『「三日三晩寝ずに働けないバフ師は無能だ」と追放された俺、前世の敏腕コンサル知識を思い出す。~極悪バフでゾンビ化していた聖女様を引き抜き、世界最強のギルドを設立します~』   作:うずつるぎ

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剥がれる虚飾

 ギルド『白銀の黄昏』が正式に発足し、新たにメンバーとして加わったマフユは、その日から驚くべき献身ぶりで俺の「近衛」としての役割を全うし始めた。

 

「ラルス殿! 右前方より奇襲の気配! 拙者がお守りするでござる!」

 

 ダンジョンの階層を下るにつれ、魔物の攻撃は苛烈さを増し、数も増えていく。

 指揮官として常に【神の眼】を酷使し、戦況を分析して指示を飛ばすことに専念せざるを得ない俺にとって、周囲への警戒はどうしても疎かになりがちだ。

 いわば、最強の演算装置を持っていても、防御力は剥き身の状態なのである。

 

「助かる! 流石だマフユ!!」

「ははーっ! 主殿のためならこのマフユ、火の中、水のな……っ!? ひぎゃっ!?」

「そこは泥水ですよ!?!? ほら、マフユさん立って!」

 

 相変わらず自分のマフラーに躓くようなドジは健在だが、オールSの身体能力を誇るマフユの存在は、今の俺たちにとって非常に大きい。

 彼女は俺の死角から飛び出す魔物の首を、まるで本能のように的確に撥ねてくれる。

 

(……マフユがいれば、俺はより高度な指揮に専念できる。彼女は俺にとって『安全保障の要』だ)

 

 一方で、もう一人の候補生であるカミラについては、依然として俺の評価は保留のままだった。

 

「ラルス様。こちらの魔物はすべて制圧しておりますよ。ふふ、私に任せておけば安心ですわ」

「あ、ああ……」

 

 アタッカーとしての腕は、もはや恐怖を覚えるほどに完璧だ。

 彼女のレイピアは一点の曇りもなく魔物の急所を穿ち、その戦闘効率はルオンさえも凌駕しかねない勢いだった。

 

 だが……。

 

「ねぇ……そろそろ、私を正式なメンバーにしてくれてもよろしいのではなくて?」

「か、カミラ……距離が近い」

「あら、そんなに恥ずかしがらなくてもよいのですよ? 私たちは、もっと深い仲になれるはずですもの」

 

 カミラのしなやかで肉感的な身体が、背後から音もなく吸い付くように俺へ抱きつく。

 彼女の豊満な胸の弾力と、耳元で囁かれる甘く湿った吐息。

 頭がどうにかなりそうな香水の香りに包まれ、俺の思考回路がショートしそうになる。

 

 と、そこに冷徹な殺気を湛えて割り入るのはルオンだ。

 

「アンタ、いい加減にしなさいよ。ここは戦場よ、公私混同も大概にしたら?」

「あら、ルオン様は何もそんなにムキになられて? もしかして、羨ましいのかしら?」

「……っ!!」

「ル、ルオンさん落ち着いてください……! 火花が散ってますよぅ……!」

 

 カミラが俺へ向ける過剰なまでのスキンシップは、組織の運営において無視できない「致命的な負債」になりつつあった。

 

 彼女の能力は高い。だが、このギルドの文化(理念)を内側から腐らせる猛毒。

 

(やはり、彼女を採用するわけにはいかないな……)

 

 束の間の休日に、俺はそんな重い決断を胸に秘めていた。

 

 ♦♦♦

 

 夕暮れ時。空が燃えるような赤に染まり、自由都市アエテルナの白壁に長い影を落とす頃。

 俺はカミラの最終査定について、パーティーで最も落ち着いた視点を持つリアナに相談しようと、彼女の部屋の扉を叩こうとした。

 だが、その時。リアナの部屋の窓から、彼女が周囲を警戒しながらコソコソと外へ出ていくのが見えた。

 

(……リアナが隠れ事?)

