかし、一撃必殺のルオン、回避のティナ、聖域のリアナ。それぞれの役割を極めた「特化型」が集まるこのパーティーにおいて、器用貧乏で、なおかつその器用さをドジで相殺する彼女を採用する合理的な理由は、どこにもなかった。
つまり俺は、カミラを採用するべきなのだろうが……。
「……難しい判断だな」
俺はペンを止めたまま、窓の外に広がる自由都市アエテルナの夜景を見つめていた。
俺が躊躇する真意は、数字の裏側で、組織の「見えないコスト」が跳ね上がっていることにある。
「ラルス様ぁ、あちらの個室で今日の詳細な『フィードバック』を行いませんこと? 二人きりなら、もっと踏み込んだお話もできるかと思いますの」
カミラが事あるごとに俺の腕に絡まり着かせる、白く滑らかで、どこか毒を孕んだ蛇のように冷ややかな指先。
その手を、ルオンが親の仇のごとく激しく打ち払った。
「個室でのフィードバックなんて項目、うちの就業規則にはない。アンタ、自分の立場を弁えたらどうなの」
「あら、ルオン様。なにもそんなにムキになられなくても。嫉妬は美しさを損なう劇薬ですわよ?」
「……なに。アンタ、ここでバリスタの錆になりたいの?」
「ル、ルオンさん落ち着いてください……! 火花が散ってますよぅ……!」
カミラは事あるごとに俺に接触を図り、甘い言葉で揺さぶりをかける。
その結果、ルオンの機嫌は常に最悪となり、バリスタの整備に充てるべき時間が「カミラへの文句」に消えていた。
そしてティナはティナで、パーティーの空気が悪くなるのを恐れて過度な気遣いをし、精神的な疲労を早める始末。
カミラは優秀な戦力であると同時に、組織の結束を破壊する「毒」でもあるのかもしれない。
「困ったもんだ……」
夜が深まり、宿屋全体が寝静まった頃。
俺は煮詰まった頭を冷やすために、部屋を出て裏庭へと向かった。
アエテルナの冷たい夜風が頬を打つ。ふと、庭の片隅から「シュッ、シュッ」と、空気を切り裂く鋭い音が聞こえてきた。
「――忍法、旋風……っ、まだ、まだでござる! もっと速く、もっと確実に……!」
月明かりの下で独り、木刀を振るうマフユの姿があった。
激しい鍛錬によって汗に濡れた忍び装束は、夜風に吹かれてその華奢な肢体に張り付き、月光に照らされた若々しくも引き締まった肌のラインが、痛々しいほどに浮かび上がっている。
「996……997……!」
昼間のふざけた様子は一切ない。
琥珀色の瞳には、自分の限界を食い破ろうとする狂気にも似た執念が宿っていた。
だが、その直後だ。
「……あ、あわわっ!? 汗で手が滑ったでござるーっ!!」
渾身の力で振り抜こうとした木刀が、彼女の手からすっぽ抜けた。
回転しながら飛んでいった木刀は、運悪く宿屋の食堂にある大きな窓ガラスに向かって一直線に飛んでいく。
「っ、不味い!」
俺は無意識に手を伸ばした。
石畳を蹴り、空中で木刀をキャッチ。そのまま勢い余って転がるマフユの身体を抱きとめ、芝生の上を二、三度転がってようやく停止した。
「……っ、痛たた。……大丈夫か、マフユ」
「ひゃうっ!? ……ら、ら、ラルス殿!?」
腕の中に収まったマフユは、驚愕に瞳を丸くし、顔を真っ赤にして跳ね起きた。
彼女はすぐさま地面に膝をつき、必死に頭を下げる。
その震える小さな肩からは、寒さだけでなく、心の底から湧き上がる恐怖が伝わってきた。
「し、失礼しました! まさか、このような夜更けに主殿がいらっしゃるとは思わず……! 拙者、またしても大失態を……! どうか……どうか、追放だけはご容赦を……!」
その怯えた小動物のような姿に、俺は深くため息を吐いた。
「自主練をするのはいいが、ほどほどにしろよ。窓を割りそうになったことより、君が怪我をしなかったことの方が、経営者としては大きな損失なんだからな」
「は、はへ……?」
マフユは呆気に取られたように俺を見上げる。
俺がそっと木刀を手に返してやると、彼女は力なく笑い、地面を見つめた。
「……主殿は、本当にお優しい御方でござるな。こんな役立たずの拙者を、叱ることなく怪我一つで心配してくださるなんて」
彼女のこぼした言葉が喉に引っ掛かり、俺は確かめるように繰り返す。
「……役立たず、か」
マフユは儚げに唇を噛み、今にも消えてしまいそうな震える声を紡いだ。
「そうでござる。拙者……東の帝国では、居場所がなかったのでござる。能力の数値だけは高いゆえ、皆の期待は大きかった。……されど、拙者が何かを成そうとするたび、災厄が舞い降りる。大事な任務の最中に転び、罠にかかり、仲間を危険に晒す……。いつしか拙者は、『帝国の汚点』と呼ばれるようになったのでござる」