 

 胸に嫌な予感が走る。俺は気配を殺し、リアナの後を追った。

 

 彼女が向かったのは、華やかな大通りから外れた、人気のない旧市街の路地裏だった。

 湿った石畳、カビ臭い空気。リアナはさらに奥の、日が差し込まない薄暗い角を曲がっていく。

 俺が角に手をかけ、声をかけようとしたその瞬間――。

 

「……っ!? むぐっ」

 

 背後から伸びてきた手に口を塞がれ、強引に壁の隙間に引き込まれた。

 

「しーっ。静かに、ルーくん。私だよ」

 耳元で囁くのはリアナだった。彼女はいつになく真剣な、氷のようなアメジストの瞳で路地の先を見つめている。

 

「あれ、見て」

 

 リアナの指差す先には、俺たちのギルド入りを熱望していたはずの美女、カミラの姿があった。

 そして、彼女の正面に立っているのは――かつて俺を追い出し、リアナを死の淵まで使い潰した元凶、魔女マルレーヌだった。

 

「……首尾はどう、カミラ? あの小癪なバフ師の首は、もうアタシの手の中かしら?」

「予定通りですよ、マルレーヌ様。ラルスは私の色香に当てられて、もう骨抜き。パーティー内の関係は破壊されつつありますわ。あの高慢な狙撃手や、出来損ないの盾役に、一生消えない心の傷を負わせて崩壊させてあげますわ」

 

 カミラの口から漏れたのは、昼間の艶やかな甘い声とは似ても似つかない、凍てつくような毒婦の声音だった。

 俺の指先が、怒りで微かに震える。

 

「他の三大ギルドへの工作も、滞りないそうですよ」

「結構。……一番勢いのあったゼノンのパーティーは、もうアタシが完全に壊したわ。あいつらの精神はボロボロよ。今度の第五十層攻略で、モンスターの群れに突っ込ませて『不運な事故死』を遂げてもらう予定よ」

「流石でございます、マルレーヌ様」

 

 マルレーヌが、夜の闇よりも深く、嗜虐的な愉悦に満ちた三日月のような笑みを浮かべる。

 

「自由都市三大ギルドが混沌とすれば、アエテルナの防衛力は低迷する。そうなれば、王国の軍が『治安維持』を名目にこの地を接収……アエテルナは王の直轄領となり、アタシたちの任務は完了よ。あのバフ師も、その時にゴミのように消してあげるわ」

 

 俺の心臓が、早鐘のように打ち鳴らされた。

 

 これはただの復讐劇じゃない。

 自由都市の存亡を賭けた、王国による冷徹な国家工作。俺たちは、その巨大な盤上の一片として、マルレーヌという毒蜘蛛の巣に絡め取られていたのだ。

 

 ♦♦♦

 

 リアナと共に、息を殺して宿屋へと戻った。

 部屋の鍵を閉めるなり、リアナが震える肩を抱え、切迫した声で切り出した。

 

「やっぱり……そうだった。マルレーヌが来てからだったもん。みんながおかしくなっちゃったの」

「気がついていたのか?」

「うん。でも、もう『黄金の暁』の中からじゃ、どうしようもなかったから……。だから、いっそルーくんと一緒に新しい場所を作ったら、何かが変わるかもって思ったの」

 

 彼女は一人、マルレーヌの罠を予感し、たった一人で絶望と格闘していたのだ。

 流石は、かつて俺を支えてくれた「姉」である。

 

 リアナは俺へと迫り、その桃色の髪を揺らしながら、決死の覚悟が宿った瞳で俺を見つめた。

 

「ルーくん、今すぐゼノンさんに伝えて、助けてあげなきゃ! このままだと、ゼノンくんも、ギルドの皆も殺されちゃう!」

 

 しかし、答える俺の声は、自分でも驚くほど冷酷で、憎しみに満ちていた。

 

「……断る」

「どうして? ルーくん、あんなに仲が良かったのに……」

 

 不安そうに俺を覗き込むリアナの潤んだ瞳。

 次の瞬間、俺は腹の底から、自分のものではないような耐え難い熱が暴れだすのを感じた。

 

「助ける? あのゼノンをか? あいつは俺をゴミのように捨てた男だぞ。マルレーヌに騙されて自滅するなら、それはあいつの自業自得だ。……むしろ、俺の手を汚さずに復讐が終わる。これほど効率的な話はないじゃないか!」

「ルーくん! 何を言ってるの!? そんなの、ダメじゃない! あなたの本当の言葉じゃないよ!」

 

 リアナが声を荒げる。

 彼女の瞳には、深い悲しみと、そして言いようのない激しい違和感が浮かんでいた。

 

「あんなに仲が良かったのに! 三人で約束したじゃない! どんなに辛くても、家族みたいに支え合って生きていこうって! どうしてそんなにムキになって、彼を……家族を見捨てようとするの!?」