マフユは、土に汚れた真っ赤なマフラーを、指先が白くなるほどに強く握りしめた。
「だから、この自由都市へ逃げてきたのでござる。ここでラルス殿の噂を聞いた時……『風評や過去ではなく、今の君を評価する』というその言葉に、拙者は最後の望みをかけたのでござる。……でも、やはり拙者は、ただの足手まといでござるな。カミラ殿のような華麗な動きは、一生かかっても、拙者にはできぬのでござる……」
琥珀色の瞳から、大粒の涙がポロポロと芝生にこぼれ落ちる。
「見放されるのが、怖かったのでござる。……ここでも『無能』だと言われて捨てられたら、拙者、もう生きていく場所がない。だから、眠る時間も惜しんで……少しでもドジを減らそうと、足掻いていたのでござるが……」
「お前……」
マフユの絞り出すような声が、俺の胸に鋭く突き刺さった。
今の彼女の姿は、間違いなく――あの日の俺だ。
だのに、俺の頭の中にある『前世の俺』は、冷静に囁き続ける。
(同情はコストだ。彼女を採用すれば、今後も彼女のミスを補填するためにリソースを割き続けることになる。組織の最適化を優先しろ。彼女を切り捨て、カミラを雇い、最短で利益を追求しろ)
そう。それが、前世の俺が「成功者」として君臨していた時のロジックだ。
無能な社員はコスト。有能な社員は資産。
だけど──。
(違うだろ……!!)
人を「数字」としてしか見なかった俺は、最後には、数字だけが残った空っぽのオフィスで独り死んだ。
勇者ゼノンに追放された時の、あの焼けるような痛み。
「無能はいらない」と言われた時の、あの冷たい絶望。
あの時、俺が求めていたのは、俺の「バフ」を数値で評価してくれる人じゃなかった。
俺という人間を、一人の仲間として信じてくれる「居場所」だったはずだ。
だから、たとえそれが、直接的に組織の利益を向上させる人材でなかったとしても。
俺は、震えるマフユの華奢で、けれど鍛錬の跡が刻まれた肩に手を置いた。
「……マフユ。顔を上げろ」
「……主殿?」
マフユは涙で濡れた長い睫毛を震わせ、捨てられた仔犬のような瞳で俺を見上げた。
「経営者として……いや、一人の人間として、君に伝えたいことがある」
俺は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ、明確に告げた。
「君を、ギルド『白銀の黄昏』の正式なメンバーとして採用する。試験期間は、今この瞬間をもって終了だ」
「…………えっ?」
マフユは、呆然と固まった。
やがて、彼女は泥のついた小さな手を激しく振り回して困惑を露わにする。
「主殿、何を……。拙者は、今日の戦闘でもあんなに迷惑を……! 成功率1%の拙者などより、カミラ殿を雇う方が、何倍も儲かるはずでござるよ!?」
「数字上の利益なら、そうだろうな。だが、カミラにはなくて、君にあるものが一つだけある。……それは、自分の至らなさを自覚し、血を吐くような努力と改善を続けられる『誠実さ』だ」
俺は、彼女の手を両手で包み込んだ。
「「俺もかつて、無能と蔑まれた。居場所が欲しかった。だから、マフユの苦しさが痛いほど分かる。君はここに居ていいんだって、居場所を作ってやりたい。君が心からそう思うまで、付き合いたい」」
俺は前屈みになり、彼女の耳元で囁くように言葉を続けた。
「ドジばかりからだってなんだ。成功率が1%なら、百回挑戦すればいい。その百回を支えるのが、経営者である俺の仕事だ。……マフユ。君のドジを、君のポテンシャルを爆発させるための『伏線』に変えてみせる。俺を、信じてくれないか?」
「…………ラルス、殿……っ」
マフユの瞳から、再び涙が溢れ出した。
今度は絶望の涙ではない。自分の人生で初めて、ありのままの自分を、その未熟さも含めて「必要だ」と言われた歓喜の涙だった。
「ひ、ひぐっ……、う、うあああああああああああんっ!!」
マフユは我慢できなくなったように、俺の胸の中に飛び込んできた。
小さな身体が、熱を帯びて激しく震えている。
彼女の体温と、涙の温かさが、俺の心にある氷のような合理性を溶かしていく。
「かたじけない……! かたじけないにござる! 拙者、この命、主殿に捧げるでござる! 海の果てまで、地の底まで、どこまでもついていくでござるぅーっ!!」
「おいおい、大袈裟だな。まずは明日寝坊しないことから始めようか」
「この身はラルス殿のものですぅーっ!! 捨てないでくだされぇーっ!!」
俺の胸を濡らす、熱い涙。
月夜の静寂の中、寄り添い合う二つの影が、芝生の上に長く伸びていた。