「うるさい! 仲が良かったなんて過去の話だ! 今のあいつはただの無能で、俺を裏切った憎むべき敵だ! 俺はあいつを一生許さない! あいつが泥水をすすって死ぬのを、特等席で眺めてやるのが俺の望みだ!!」

 

 感情の濁流が胸を焦がし、思考を黒く塗りつぶしていく。自分でも制御できないほど激しい殺意に似た憎悪。

 だが、リアナは怯むことなく、俺の両肩を折れんばかりの力で強く掴んだ。

 

「……やっぱり、絶対におかしい。ねえ、ルーくん。さっきマルレーヌが笑いながら言ったの」

「…………なんだというんだ」

「『あいつらはもう、お互いの顔を見るだけで反吐が出るわよ。最高のスパイス――『呪い』をかけておいたから』って……!」

「呪い、だと……?」

 

 そんなはずはない。

 この俺の怒りは俺自身のものだ。あいつへの憎しみは、理不尽に捨てられた俺の魂の叫びのはずだ。

 

 俺は迷いなくそう思う。

 

 ……しかし、リアナが嘘を吐くとは、どうしても思えなかった。

 

(まさか……俺が、俺自身のステータスを見落としているのか?)

 

 俺は常に外部の情報を分析し、他者の数値を最適化することに全神経を注いできた。

 だが、自分自身のステータスを、その内側の深淵まで覗き込んだことは、目覚めて以来、一度もない。

 

「……わかったよ。君がそこまで言うなら、自分を『査定』してやる」

 

 俺は部屋の大きな姿見の前に立った。

 鏡に映る自分自身を、最大出力の【神の眼】で射抜く。

 

 ――瞬間。視界が、血のような不吉な赤に塗り潰された。

 

【状態:精神干渉極級呪術『深淵の不和(アビス・ディスコード)』】

【効果:特定の対象(ゼノン)に対する負の感情を万倍に増幅。論理的思考のリソースを強制的に『憎悪』の再生産へ割り当てる】

 

「…………っ、なんだ、これは……!!」

 

 俺の心臓の奥深くに、ドロドロとした黒い泥のような魔力の鎖が、幾重にも、執拗に巻き付いているのが見えた。

 それが、俺の理性を歪め、ゼノンという存在を「ただ憎むべき記号」へと書き換えていたのだ。

 

 その事実を、俺自身の「理(ロジック)」が認識した瞬間。

 パリン、と脳内で硬い硝子が粉砕されるような、乾いた音が響いた。

 

「…………ッ!!!」

「ルーくん!?」

 

 割れるような頭痛。視界が激しく明滅し、胃の底からせり上がるような不快感。

 だが、次の瞬間。目の前の霧が晴れるように、俺の心から「濁った怒り」が急速に霧散していった。

 

「こんな、ことが……」

 

 あいつを殺したいほど憎んでいたのは、俺の意思じゃなかった。

 俺をゴミのように罵倒し、追放したあいつの傲慢さも、あいつの意思じゃなかったのかもしれない。

 

(マルレーヌ……あいつ、最初から俺たちを……!)

 

 俺たちの絆は、マルレーヌという毒蜘蛛によって、その根幹から食い荒らされていたのだ。

 

「……リアナ。すまない。……俺は、今まで……」

 

 膝を突き、荒い息を吐く俺の頭を、リアナが優しく抱きしめてくれた。

 彼女の薄ピンクの髪から漂う、どこか懐かしい石鹸の香りが、呪いで冷え切っていた俺の魂を、ゆっくりと解凍していく。

「……気づいてくれたね、ルーくん。今のあなたは、私の知ってる弟の目だよ」

「ああ……。目が覚めたよ」

 

 俺は立ち上がり、琥珀色の瞳に、呪いではない、真実の鋭い光を宿した。

 前世のコンサルタントとしての冷静さと、今世のラルスとしての情熱。その二つが、初めて完全に融合したのを感じた。

 

「……今すぐゼノンのところへ行く。あいつも、間違いなく同じ呪いにかかっているはずだ。このままじゃ、あいつらはマルレーヌに殺される」

 

 もはや、悠々と経営戦略を練る時間は残されていない。

 かつての友を救い出し、そしてこの自由都市の未来を守るために。

 

「リアナ、急ぐぞ!」

 

 俺はリアナの手を強く引き、夜の闇に沈む街へと、一筋の光のように駆け出した。

 

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